始まりは鈴の音と共に
日が傾き始めようという頃。
其れはその世界には不釣り合いな程色鮮やかに宙に浮かんでいた。まだ夜というには早すぎ、昼というには少し遅いというほどの時間。薄らと茜を纏った空に揺れる「三日月」。次第に其れは弧が深まっていき、にんまりとした残像を残して空の中へと溶け込んでいった。
――凛とした鈴の音をどこかで聴いた様な気がした。
<Wonder WoRld 序章>
~始まりは鈴の音と共に~
終了を告げる鐘の音。校舎から出てくる生徒達。
其れ等が下校の時間であると知らしめる様に、人はその五感で感じとったものから情報を得る。
そう。その少女も例外ではない。ごく普通の人間であった。
しかし、その普通の感覚を持った少女は自分の情報網である五感というものを今まさに否定しようとしていた。例外の事例、つまり彼女の持っていた一般論であった情報や常識。其れが覆されようとしているところで、目の前の事象を現実であると認められずに其れが錯覚である、と否定していた。それでも五感は「これは現実だ」と少女に訴え続けている。少女は己の視界を遮断しようとした。が、手に握る汗が、身体中にひしひしと感じる空気が其れを拒絶している。一度視界を黒く塗りつぶしてしまえば、二度と光が灯ることはないだろうと理解したからだ。
少女は息を呑んだ。これはなんだ。目の前にあるこれは、私に向けられているこの無機質なものは。目の前にいる男。そしてその男が手にし此方に向けている、拳銃。長い前髪で顔は見えないものの、裂けたみたいに大きな口と牙だけは目についた。嗚呼、彼は人間なのだろうか。その鮮やかな頭から生えていた柔らかそうな耳は人の其れではない。ゆらゆらと揺れている其れは尻尾だろうか。悪魔というものを見たことはないが、こんな姿をしているのだろうか。否、彼が誰であろうとそんなものはさしたる問題ではない。例え、誰であろうと今は彼女にとってその男は「死神」でしかないのだから。
男が一歩踏み出した。透き通った鈴の音が同時に耳を擽る。
また一歩、銃器が鈍い音を立てた。
そして目の前に距離を詰めた男は不思議な声色で其れを、放った。
「ご機嫌よう…そして、さようなら」
すぐさま聞こえた銃声によってその声はかき消された。撃たれたんだと気付いた時に視界に広がったのは血ではなく、三日月。とても甘美な夢に包まれてゆくような感覚。深い深い霧に飲まれて次第に意識は薄れていった。
「さぁ、戦争の始まりだ…ご主人」
前奏曲は銃声と猫の笑い声。
~序章 了~
前々から設定だけ考えていたアリスをモチーフにした物語です。
ぶっちゃけ落ちは未定なのでgdgdになると思います。