日常
今回は短め。
でも登場人物は多め。
「悪い爺ちゃん、負けちゃった」
「気にせんでええ。千花殿が強かっただけの話じゃ」
「はは、正直勝てるとは思ってませんでしたよ」
試合が終わり、門下生たちが帰宅した後、私達3人は縁側で茶菓子を頬張ってる。勝次さんは、
「修行が足りないな俺も。いっちょ武者修行でもしてくるか!」
と言って帰っていった。仕事どうするんだろ……。
「さて、私もそろそろ御暇させて頂きましょうか」
「おお、お帰りになりますか。凛音、麓まで送ってあげなさい」
「そういうのって普通、孫娘の私が言われるものじゃない気がするんだけど」
「ごちゃごちゃ言わんでさっさと行かんか!」
「いえ、私も一人で十分ですので」
「ううむ、そうか。千花さんがそういうなら無理にとは言わんが」
「では。また近くにお伺いしますので」
千花さんはそう言ってお辞儀をした後、門の向こうへと消えていった。
「強かったなー、千花さん」
翌日、私は早朝から久々にランニングに勤しんだ後、朝食を済ませて高校へと向かった。そして教室に入ったと同時に、
「凛音ー!おっはよー!」
「ぐえっ!?」
同級生に突撃され、女の子が出してはならないような声を上げながら転倒した。痛ぅー……腰打った……。毎度毎度こいつは……。
「紗雪!毎度毎度突撃してくんなって言ってるじゃん!」
「いいじゃんよー、ほんのスキンシップだぜい?」
「胃から朝食が逆流しそうな突撃をスキンシップとは言いません!」
大川紗雪。子供の頃から知り合いの無二の親友だ。明るく元気なスポーツ少女なんだけど、毎回毎回スキンシップと称して色々やってくる。この突撃はまだ生温い方だ。
「にしても、相変わらず頑丈だよねぇ。陸上部エースの私の突撃受けて平然としてるなんて」
「普通の男子なら悶絶確定でしょあんたの突撃は。か弱い女の子にするものじゃありません」
「言えている」
「あら、今日は遅刻してないのね正明」
「今日は目覚めが良かったのだよ。徹夜していなかったからな」
「徹夜やめればいいじゃない」
「断る。もうちょっとで完成しそうなのだ1/240大和が! 昨日は小休止を入れたに過ぎぬ」
忍野正明。この町で最も有名な神社、市桐神社の神主の長男。なんか偉そうな喋り方が気になるが、慣れてしまえば気のいい奴だ。一応、明山寺家と古くから交流があって、その関係で親友になったんだけど……。
(友達が極端に少かったからって泣くとは思わなかったけどね)
父親がなんか偉そうな喋り方をしていたせいで、その口調がうつって今もこの通り。おかげで友達が全然できなくて、私と友達になったときは号泣して喜んでたなぁ。
「ん?何故か俺の恥ずかしい過去をモノローグされたような……」
「気のせいよ」
「多分電波でも受信したんだよん」
「俺は宇宙人ではない」
「じゃあ金星人?」
「MIBに見つかって強制送還されるわよ?」
「どちらかと言えば俺は金星より月に行きたいが」
「月……お月見……団子……」
「静流、よだれよだれ。てかいつの間にいたのよ……」
いつの間にか現れた私の友人その3、柳宮静流。昔は明山寺と双璧をなした名家、柳宮家次期当主。普段は物静かで儚げな子なんだけど、食べ物の話に目ざとい。特に甘味。放課後によく行きつけの甘味処に行ってるところを見かけるんだけど、よくあれだけ食べて太らないなと感心する。本人は太らない体質とか言ってたけど、羨ましすぎる……。
「決めたわ……今日はお団子にしましょ……」
お団子かぁ、最近食べてないなぁ……。でも食べ過ぎると太っちゃうんだよなぁ……。そんなことを考えているうちに、担任がやってきた。
「うーす。お前ら相変わらず湿気た面してんなぁ」
開口一番そんなことを言い放つこの男前な人は、私達1年4組の担任、多原花蓮。一応女性である。口は悪いが生徒思いのいい先生である。
「凛音ぇ!お前"古巣"に無断で入ったらしいな! 後で生徒指導室に来やがれ!」
うわあああああ!よりによって花蓮先生のお説教!? 私、生きて帰れるかな……。
先生からお説教をいただき、1時限目の授業に戻った時には心身共にボロボロになった。先生のゲンコツ、何であんな痛いのよ……。そんなこんなで授業が終わり、無事に放課後を迎えた。
「そういえば花蓮女史のお叱りを受けたらしいが、古巣に行ったのだったか? 君から見て、あそこはどうだったかね?」
「なんもなかったですよ部長。というかもう噂が広まってるんですか……」
「ううむ、やはり噂はガセだったか……」
「人外が人間の相談室開いてるなんて話、嘘以外の何ものでもないでしょうよ」
本当のことは伏せる。まあ、実際話したところで信じはしないだろうけど。
「いやそれはそうだが。そういう噂はえてして何かがあるものだ、薬物を密売してるだの、何かの裏取引があるだのな」
ううむと唸る我が新聞部部長、貝塚博臣。この新聞部を立ち上げた人で、現2年。破天荒な性格をしていて、やろうと思い立ったら即行動という人だ。
「で? しばらく部活動に出られないとういのは?」
これから死神の手下として働くからです、なんて言えない。どう考えても痛い人としか思われないって。
「ええと、実家の道場の手伝いをすることになりまして」
これは一応本当。自分を鍛え直す意味も含めて手伝いをすることにした。千花さんにはいつか勝ってみたいし。
「そうか。君は優秀だからこの新聞部のネタが事欠かなくて助かってたんだが……。家の事情ならとやかく言わんよ」
そう言って縁の大きな眼鏡の位置を直す。
「それじゃ、早速今日から手伝いがありますんで」
ペコリとお辞儀をして立ち去ろうとする私。そうして部室から出ようとした時。
「そういえば、最近指名手配犯がこの付近で目撃されたらしい。まだこの学校では私しか知らない情報だ。帰りは気をつけ給え」
げ、まじですか。私、昔誘拐されそうになったことがあるから軽くトラウマなんですが。うわぁ、夜道でばったりとかありませんように……。
「こんにちは。今日からよろしくね」
校門を出ると、そこには楊さんがいた。女の子一人が古巣に来るのは物騒だから一緒に行こうと思って来たらしい。いいひとだなぁ。何であんな死神の下で働いてるんだろ?
「あら、彼は結構優秀な死神よ? あと、私も死神だからよろしくね」
え゛? 楊さんも死神!? てっきり、あいつに勝負で負けて働かされてる人かと……。
「私はこの現世での常駐を担当している部署の所属なの。だから普通の死神よりも気配が人間に近くなってるのよ」
楊さん曰く、死神は住む環境によって適応するらしい。人間と似たようなものだと言っていた。あいつに嫌な感じがしたのは、此岸に来てからまだそんな経ってなくて、地獄での環境の雰囲気がするかららしい。
よ、よくわからん。
「まあ、そのうち慣れてくるでしょう。あと、手伝いとはいっても死ぬような仕事もあるから気をつけてね。なるべくフォローはするつもりではあるけど」
爺ちゃん、私の初のお仕事は前途多難なようです。
苗字で気づいた人がいるかと思いますが、
この世界はあの世界とはまた別の世界、
つまりパラレルワールドです、一応。