境界
ヒャッハー! 1年ぶりの更新だぁ!
「よくもまあ……川に落っことしてくれましたね……!」
「いやぁごめんね、君の実力を試すつもりだったんだ」
「死ぬかと思いましたよ!」
「所長、流石にあれは人間の彼女には酷すぎるかと……」
楊さんの言う通りだ。なんとか霊達相手にキレて何とかなったものの、本当に死ぬかと思ったんだから。
「まあ、無事だったしいいじゃないですか」
こいつ……私のことなんだと思ってるんだ! 無事だったらいいってものじゃないでしょ!
「ふん! もういいです、私はもう帰らせてもらいますからね!」
「ええ、構いませんよ。今日はもうお仕事はありませんし、事務仕事の方は貴女では無理ですし」
きいいい! すました態度で言ってくれちゃって!
「……所長、先程のあの発言はあんまり過ぎます」
「いいんだよ、僕達死神が人間である彼女と馴れ合う訳にはいかないんだから。多少酷いことを言ってでも、彼女とはなるべく距離をおくべきなんだよ」
先ほどの発言に対して苦言を呈してみたけど、なるほど私達死神は人間に恐れられてこそ意味がある存在だ。死とは生きとし生けるもの全てが逃れられない根源的恐怖であり、そしてそれを司る我々が人間と馴れ合いなど言語道断。やはりこの人は冷徹だが優秀だ。しっかりとした線引を考えているなんて。
「……所長の深慮を察することもできず先ほどの発言……申し訳ありません」
「いいよ、彼女は僕達を怖がってはいても多少はフレンドリーだからつい優しく接してしまいたくなるからね。まあ、そういうのは僕が引き受けるから、君は彼女を近くからサポートしてくれればいいさ」
自分自身を死神としての絶対の境界線とし、他方で仕事仲間としてのフォローを私に任せる。飴と鞭というやつか、やはりこの人は凄い。
「了解しました。では、彼女へ先程のフォローはしておきますので」
「うん、お願いね」
……想像以上に有能だ。これならば、私の目的も果たせるはず。いずれ奴に相応の報いを与えるまで、私は止まる訳にはいかない。せいぜい首を洗って待っていろ……!
「……どうしよ」
楊さんが去っていった後、自己嫌悪に陥ります。さっき彼女を川に放り込んだのは、実は川底の悪霊がそんなにいないだろうから安全だと判断してだったんですよね。前にいた部署だとしょっちゅう悪霊を見てたから少ないなんて思っちゃったけど、むしろあそこは多くて当たり前だったんだってことをすっかり忘れてました。
赴任して1年経ってますけど、未だにその感覚が抜けきっていないみたいであんなことをしてしまいました。六源さんの娘さんだって手合わせの時に知ったし、実際強かったから大丈夫だと思ってました。
まあ、最大の原因は向こうの部署で何度も同じ目に合わされてきたせいですけどね! 多分いじめだったんだと思います、うん。私ってボッチだったし。ついでに人付き合いが苦手で、なんだっけ? 最近の言葉だとコミュ症? みたいな死神ですから、友達殆どいなかったですし。
……なんか悲しくなってきました。ま、まあその話は置いておきましょう。私が大量に蠢いてる悪霊のど真ん中に落とされて何ともなかったですから、大丈夫だと思ったんですけど……。彼女が人間だってことを考慮するのを忘れてました。
勢いでやっちゃったけど、やったことにすぐ気づいて助けようかと思いましたが……。よく考えたら今は仕事中で、部下の楊さんがいる目の前でやっちまいましたから遊び半分でやったなんて言ったら間違い無く軽蔑されると思って、取ってつけた理由で平静を装ってたんですけど、内心ヒヤヒヤでした。彼女が無事で本当によかったと思います。
……で、戻ってきた彼女に謝ろうかと思ったんですけど、口下手過ぎる私がフォローなんてうまく出来るはずもなく、かえって彼女を怒らせるはめに……。死にたい……。あ、私死神だからもう死んでるんでした。ハハハ……ハァ……。
さっき楊さんに窘められた時はとっさにあんな事言っちゃっいましたけど、結局は凛音ちゃんに謝っていない最低のクズでしかないです。しかもフォローを楊さんに放り投げる辺り、筋金入りのクズだと思います。
