再会
なんとか形にはなりました。これからは1話辺り
5000字前後で投稿しようと思います。
「凛音ー、一緒に帰ろうぜぃ!」
特にこれといった変化もなく、放課後を迎えた。今日は顧問の先生が出張中らしく、紗雪が一緒に帰ろうと誘ってくれたのだが、生憎私は死神の手伝いが待っている。
「ごめん、放課後は用事があるからこれからは一緒に帰れないんだ」
「んー? 用事なんてあったっけ? というか親友である私を差し置いて用事を優先するなんて、凛音は用事と私、どっちが大事なのっ!?」
「いや、倦怠期の夫婦じゃないんだから」
芝居がかった言い方だったが、意外と紗雪は聞き分けがいいほうだ。話せないような重要な用事だと説明したらあっさり引いてくれた。
「むぃー、久々に一緒に下校しながらしっぽり決めようと思ったのにー」
「誤解されるような言い方をしないの」
脳天に軽くチョップを食らわせる。
「ぎゃー、のうがゆれるー」
「はいはい、棒読みで言ったって心配なんか塵一つ分もしませんからね」
「ちぇー、冷たいなぁー」
「じゃ、私そろそろ行くから」
「あいあい、私も今日はさっさと帰るか。先生が言ってたみたいに茂みで強制にゃんにゃんはゴメンだからねー」
……こう、どうして私の親友はデリカシーが欠如しているのか。まあ、あの脳天気さが彼女の魅力であるのは確かだし、何度も辛い時に助けられたこともある。
「……そっか、仕事をすれば紗雪や正明、静流……皆を守ることにも繋がるのか」
人間の犯罪者は実体があるから何とかなる可能性はある。いや、もちろんか弱い人やらだと無理だし遭遇なんてしたくないだろうが、実体そのものがない悪霊なんかはそうはいかない。
霊感が働くのは一部の人だけなんだし、私が頑張ればその分危険は減らせるのだ。
「……うっし、皆のためにいっちょ頑張りますか!」
"古巣"へと赴くため、私は渡川沿いの土手の上を歩いていた。渡川は場所によって川幅が大きく異なってて、学校や家がある上流は川幅が狭く、氏守大橋が架かる下流側は幅が広い。
"古巣"は元々バブルの時期に乱立したビルディング集合体で、昔はかなり賑わっていたらしい。しかしバブル崩壊とともに土地の値が急落し、値崩れを起こす前に所有者が不動産業者へと売り渡したらしい。
しかし、土地を売りに出しても購入する人が誰一人としておらず、購入の目処がようやくたっても不気味なことが絶えず起こり、逃げ出してしまったのだとか。こうして全く売れない不良物件を大量に抱えてしまうこととなり、頭を悩ませた業者はついに土地を手放すことを決意。厄介払いができるならと、市に掛けあって格安で譲ったらしい。市としても、中々立地条件が悪くないため再開発を実施して地域の活性化を図った、が。
工事用のクレーンが突如機能停止してしまったり、事故が多発したりと大問題に発展し、結局危険な場所として危険区域に指定されてしまった。今でも度胸試しで入るものがいたりするのだが、そういう輩も大抵碌な目に合っていない。
「今思えば、どう考えてもあの相談室のせいだと思う」
恐らく、あそこを事務所として使用していたので余計なことをされたくなかったのだろう。しかしまあ、それが本当ならばはた迷惑な話である。楊さんは長く現世で務めているらしいので、彼女も関わっているのだろう。
「ったく、人外の輩ってのは基本的に碌なのがいないわけね……ん?」
ふと、河川敷を眺めてみると、そこには先日あったばかりの御仁が。
「千花さんだ……」
河原に設置された石のベンチで一人黄昏れている光景が見えた。あ、目があった。手を振ってくれたのでこちらも振り返しながら近づいていく。相変わらず狐の面はつけたままのようだ。
「やあ、君は六源さんの……」
「凛音です、一昨日ぶりですね」
「そうだね……」
そう言って、彼は視線を再び川の方へと向けて無言になる。この人、かなり無口のようだ。
「あ、あの千花さんはこの街に住んでるんですか?」
とりあえず話題を切り出してみるが。
「そうだよ、ただ私は遠いところから仕事で来てるだけだけどね」
「そうですか……」
「…………」
「…………」
か、会話が続かない……。どうしよう、思った以上に接し方に困る人だ。
「……あ、そうそう」
と、千花さんが思い出したかのように話題を振ってきた。よし、これで何とか会話の間を持たせるように……。
「君、髑髏の面を被った人と揉め事起こさなかった?」
……なんですと? 今、この人なんて言った? 髑髏の面をつけた人と揉め事……。いや、たしかにそれは最近、と言うか昨夜あったことだけど……!
