君に伝える始まりのオト
授業中にウトウトとしていると、隣から何かが真っ白なノートの上に飛んできた。重たい瞼を開け、飛んできた何かを手に取る。二つに折られた……ルーズリーフ?
『渡辺くんへ』
綺麗に折られた手紙の表部分には俺の名前が書かれている。どうやら手紙のようだ。隣を見ると黒板の文字を真面目に書き取っているクラスメイトの水瀬朔良。長い黒髪を耳にかけて授業に集中しているが、飛んできた方向を考えると水瀬だよな……
手紙など知りませんといった様子の水瀬に俺は首を傾げる。まぁ、中を見れば分かるか……
『たくさん書かなくちゃいけなくて嫌になるのもわかるけど、授業中は寝ちゃダメだよ』
そんな文章と共に一番下には水瀬の名前が書いてある。どうやら授業中に船を漕いでた俺を心配しての手紙らしい。何かと世話を焼いてくれるお隣さんらしい気遣いだった。
手元のシャーペンを取り、返事を書く。
『仕方ないだろ、寝不足なんだ』
我ながら酷い言い訳だと思いながらも、本音を書いて水瀬の机に手紙を投げる。水瀬はノートを取る手を休め、俺の返事を読む。そして、返事を書いて折り畳むと、俺の机にヒョイッと飛ばしてきた。
『仕方なくないよ~』
開いてみると、俺の文章の下にそんな言葉。そりゃそうだ。来週には中間試験が控え、今も教師が「テストに出すぞ!」と意気込んでいる。
『昨日は遅くまで読書に夢中になってて、後でノート写させてくれ! 頼む!』
そう書いて再び水瀬に手紙を戻す。水瀬は俺の返事を見て小さく溜息を吐くと、スラスラとシャーペンを滑らす。書き終わると折り目に合わせてパッと手紙を畳み、俺の机に投げ込む。
『特別だからね。次はないよ!』
手紙を広げればこんな言葉。いつも通りの水瀬らしい言葉に苦笑が漏れる。すると、ピタッと隣で字を書く音が止まる。しっかり耳に入っていたようだ……
『後でつまらない物でも……』
いつものやり取りを文字にして水瀬に返す。今度は水瀬から苦笑が漏れる。水瀬は手紙にサッと文字を書くと、ポイッと俺の机に投げ込む。どうやら教師が大事なところを話しているようだ。水瀬はその言葉を逃さまいとノートにシャーペンを走らせる。
俺の明るい未来のためにも水瀬には頑張ってもらわねば、と理不尽な応援を心の中でしながら返事を読む。
『つまらない物なんていりません!』
そうなりますよね……俺は日本人の謙虚さを出したんだが、今は切羽詰まってるからか、水瀬はいつものように乗ってこなかった。
仕方ないので、水瀬の好きな物でご機嫌を取るか。う~ん、お気に入りのジュースかお菓子か……
『後で水瀬様の気に入る物を献上しますので』
迷った挙句にこの文章。まァ、購買で売ってるプリン辺りで良いだろう。結構な頻度で食べているしな。そう書いて水瀬に手紙を返す。
しばらく手紙に触れずにノートを取る水瀬だったが、一段落着いたところで手紙を読む。何やら思案顔でいる? そんな顔も一瞬で、すぐさま返事を書いて俺の机に投げてきた。
『気に入る物?』
どうやら、俺が考えている水瀬の気に入る物が分らないようだ。
『それは後でのお楽しみだ。期待しておいていいぞ』
ササッと書いて水瀬に返す。水瀬は黒板の前に立つ教師を気にしつつ手紙を広げる。また何やら思案顔をしている。そんなに気になるのか?
ボケーッと水瀬の横顔を見ていたら目がパチッと合う。
「……」
「……」
サッと目を逸らされる。そして、手紙に返事を書いていく。耳にかけてあった長い髪がハラリと横顔を隠し、表情は伺えない。
何と無しに窓の外を見る。空は青が7に雲が3といった天気で特に面白味も無い。カサッと音がしたので机の上を見れば手紙。さて、どんな返事かな?
『あはは、期待してないでいるね』
俺の言葉は随分と信用されていないようだった。ここまでくると俺も男の意地を見せなければいけないようだな。
『いや、本当に期待してて大丈夫だから』
……何だか陳腐な言い回しだった。消して書き直すのも癪だからそのまま水瀬に机に投げ込む。本当はできる子なんだぜ、俺。
俺の返事を見た水瀬からため息が聴こえる。クッ、呆れてやがる……そんな俺の葛藤など露知らず、水瀬は手紙に返事を書いて俺の机にそっと投げてきた。
『つまらない物だったらこのお話は無かったことになるからね~』
それは勘弁だ。今後も俺の睡眠時間のために水瀬には是非ともノートを見せてもらいたい。ネタバレになるが仕方ないか……
『購買のプリンなんですが……』
そう書いて水瀬に返す。さて、お気に召してもらえるだろうか? 俺の返事を見た水瀬の表情を盗み見る。笑顔……ウシっ! これなら大丈夫そうだ。
水瀬は心持嬉しそうにシャーペンを手紙に走らせる。さらに手紙を渡してくる時も笑顔だった。
『手を打ちましょう!』
嬉しいからか? いつもの返しとは様相が違うな……女子へのスイーツ効果恐るべし、だな。俺もそれに乗っかることにする。
『ありがたき幸せ! どこまでも水瀬様についていきます』
こんな感じでいいだろう。教師に見つからないように教室の前を見ながら慎重に腕を伸ばし、手紙を水瀬の机に恭しく置く。
水瀬はキョトンとした表情をしながら手紙を広げる。その表情は俺の返事を読んで苦笑に変わる。
『くるしゅうない(笑)』
水瀬から返ってきた手紙にはこの一言。途中で恥ずかしくなって最後のを付け足したんだろうな。そう思うと俺も苦笑してしまう。
『今後とも是非、この渡辺屋をご贔屓に……』
時代劇を思い出しながら返事を書く。さて、水瀬はどう返事をするかな?