……あとでしっかり謝っときましょう、狐の面付けて。彼女とギスギスした雰囲気で仕事をするのは出来れば避けたいですが、自分が蒔いた種なので享受しましょう。ゼノンとしての私は彼女にとって嫌な上司であればいいのです。その方が、自分の仕出かしたことを反省するいい教訓になるでしょう。
「ごめんね凛音ちゃん、うちの上司があんな事言ってしまって」
「いえ……別にもういいです」
あんなぞんざいな扱いをされたのは腹が立つが、よく考えれば彼や楊さんとはそもそも種族が全く違うのだ、考えの相違があってもおかしくない。なにせ、人間ですら肌の色で差別や偏見に塗れるのが常なのだから。他種族同士、それも"死神"なんて生物かすら怪しい存在とでは、認識に大きなずれがあってもしょうがないだろう。それでも、あの発言は許せないのだが。
「彼はどうも冷静沈着で判断力のある人ではあるのだけど、切り捨てることに躊躇いがないみたいなの。私達死神全員が彼みたいな存在というわけではないから、安心してね?」
「そう、なんですか」
どうやら、彼らとはあまり価値観のズレはないらしい。安心したが、なおのことあの男には腹が立ってきた。楊さんが有能だと褒めている辺り、優秀な人物ではあるのだろう。でも、私には他者を容易く切り捨てるような冷血な人にしか思えない。そして、私が一番嫌いなタイプでもある。
「……一応言っておくとね、この部署が私達死神にとって墓場とも言える場所だってことは前に話したわよね?」
「はい、説明された時におっしゃってましたね」
「あの人も、雰囲気が地獄のものを纏っている辺りから分かると思うけど、元々は地獄にある部署で働いていたの。その中でも特に危険な悪霊の管理と処罰を担当してる部署にいたらしいわ」
人づてに聞いた話だけどね、と補足する楊さん。その職場は危険ではあるものの、その分他の部署の死神達から尊敬と羨望の目で見られる、エリートだけが所属できる部署であったらしい。そんな所で彼は特にミスをすることもなく、至って真面目に仕事に取り組んでいたらしい。
しかし、1年前に突然転属を言い渡され、此岸に存在するこの部署へとやってきた。彼は転属に文句ひとつ言うことなく此方へとやってきたらしいが、体の良い左遷であることは間違いない。
「……それで、彼に同情の一つでも抱けばいいんですか?」
確かに可哀想ではあるだろうが、それだとなんだか八つ当たりをされた気分になる。やはり、あの所長とは相容れそうにない。
「……そういうことではないけど、彼も彼なりの考えがあるの。立場としてああするしかなかったとも言えるわ。好きになれとは言わないし、許してやって欲しいとも言わない。でも、最低限仕事仲間として、ぐらいには見てあげて欲しいの」
「……はぁ、分かりましたよ」
楊さんの説得に、遂に私は折れた。許すつもりはないが、それでもこれから仕事仲間として働かされることは確定事項なのだ。なら、せめて仕事中に険悪な態度をとるのは良くないだろう。明日、再び仕事があるらしい。その時にでも、文句の一つでも言ってやるかな。
初仕事があった日の翌日。差し込む朝日に眩しさを感じて目を覚ます。そして体を起こすと。
「……目が覚めると、そこには怪奇『白女』の姿が……」
「おはよう凛音!」
元気よく返事する紗雪。彼女の若白髪で真っ白な頭髪が朝日に眩しいが、今はそれどころではない。
「おはよう、どうやって私の部屋に入ったコンチキショウ」
「鍵、開いてたよー」
くっ! 昨日は疲れのせいでさっさと寝ちゃったから油断してた……! 侵入者の家は明山寺家が建っている山の麓にある。だが、陸上部エースであるコイツであれば苦もなくやってこれるのだ。でも、昨日は一応ちゃんと鍵はかけたはず。と言うことは……。
「いるんでしょ、クリス!」
起き上がってベット脇においてあった鉛筆(それはもう鋭く削ってあるやつ)を握り。
「そこっ!」
そのまま勢いよく天井へと投げつけた。すると、天井に突き刺さる直前で突然現れた手がそれを掴んだ。やっぱりそこか!
