第9話 イシューはどこだ
宰相がいなくなっても、城は止まらない。
止まらないどころか、妙に元気になった。
「顧問殿! 甘味の試作ができました!」
「お、試作品第一号? ネーミングは“アストレア星屑パイ”で」
「勝手に決めるな!」
背後から鋭い声。振り向けば、銀髪が風を裂く。
「城内を勝手に改造するなと言ったはずだ!」
「改造じゃないです、微調整です」
フィリアが追いかける。快人が逃げる。騎士団団長代理と異邦人顧問が廊下を全力疾走するという、前代未聞の光景。兵士たちは見慣れた顔で見送る。
「今日も始まったな」
「平和だな」
平和ではない。ただ混沌が日常になっただけだ。
快人は階段を駆け上がりながら、頭の中では別の地図を広げていた。
(城内は把握した。次は外)
市場。商会。鍛冶屋。農地。周辺街道。フィリアを半ば巻き込みながら、快人は町へ出る。
「護衛は最低限にしろと言っただろう!」
「目立つと本音が聞けないんですよ」
市場は活気があるようで、どこか弱い。品数は少ない。価格は微妙に高い。同じ商人が複数の屋台を握っている。
(競争がない。流通が詰まってる)
鍛冶屋を覗く。
「注文が減ってな。遠征もないしよ」
「輸出は?」
「海が死んでる」
なるほど。快人は空を見上げる。
城壁は堅い。だが世界は広い。遠くの山脈。その向こうに強国があると聞いた。
◇
「外に出たらどうなると思う」
ふと、フィリアが問う。快人は即答した。
「俺? 即死ですね」
「……」
「戦えない。魔法もない。地理も知らない。野盗に会ったら三分で終了です」
軽い口調だが、本気だ。この世界は優しくない。剣が振れなければ、価値がない。
(だからこそ)
快人は歩きながら考える。
外に出られないなら、外を引き寄せるしかない。
「この国、いやこの町。人口は?」
「王都で三万。周辺含め五万弱だ」
「町ですね」
「また侮辱か!」
「現実です」
五万。前世なら、地方都市にも満たない。だが。
(小さいから、変えやすい)
城へ戻る途中、子供たちが木剣で遊んでいる。
「おらー! 蛮族役やれー!」
「やだー!」
快人はしゃがみ込む。
「将来なりたいのは?」
「騎士!」
即答。強い。この国は、強さに価値を置く。そこが鍵だ。
◇
城に戻り、机に紙を広げる。フィリアは腕を組み、まだ警戒している。
「何を探している」
「イシューです」
「いしゅー?」
「一番、効く問題」
彼は円を描く。
・財政難
・交易衰退
・軍事偏重
・人口減少
・産業停滞
全部問題だ。だが全部は触れない。
「全部直そうとすると死にます」
「……そうだな」
「だから一つ」
ペン先が止まる。
「強さの使い道」
フィリアが眉を寄せる。
「強さは守るためのものだ」
「今は、ですね」
彼は顔を上げる。
「この国のブランドは騎士団です。なら、売ればいい」
「売る?」
「訓練技術。戦術指導。傭兵派遣じゃない。教える側になる」
フィリアは黙る。
「周辺小国や都市国家に、騎士団式訓練を提供する。対価は金か、物資か、交易路」
小さな国だからこそ、動きやすい。強国は動きが鈍い。
(ここだ)
「強さを守るためだけに使うのは、コスパが悪い」
「またその言葉か」
「好きなんです」
にやりと笑う。フィリアはしばらく沈黙した後、低く言う。
「それが成功すれば」
「財政が回る。交易が復活する。騎士団の士気も上がる」
「失敗すれば?」
「笑い話です」
「ならん!」
怒鳴る。だが、完全否定ではない。快人は確信する。
(これが今のイシュー)
財政でもない。
政治でもない。
強さの再定義。
守るだけの国から、強さを資源にする国へ。
外に出れば即死。だから、外を巻き込む。快人は立ち上がる。
「まずは試験的に、小規模な技術提供からですね」
「勝手に決めるな」
「団長代理の許可が必要です」
「……」
フィリアは睨む。
だが、その目の奥に、わずかな火が灯る。
守るための剣。それしか知らなかった。
だが、もし。その剣が、国を増やす力になるなら。
「……詳細を聞こう」
ようやく出た言葉。快人は笑う。
「いいですね。会議しましょう」
「また会議か!」
「好きなんです」
夕陽が城壁を染める。
弱小国アストレア王国。
街に毛が生えた程度の規模。だが。小さいからこそ、一手で揺れる。
快人は窓の外を見ながら呟いた。
「さて。どこまで伸びますかね」
世界の片鱗は見えた。強さが価値の世界。
ならば。
その価値を、設計し直すだけだ。