「彼、私の友人なんだ」
……………………え?
「ああ、彼から誤解しないようにってことで言われてるんだけど、私自身は彼がどんな仕事をしてるのかとかは知らないし、彼の詳しい事情も知らない。あくまでプライベートでの関係なんだ」
一瞬頭が真っ白になりかけたが、どうやら彼は詳しい事情はしらないらしい。彼が嘘を言っている可能性もあるが、そんな素振りはないから恐らく違うだろう。これでも、人を見る目はある方だ。
と言うかびっくりした。会ってまだ数日とはいえ、日常の中の人だと思ってた千花さんの口から私を非日常へ落としたあいつのことが飛び出てくるなんて。
「彼はあれで結構気にかける質ではあるんだ。君とトラブルを起こした原因が自分にあることは自覚してるらしいから、代わりに謝罪をして欲しいんだとさ」
あいつ、自分が言いたくないからって人間の千花さんに押し付けたの!? うわ、アイツの株が私の中でどんどん落ちてく。元々底をついてたけどマイナスに向かって沈んでいく感じだ。楊さんの説得で、許しはしないが割り切ろうと思ってたのに。
「最低ですね、あの人。まさか部外者の千花さんに代わりに謝らせるなんて」
「うーん、否定出来ないな。僕も付き合いは長くはないけど、結構神経質で冷酷な部分があったりするし」
あ、やっぱ千花さんもそう思えるところがあるんだ。というか、なんであいつはこの人と交友関係があるんだろ。
「千花さんは、あいつとどんな風に知り合ったんですか?」
「ん? ええと……、たしか道に迷ってた時だったかな? 最初見た時は驚いたよ、なにせ髑髏のお面つけた不審者にしか見えなかったんだもん」
え、あいつ普段からあんな格好で仕事してるってこと!? 死神って存在自体が秘匿されてるんじゃないの? 自らバラすような事してるとかバカじゃない!?
いかん、変な汗が出てきた。勝負事に負けた代償とはいえ、一応は上司である人物が色々と不安に感じてくるわ。楊さんは有能だとか褒めてたけど、色々と問題ありすぎだろ! 多分あれは半分お世辞で言ったのかもしれないな。
「そ、そうなんですかー、どんだけバカなんでしょうねあいつはー……!」
「り、凛音ちゃん……? どうかしたかい……?」
あ、いかんいかん! 思わず語気が強くなってしまった。千花さんが驚いちゃってる。
「い、いえいえなんでもありませんですことよ!?」
「凛音ちゃん!? なんか口調がおかしくなってるよ!?」
くっ、それもこれも全部アイツのせいだ! ついたら文句の一つでも言ってやるつもりだったけどグーパン一発に変更しよう。うん、そうしよう。
「じゃ、じゃあ私は用事がありますからこれで失礼しますんでー……」
「そ、そうかい? じゃあ、またね」
何とか平静を装いつつ、私は再び目的地へと向かっていった。
「フッフッフ、ここで待機していれば大丈夫だろう」
現在、絶賛待機中であります。狐の面を装着し、不知火千花として彼女に謝罪します。ただ、自分が死神だと言ったら彼女は警戒してしまうでしょうから、千花はゼノンとしての私と別人で、プライベートな友人関係にあるとしておけばいいでしょう。
それにこのお面は友人の自信作で、気配も人間そっくりに変えてくれます。どんなに目利きの鋭い人でも、絶対にバレることはありません。うん、完璧です。
お、早速来ましたね。とりあえずたまたまそこにいたかのように待機して、と。
「やあ、君は六源さんの……」
「凛音です、一昨日ぶりですね」
「そうだね……」
………………。
…………。
……。
会話が続きません! マズい、自分がコミュ症だってことをすっかり失念してました! 思い立ったら行動に移すのは昔から早い方ですが、会話に関しては完全に無理ゲーです。はい、完璧とか調子に乗りまくってましたが穴だらけにもほどがありました。
…………どうしよう、なにか話題は……!
「あ、あの千花さんはこの街に住んでるんですか?」
! よし、彼女が向こうから話題を振ってくれました! これでなんとか……!
「そうだよ、ただ私は遠いところから仕事で来てるだけだけどね」
「そうですか……」
「…………」
「…………」
しまったあああああああああああ! 彼女からのせっかくの振りを完全に無駄にしてしまいましたあああああ! というかこれ以上はもう無理! さっさと用件だけ済まして戻りましょう!