「Shit、気づかれましたカ」
はらりと天井の一部が剥がれる。否、天井に擬態するための風呂敷が落ちてきたのだ。
「108のメイド奥義が一ツ、忍法『メイド隠れ』を見破るとはさすがですネ!」
「ああもう、メイドなのか忍法なのか相変わらず突っ込みどころが多すぎる!?」
「凛音ー、朝は静かに!」
「そうでスよ、今は朝方ですからご近所迷惑でス」
「誰のせいだと思ってる誰の!」
「「頂きます(ス)」」
「頂きます」
二人に鉄拳を見舞った後、朝食を作り、せっかくだからと一緒に食べることにした。ただ、二人は頭を未だ擦りながら朝食を待っていたが。
「ったく、もう子供じゃないんだから勝手に部屋に入らないの!」
「「えー」」
「えーじゃありません!」
昔から紗雪は私と一緒にいることが多かったせいか、中学になっても朝に私を起こす建前で部屋に忍び込んできた。流石に鍵を掛けて対策をしているのだが、今日は静流の家に仕えてる外人メイド、クリスティーヌ・バルドイの摩訶不思議なメイド技術によって鍵を開けたらしい。
それ、犯罪だからね。
「凛音のスベスベなお肌をもっと触りたいのー!」
「発言が危なすぎるわ! 私はそっちのケはないんだから!」
紗雪は時々こんな天然ぶりを発揮するから困る。紗雪はこう、白い花が咲き乱れるような性癖の子じゃないけど、私にベッタリなのが困る。お陰で中学時代は紗雪と私がデキてるなんて噂まで流れたんだから。
「いやぁ、それにしてもここはいつ来てもハラハラしまス。お爺さんに見つからないかとドキドキワクワクでしたヨ」
「よし、お前は後で静流のお父さんに連絡しておくから」
「Why!?(なぜニ!?)」
「自分の胸に手を当ててよく考えてみなさいよ! あんたが強力なんてしなければ」
「胸……? ……Oh……紗雪……」
クリスが自分の豊満な胸を弄りながら紗雪を見つめた。そして自分の大平原に両手を当てて俯く紗雪。
「アイアムペチャパイ……」
「いや、紗雪はいいから! 頑張れば大きくなると思うよ!?」
「凛音は残酷すぎまス……」
「うっさい! もうあんたは黙っときなさい!」
ああもう、収拾がつかない! 頼むからもうちょっと静かにできんのか!
朝の騒動をなんとか乗り越え、紗雪とともに登校する。クリスは静流のお父さんに連絡し、静流の家に仕えて40年という大ベテランであり、怒ると鬼のように怖いメイド長こと、西風澄礼さんに引き取ってもらった。クリスは静流家に来てまだ数年のペーペーなので、あの人には頭が上がらないらしい。
「そういえばメイド奥義ってメイド長さんが伝授したんだってさー」
「……あのひと何者なんだろ」
静流から聞いたのだが、間違い無く50を過ぎているはずなのに10代に間違えるような20代が如き美貌を保ち続けているのだ。身長170cmを超え、モデル体型と言えるスラっとした腰つきや脚線美はそうそう出せるものではない。それでさらにクリスが使う怪しげなメイド奥義なるものを授けたとなれば、怪しさを通り越して神秘さえ感じる。
「ま、あんま難しく考える必要もないんでにゃーい?」
「紗雪は気楽だね……」
「難しく考えるの嫌いだしねー」
「む、お前たちか」
「おー、正明だー」
「珍しい、2日連続で遅刻しないとか」
「完成が意外と早くてな。感動で打ち震えていたら風呂に入るのを忘れて母に怒られた」
「うっわーきったなーい」
「失敬な! 朝に入ってきたわ!」
他愛もない話をしていると、花蓮先生が出席簿片手にやってきた。
「お前らー、騒ぐのはいいがあたしの前で騒いだら問答無用で指導室行きだかんなー」
ピタリ、と騒ぎがやんだ後、ゆっくりと席に戻っていくクラスメイト達。花蓮先生は頼りになる先生ではあるが、それと同じぐらい恐ろしい先生でもある。全員が席に着席した後、日直が起立と礼の号令をし、再び着席する。そしてSHRが始まった。
「あー、お前ら知ってるとは思うが最近変質者が出没するから気をつけろー。男は女を守って、女は暗くなったらむやみに外出するなよ。路地裏で強制ニャンニャンされっからな」
先生、オブラートに包んだつもりでしょうけど隠しきれてませんから。女子が引いてます。
「男共も尻には気をつけろよ。最近は若いツバメを狙った新宿2丁目にいる輩みたいなのが隣町で確認されてるからな」
先生、今度は直球過ぎます。男子の何人かが思わず尻に手を当てて怯えてます。
「ま、変質者には注意しろ。そして目をつけられたら通報なりして助けを呼べ。それでも駄目なら度胸で乗り越えろってこった」
先生、男らしすぎます。そんな糞度胸発揮できるのは女だと先生ぐらいだと思います。そんなこんなで、朝の時間は過ぎていった。
遅れまくって申し訳ありませんでした……。