第4話 まずは握手から
一日目。
俺は無能の異邦人という肩書きを下げたまま、城内を歩いていた。
監視は二名。無言。無表情。
信用ゼロ。権限ほぼゼロ。裁量は限定的。
上等だ。
(コンサルの初日はだいたい嫌われてる)
前職でもそうだった。外から来た人間は、必ず煙たがられる。
だから最初にやることは決まっている。
――問題解決ではない。
――関係構築だ。
◇
最初に向かったのは兵糧庫だった。
重い扉を開けると、乾いた穀物の匂いが鼻を刺す。
中では中年の管理官が帳簿とにらめっこしていた。
「何の用だ」
露骨に嫌そうな顔。いい反応だ。
「監査です……と言いたいところですが、今日は挨拶です」
「挨拶?」
「白石快斗。暫定お試し枠です」
管理官は鼻を鳴らす。
「お前が竜を煽った男か」
「いえ、私は煽りの設計をしただけで」
「同じだ」
否定はしない。俺は穀物袋の山を見渡しながら言う。
「在庫管理、大変ですよね」
「……何が分かる」
「分かりません。だから聞きに来ました」
ここで問題点を指摘しない。代わりに、問いを置く。
「今、一番困ってることは何です?」
管理官は警戒しつつも、ほんの少しだけ口を開いた。
「……補充が遅い。上が数字だけで判断する。現場を見ない」
「なるほど」
俺は頷くだけ。解決策は言わない。
まだ早い。
「今日のところはそれだけ聞ければ十分です。ありがとうございました」
「……それだけか?」
「はい。初日なので」
拍子抜けした顔。それでいい。
奪わない。
断じない。
否定しない。
これだけで、敵意は三割減る。
◇
次は鍛錬場。
若い兵が汗だくで木剣を振っている。動きは悪くない。だが肩に力が入りすぎている。
教官が怒鳴る。
「力で押せ!」
(それ、消耗早いぞ)
思うが、言わない。代わりに、休憩中の兵に声をかける。
「きつそうですね」
「……見世物か?」
「違います。体力、どうです?」
「限界だ」
「毎日これですか」
「当然だ」
俺は少し笑う。
「真面目ですね」
「馬鹿にしてるのか」
「いえ。真面目な組織は強い。ただ、潰れやすい」
兵が怪訝な顔をする。
「潰れない強さ、興味あります?」
問いだけ残す。兵は答えない。だが、目が少し変わった。
◇
魔法塔。
魔導士たちは俺を露骨に無視した。異邦人。戦えない男。
興味なし。それでいい。
俺は魔力計測盤を眺める。出力履歴の波形が不安定。
「この波形、面白いですね」
ぽつりと呟く。一人の若い魔導士が反応した。
「……何がだ」
「障壁、三十秒以上維持できてない」
「負荷が大きいからだ」
「ですよね。じゃあ、出力分散の研究は?」
「……そんな余裕はない」
俺は笑う。
「じゃあ余裕ができたら教えてください。俺、聞き役得意なんで」
それだけ言って去る。助言はしない。提案はしない。
まずは話せる相手になること。
◇
昼。
城下町を見下ろす回廊で、団長が立っていた。
「成果は」
「ゼロです」
「正直だな」
「初日で核心に触れたら逆に怪しい」
団長は腕を組む。
「お前は焦らないな」
「焦ると嘘が混じる」
俺は町を眺める。
「いい国ですね」
「……突然どうした」
「人が働いてる。みんな真面目なんです。腐ってるのは一部だけ」
団長の視線が鋭くなる。
「癌があると」
「ある可能性が高いかと」
断定しない。まだ証拠がない。
「今日は泥臭く行きます」
「泥臭く?」
「はい。スタイリッシュに問題解決する必要はない」
俺は肩をすくめる。
「まずはラポール。信頼関係です」
「……貴様の世界の言葉か」
「簡単に言うと、握手から始めろってことです」
団長はしばらく黙る。
「お前は自信家に見えて、ずいぶん地味だな」
「自信家の演出は必要でした」
「演出?」
「入り込むためのパフォーマンスです」
団長の目がわずかに細くなる。
「本性は」
「臆病で慎重です」
「……信用ならんな」
「でしょうね」
◇
夕方。
兵糧庫の管理官が、俺に小声で言った。
「……帳簿、見せるだけなら」
きた。小さな一歩。
「ありがとうございます。勉強させてください」
俺は素直に頭を下げる。数字を見る。流れを見る。ズレを見る。
だが何も言わない。今日はまだ言わない。
管理官がぽつりと漏らす。
「最近、物資の減りが妙に早い」
核心には届かない。
だが――匂いはする。
夜。
与えられた部屋で、俺は小さく息を吐いた。
(核心には至らない)
当然だ。
一日目だ。
だが種は蒔いた。敵意は薄れた。
話す相手ができた。これで十分。
いきなり華麗に暴く必要はない。
積み上げる。観察する。信頼を借りる。
そして、最後に――
全員が納得する形で叩き出す。それが最高のプレゼン。
俺は窓の外を見た。城のどこかで、影が動く。
裏切り者か。
それとも、俺を探る者か。
どちらでもいい。
一日目は成功だ。
静かに、確実に。城の奥へと、足場は伸びている。
勝負はまだ、動かない。
だが。
確実に、盤面は整い始めている。