「……あ、そうそう、君、髑髏の面を被った人と揉め事起こさなかった?」
なんかすごく不自然な入り方してしまいましたがもうやむを得ません! この無言地獄から早く抜け出したい! 私死神ですけども!
……あ、やばい。なんか彼女が目を見開いてこっち見てます。驚きの感じが強いけど、なんか不安も感じさせます。と言うか警戒されてる? え? どうしてでしょう?
……あ、話題がいきなり過ぎて私が死神と知り合いだってことに警戒されてるのか。
ってお馬鹿! それじゃ当初の計画完全無視じゃないですか! まずい、さっさと弁明しないと!
「ああ、彼から誤解しないようにってことで言われてるんだけど、私自身は彼がどんな仕事をしてるのかとかは知らないし、彼の詳しい事情も知らない。あくまでプライベートでの関係なんだ」
よし、なんとか補足の言葉が出て来ました! というかよくまあこんだけスラスラと出てきましたね!? あ、ようやく警戒心を解いてくれたみたいです。
「最低ですね、あの人。まさか部外者の千花さんに代わりに謝らせるなんて」
はい、最低のクズ野郎です。否定する材料がこれっぽっちもないばかりか肯定材料なら腐るほど有りますもんね。ははは、本来の私がどんどんとゲスくなっていきますね。
ははははははは! ……ハァ。
あと、出会った経緯を聞かれたからとっさに思いついた嘘で、私が普段仮面つけたままで歩いてるなんて冗談を交えながら誤魔化したんだけど。
「そ、そうなんですかー、どんだけバカなんでしょうねあいつはー……!」
悪い方向に受け止められました。うん、そうだね、不審者だよねどう考えても。
「り、凛音ちゃん……? どうかしたかい……?」
「い、いえいえなんでもありませんですことよ!?」
「凛音ちゃん!? なんか口調がおかしくなってるよ!?」
なんかテンパッてる!? ああ、私が死神としての秘匿義務を果たしてないってことについて考えてるんだろう。ああ、どんどん話が拗れてく……。
結局、彼女はそのまま用事があると言って去って行きました。私もさっさと事務所に先回りして戻りましょう。こういう時にこの死神用情報端末装置、地獄の沙汰もこれ一本で即解決! という非常に便利な、地獄の文明の利器が役に立ちます。ちなみに通称は『六文銭くん』です。
地獄でも未だに六文銭を持って来てる人は何かと融通してもらえますからね、待ち時間短縮とか。
事務所へ到着した私。相変わらずジメジメした雰囲気だなぁ。地下にあるから換気もできないし。その内掃除して少しでも雰囲気を変えよう。
「おや、今日は早いですね」
出たな諸悪の根源。相変わらず偉そうな椅子に背中を預けてゆったりとしている。とりあえず今のこの昂った熱い何かを拳に集中させて(というふうに考えるが実際は握ってるだけ)、相変わらずすかした態度の奴に思いっきり拳を叩きつけた。が。
「おやおや、暴力は頂けませんね。私は何も非がないというのに」
こいつ……! 実戦派剣術である村雨流を子供の頃から習ってる私の、私の拳を受け止めた……! デスクワーク派かと思ったら意外と肉体的なのも得意だったらしい。とりあえず掴まれてる拳を何とか引き剥がしたが、こいつかなり握力がある。剣術でもやってるのかねぇ。
「彼からすでに聞いているでしょう? 一応、私からも謝罪をさせて頂きましたよ」
「あんたねぇ……! あれは謝ったって言わないのよ!」
「そうですか。ではここで謝罪しましょう、すみませんでした」
くっはああああああああああああああ! むかつくうううううううううう!
「フン!」
女として恥ずべきだが、私は鼻息荒く隣の応接室へと退出した。これ以上、あいつと顔を付き合わせるなんてゴメンだったからだ。
……ふぅ、とりあえず頭も冷えてきたし、楊さんが来るまで大人しくしよう。
彼女は知らない。たった数日で親しくなった謎の人物、千花と。彼女の大嫌いな死神の上司、ゼノンは。同一人物であるということに。そして……。
(ふー、ヒヤヒヤしました……。まさかいきなり殴ってくるなんて……。というかゼノンとしての私からも謝ろうとしましたけど、千花の私に謝罪まるなげしてる時点で誠意なんて皆無じゃないですか! ほんともう、どうしてこうなっちゃったんだろう……)
その人物が先ほどのことで内心ハラハラで、再び自己嫌悪に陥っているということを。
ゼノン、どんどん墓穴を掘るの巻、でした。