第5話 調査二日目 ― 氷の視線と五つの力
二日目。
城の空気は、昨日よりもわずかに柔らいでいた。は、顔を覚える生き物だ。
怪しい外部顧問――から、「妙に話しやすい変な男」へ。
それだけで、流れてくる情報の質は変わる。快斗は今日も軽装で城内を歩く。鎧は着ない。着たところで似合わないし、守れもしない。廊下を歩けば、昨日は目を逸らしていた兵士が軽く会釈をする。
「おう、顧問殿。今日はどこを見るんだ?」
「いやー、特に決めてないです。気になるところをつまみ食いしようかなって」
笑いながら、視線は鋭い。
兵士の革鎧の縫製。剣の刃こぼれ。手入れの頻度。訓練場の砂の踏み固め具合。
(士気は中の下。装備更新は滞り。補給は分断気味。指揮命令系統は縦に重すぎる)
表情は緩いまま、頭の中では冷徹な仕分けが進む。
倉庫へ向かう。
昨日、世間話をした倉庫番の老人が、今日は自分から話しかけてきた。
「顧問殿。昨日言ってた帳簿、少し見せてもいいぞ。どうせ誰も真面目に見ん」
「いいんですか? 怒られません?」
「怒るやつが数字を理解しておらん」
苦笑。帳簿をめくる。
数字の歪み。同じ物資が複数経路で発注。輸送コストの不自然な跳ね上がり。
(なるほど。供給業者が固定化。競争原理なし。中抜きの匂い)
だが顔には出さない。
「うーん……やばいっすね」
監視役の兵が眉をひそめる。
「何がだ?」
「いや、俺の胃袋が。昨日食べたスープ、ちょっと塩強くて」
兵は呆れたように鼻を鳴らす。だが、快斗の頭の中では別の整理が進んでいる。
ファイブフォース分析。五つの力。
前世で叩き込まれた分析の基本。
(既存勢力の力。新規参入の脅威。代替手段。供給者の交渉力。顧客の交渉力)
この国に当てはめる。
――既存勢力:貴族派閥。軍上層部。既得権益層。
――新規参入:外部商会。新興騎士団。
――代替:他国への亡命。都市国家との同盟。
――供給者:武具商人、穀物商、魔石流通。
――顧客:民衆、兵士、王家。
(競争は歪んでる。市場は閉じてる。硬直化。腐敗の温床)
フィジビリティ――実行可能性は。
(中規模改革なら可能。急進は内乱コース。段階的再設計が最適)
廊下を歩きながら、快斗は柱の陰を横目で見る。
気配。昨日からずっとある視線。だが、振り向かない。
(近衛の視線。殺気はない。監視、というより観察)
柱の陰。
銀髪が揺れる。
腰まで届く長い髪。冷たい蒼眼。実用主義の鎧。王家の紋章入りのマント。
近衛騎士団・団長代理。
フィリア・アークライト。
没落貴族出身。家の名誉回復のため剣を握った女。責任感の塊。
命令に従うことを正義と信じてきた騎士。
そして――
人の言葉を疑うことを知らない。
ただ一人を除いて。
白石快斗だけは、信用していない。
軽い。笑っている。本音を見せない。
危険だと、本能が告げる。だから今日も、柱の陰から見る。
快斗は倉庫を出て、訓練場へ向かう。
「顧問殿、ずいぶん歩き回るな」
「いやー、散歩です散歩。運動不足で」
兵が笑う。昨日より、笑いが自然だ。
ラポールは機能している。
(現場は味方にできる。問題は上層部)
快斗の頭の中では、既に一枚のスライドが組み上がっている。
タイトル。
『王国再建ロードマップ Ver.0.1』
第一章:現状分析
第二章:緊急対処
第三章:中期構造改革
第四章:持続可能モデル
(問題は、誰に最初に見せるか)
王か。宰相か。それとも――
団長代理。
監視役が再び問う。
「で、結局どうなんだ。この国は」
快斗は空を見上げ、にやりと笑う。
「やばいっすね」
「何がだ」
「全部」
兵が顔をしかめる。快斗は肩をすくめる。
「でも安心してください。致命傷ではないです」
軽い声。だが内側では、歯車が高速で回っている。
(致命傷ではない。まだ間に合う)
あとは、どう見せるか。
いきなり腐敗を断罪するのは悪手。
まずは小さな成功。否定ではなく改善として提示する。
(敵を作らず、構造だけを変える)
柱の陰で、フィリアはわずかに目を細める。
男は、ふざけているようで。どこか、本気だ。
だが、信用はしない。まだ。
快斗は歩き出す。
(大体わかった。あとは――最高のプレゼンをするだけだ)
武力ゼロ。
だが、戦う準備は整った。剣も魔法も使えない男の武器は。
情報と、構造と、言葉。
そしてそれを――
どう切るかだ。




