第6話 三日目 ― 氷騎士と再設計図
三日目。
城内を歩く快斗は、すっかり「見慣れた顔」になっていた。
廊下ですれ違えば、
「お、顧問殿。今日も視察か?」
「いえいえ、ただの城内ツアーです。無料ガイド付きで」
笑いが起きる。訓練場では、兵士の剣筋を見て首を傾げ、
「いい振りです。でもそのままだと、筋肉より先に財布が死にますよ」
「どういう意味だ!?」
「怪我増えます。医療費上がります。結果、予算削られて装備更新止まります」
ぽかんとした後、数人が真顔になる。笑わせて、気づかせる。
軽口は煙幕だ。目的はただ一つ――
(プレゼンの舞台作り)
現場が味方でなければ、改革は通らない。
理屈よりも先に、「あいつの話なら聞いてもいい」と思わせる。
それが三日間の本当の仕事だった。
倉庫番は快斗を見ると椅子を勧めるようになり、若い兵士は訓練後に自分から悩みを漏らす。
士気は低い。だが腐ってはいない。
(まだ救える)
廊下の柱の陰。今日も、銀髪が揺れる。
フィリア・アークライト。
近衛騎士団団長代理。腰まで流れる銀髪。冷たい蒼眼。実用一点張りの鎧。王家の紋章を背負うマント。戦場では表情が消える女。
だが今、その瞳はわずかに揺れていた。信用はしていない。口先の男だ。
だが。
(……なぜだ。放っておけない)
城の実情を知らないはずの異邦人が、兵と笑い、倉庫番と話し、真面目に耳を傾けている。
ふざけているようで、どこか真剣だ。
彼女は自分に言い聞かせる。
――監視だ。
だが胸の奥にあるのは、警戒だけではなかった。
◇
そして夜。
城の一角。客人用の簡素な部屋。
フィリアは迷った末に扉を叩く。中から、軽い声。
「はい、どーぞ」
緊張感の欠片もない。扉を開ける。
そこには――
机を埋め尽くす紙の山。壁際にも積まれ、床にも広がる。
地図。帳簿の写し。図式化された矢印。兵站ルートの再構築案。派閥相関図。予算再配分案。
快斗は椅子に座ったまま、頭をかく。
「いやーパソコンないときついっすね」
「……ぱそこん?」
「え、あー、気にしないでください。文明の利器です」
フィリアは眉を寄せる。
「何をしている」
快斗は一枚の紙を持ち上げる。
「AS-ISとTO-BEは、ほぼ固まりました」
「……?」
「今の姿と、あるべき姿。差分を埋めるだけです」
軽く言う。だが紙に書かれた文字はびっしりだ。フィリアは近づき、無意識に息を呑む。
そこには――
・補給ルート統合
・武具発注の競争入札化
・訓練カリキュラム再設計
・貴族派閥別利害整理
・財政黒字化三段階計画
快斗は椅子から立ち上がり、向き直る。
そして。
「フィリアさん。ご協力お願いします」
頭を下げた。その姿に、彼女は一瞬、言葉を失う。
「……私に?」
「はい」
「難しいことはわからんぞ!」
即答だった。
「数字も政治も、私は得意ではない。剣しか振れない」
わずかに悔しさが混じる声。快斗は笑う。
「知ってます」
「なに?」
「だからです」
彼は一枚の紙を差し出す。他の資料と違い、文字は少ない。箇条書き。
『ワークプラン:騎士団主導型改革』
・補給確認フロー簡略化
・訓練時間の再配分
・無駄な巡回廃止
・士気向上施策(簡易)
「フィリアさん用、超要約版です」
「……」
「難しい理屈は俺がやります。あなたは、現場を動かしてください」
フィリアは紙を読み進める。目が止まる。
「巡回経路を変えるだけで、兵の疲労が二割減る……?」
「マジです」
「補給確認を一段階減らせば、現場到達が一日早まる……?」
「マジです」
彼女は顔を上げる。
「本当なのか?」
問いは、剣より鋭い。快斗は、冗談を言わない。
「マジです」
静かな声。フィリアの胸が、わずかに高鳴る。
これは、もし本当なら。兵が楽になる。無駄な死が減る。国が、少し持ち直す。
だが。
「なぜ私に頼む」
快斗は答える。
「この城で一番、真面目だからです」
沈黙。
「あと」
「……まだあるのか」
「あなたが動けば、誰も文句言えない」
合理。利用。だが侮りはない。フィリアは紙を握りしめる。
信じたい。だが。この男は、信用ならない。
それでも。
「もし嘘なら」
声が低くなる。
「私が斬る」
快斗は笑う。
「それ、コスパ悪いんでやめましょうよ」
「真面目に答えろ」
「本気です」
目が合う。軽薄な笑みの奥に、揺らがない光。フィリアの心臓が、わずかに強く打つ。
この男は――
危険だ。
だが。もしかすると。必要かもしれない。
快斗は机の上の資料に視線を落とす。
(あとは、最初の一手)
◇
小さな成功。それがすべてを変える。フィリアは静かに扉へ向かう。出る直前、振り返る。
「……明日だ」
「はい?」
「明日、訓練場で試す」
フィリアはワークプランを掲げた。紙が揺れる。その音だけが、部屋に残る。
「結果が出なければ、お前の計画はそこで終わりだ」
猶予はない。逃げ道もない。快人は、ゆっくりと笑った。
「いいですね。公開実証実験」
その声音は軽い。だが目は、まるで別の盤面を見ている。
「城中に告知を。できれば大々的に」
「……随分と自信だな」
「ええ。見られた方が都合がいい」
フィリアの眉がわずかに寄る。
「何のためにだ?」
快人は一瞬だけ沈黙し、肩をすくめた。
「さあ。盛り上がった方が楽しいでしょう?」
扉が閉まる。足音が遠ざかる。静寂。部屋に一人残った快人は、天井を見上げた。
(これでいい)
改善計画は表の顔。本命は、別だ。
三日間。
笑い、観察し、情報をばら撒いた。わざと曖昧に。わざと複数の案を、違う相手に、少しずつ。
どの情報が漏れるかで、犯人は特定できる。
(あとは、動くのを待つだけ)
明日。訓練場で行われるのは、改革の実証ではない。裏切りの実証だ。
小さな事故が起きるだろう。誰かが焦る。誰かが慌てる。
そして。その瞬間。釣り針は、喉にかかる。
城のどこかで、この公開実験の話を聞いた影が、静かに動く。
だがそれすら――快人の想定の内だった。
(さあ、明日だ)
舞台はもう、完成している。