『ダメです。今回だけの特別って言いましたよね、私』
『そこで急に素に戻るんかい!?』
心の中のツッコミをそのまま文章に認める。手紙はなげやりに水瀬の机に返し、自分の机に突っ伏す。少し経って水瀬から手紙が返ってくる。
『最近たるんでいるよ? どうしたの?』
手紙を広げれば心配されているのが分かるが……ただ、読書に夢中になって寝不足なだけだよ、コンチクショウ! 試験前に何してるんだと言われたらそれまでだけど。
『いや、ちょっと……』
適当に言葉を濁す。まァ、手紙でこの話をするのもな……
手紙を広げる水瀬の表情は見ない。窓の外を見てるとカサッという手紙の投げ込まれた音。手紙を開く。
『今が一番大事なんだから頑張る! もう午前の授業終わるけど、午後は頑張ってね!』
その文章に教室に備え付けられた時計を見れば授業終了まであと3分だった。
・ ・ ・
夕食も風呂も済ませ、自室の机に向かう。水瀬に借りたノートは明日返すように言われているので今日中に書き写さないといけない。
水瀬のノートに丁寧な字で授業の内容が書かれており、惚れ惚れする。今日取ったノートの最後の部分に何やら書いてある?
渡辺くんへ
今日の手紙はまだ持ってるよね?
実は私の書いた文章にはある仕掛けがあります。
渡辺くんにその仕掛けは解けるかな?
これは渡辺くんの“頭”でも分かる簡単な問題だから頑張って解いて下さい。
“答え”は明日、私に会ったら真っ先に教えてくださいね!
制服のポケットに突っこんだままの手紙を取り出し、あらためて手紙を読み直す。
「……」
数分して水瀬の言いたいことが分かった。
「はは……そういうことかよ」
何だか普通に答えるのも癪だよな……今日も寝不足になりそうだ。
・ ・ ・
いつも通りの時間に登校すると下駄箱で水瀬に出会う。
「あ、おはよう! 渡辺くん」
水瀬は不安と期待を織り交ぜたような表情をしながら挨拶をする。さぁ……ミスるなよ、俺。
「よう。水瀬」
「それで、答えを教えてくれるかな?」
俺の目を真っ直ぐに見据える水瀬。どこか頬も赤みを帯びている。首を少し傾げながら訊ねるその姿に思わず心が揺れる。
「碌でもない頭じゃ分らなかったよ」
すぐさま“答え”を言いたかったが、先手を取られてしまった分、ここいらでちょっと俺なりの意地を見せたかったので“答え”は飲み込む。
「え……分らなかったの?」
水瀬の顔に浮かんでた期待の表情が一気に曇る。
「仕方ないだろ……」
罪悪感がものすごいけど何とか言葉を絞り出す。周りからの視線が何か痛い。朝の下駄箱だもんな。クラスメイトも何人か横を通ったが、声をかけてくる奴はいない。
「そっか……分らなかったのか……」
水瀬がついに俯いてしまった。あぁ、普通に“答え”を言えば……とも思うが、ここまできたら意地を通すしかない! 次はえぇっと……
「くよくよすんなって」
「くよくよさせてるのは渡辺くんなんだけどな」
俺の言葉に水瀬は廊下を上履きでグリグリしながら応える。結構キている時の仕草だよ、コレ……
「なら、これで元気出せ」
俺は制服のポケットに入れておいた手紙を水瀬の顔の前に差し出す。水瀬は俯いていた顔を上げて手紙を手に取る。
「? これは?」
俺は水瀬に返事をせずに教室へと向かう。記憶力の良い水瀬ならきっと大丈夫と信じて。
水瀬へ
俺の喋った言葉にはある仕掛けがあります。
水瀬にその仕掛けは解けるかな?
これは水瀬の“頭”でも分かる簡単な問題だから頑張って解いて下さい。
もし分かったら俺のことを名前で呼んでくれ
自分自身が書いた手紙と内容はほぼ同じだから、きっと水瀬はすぐに―――
「陽くん! 私の方こそよろしくね!」
―――ほら、すぐだ。俺は振り返って自分の彼女の名前を呼ぶ。
「おう、朔良!」
朔良は満面の笑顔で俺に駆け寄ってくると、嬉しそうに抱きついてきた。
もし意味が分からないよって方がいれば小鳥遊までお知らせ下さい。
ヒントとしてはタイトルと二人の手紙です。
まァ、小鳥遊びならぬ言葉遊びです(笑)
楽しめて頂けたら幸いです。
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