第2話 顧問契約は命がけで
城門の内側は、まだ焦げ臭かった。
炎の名残が石畳を黒く染め、負傷兵のうめき声があちこちから聞こえる。
俺――白石快斗は、そんな戦場のど真ん中を、まるで視察に来たかのような顔で歩いていた。
「で? 被害状況の共有、いただけます?」
「……本当にお前は緊張感がないな」
銀髪の女騎士が睨む。
名はまだ聞いていない。だが鎧の紋章からして、この国の竜騎士団長クラスだろう。
怒りと理性が同居している目。悪くない。
「ありますよ、緊張感。めちゃくちゃあります。ただ焦ってもKPI改善しないんで」
「……けーぴーあい?」
「重要成果指標。つまり何を守れば勝ちかです」
俺は城壁の外を指差す。黒煙の向こう、森の縁に魔物の群れがまだ蠢いている。
「今の襲撃、前哨戦ですよね?」
彼女の眉が動く。
「なぜ分かる」
「数が少なすぎる。本気で落とすなら三倍は来る。あれは測りだ。防衛力の査定。……で、正直に言いましょうか?」
沈黙。
「この国、狙われてます。しかも内部に穴がある」
空気が変わる。
彼女の後ろにいた騎士たちがざわめく。
「無礼だぞ!」
「無礼? いえいえ、改善提案です」
俺は肩をすくめる。
「魔物の侵攻タイミングが良すぎる。防衛の薄い時間帯を正確に突いてる。情報漏れてますよ」
女騎士の瞳が鋭く細まった。
「……根拠は?」
「さっきの戦闘。弓兵の配置が妙に前寄りだった。誰かがここは安全だと保証してたはずです。結果はご覧の通り」
彼女は黙る。
当たっている。
「名を名乗れ」
「白石快斗。無職。現在フリーランス」
「ふざけるな」
「真面目です。顧問契約を結ぶなら、まず現状分析から。内部監査、やります?」
その瞬間、背後で爆音が轟いた。
振り返る。
森の奥から、巨大な影がゆっくりと姿を現す。
翼。赤黒い鱗。空気を震わせる咆哮。
竜だ。
◇
城壁の上で悲鳴が上がる。
「な……竜だと!?」
女騎士の顔色が変わる。
「最悪だ……今は団の主力が遠征中……」
なるほど。手薄なタイミング。
情報漏洩の仮説、強化。
俺は一歩前に出る。
「確認ですが、あれに勝てます?」
「……正面からなら、私が時間を稼ぐ」
「勝率は?」
「五分」
嘘だな。三割以下。俺は竜を観察する。
飛ばない。威嚇が長い。こちらを試している。
そして、城門ではなく、倉庫群の方向を見ている。
「団長さん」
「……なんだ」
「竜の目的、食事じゃないです」
「なに?」
「補給破壊。兵糧庫、あっちですよね?」
彼女の目が見開かれる。
「なぜ知っている!」
「目線。動線。あと、さっきの魔物は門を削る動きだった。突破より消耗狙い」
竜が翼を広げる。炎が喉奥に灯る。
時間がない。俺は大きく息を吸った。
「団長さん、正面決戦は悪手です。竜はプライドが高い。なら――」
俺はにやりと笑う。
「煽りましょう」
「は?」
「やつは王気取りです。真正面から殴ると喜ぶ。無視されると怒る。つまり――」
◇
俺は周囲を見回し、一人の若い弓兵を指差した。
「君、声でかい?」
「え、え?」
「大丈夫、死なせません。多分」
俺は団長に視線を向ける。
「魔法障壁、最大出力でこの区画に集中できます?」
「可能だが、負荷が――」
「三十秒でいい。三十秒で仕事は終わります」
団長は一瞬迷い、そして頷いた。
「……やれ」
俺は弓兵の背を軽く叩く。
「よし、今から王様のプライドを粉砕する。俺が文句言うから、君は拡声魔法で増幅。煽り担当、よろしく」
「ぼ、僕が!?」
「評価上がるよ。多分」
◇
竜が地を震わせる。
炎の熱が城壁を焦がす。
俺は障壁の影にきっちり収まりながら、口だけを前に出す。
「おーい、トカゲ!」
弓兵が震える声で拡声する。
声が城下全体に響いた。
竜の瞳がぎろりと動く。
よし、視線きた。
「倉庫狙い? せこくない? 王様ごっこなら正面突破しなよ。あ、無理か。火吹くだけだもんな」
咆哮。
炎が飛ぶ。
だが俺は一歩も出ない。障壁の内側、安全圏。
「今です!」
団長が即座に叫ぶ。
「倉庫班、撤収! 地下搬送急げ!」
兵たちが走る。
竜は怒りで完全にこちらへ意識を固定。
俺は小声で団長に言う。
「ヘイト固定成功。あと二十秒」
「……お前、本当に性格が悪いな」
「営業です」
竜がさらに炎を吐く。
障壁が軋む。
俺は冷静に数を数える。
「十五……十……」
団長が剣を構える。
「退路確保済み!」
兵の声。
「五……四……」
竜の炎が弱まる。
目的未達。補給破壊失敗。
「三、二、一――」
竜が苛立ちの咆哮を上げ、翼を広げる。
空へ舞い上がる。森の奥へと退いていった。
城壁に静寂が落ちる。
弓兵がその場にへたり込んだ。
「ぼ、僕……生きてる……」
俺はにこりと笑う。
「ほらね。死なせないって言ったでしょ。多分」
団長が俺を睨む。
「お前は出なかったな」
「当然です。俺が燃えたらプラン終了ですから」
俺は胸を張る。
「前線は任せます。俺は勝てる状況だけ作る。それが役割分担」
団長はしばらく黙り込み、やがて小さく息を吐いた。
「……臆病かと思えば、胆が据わっている」
「いえ、ちゃんと怖いですよ? 心拍数やばいです」
俺は笑う。
「だからこそ、安全圏から世界を動かすんです」
遠ざかる竜の影を見ながら、俺は確信する。
この世界は力が正義。
ならば――
力を動かす側に回ればいい。
俺は戦わない。俺は燃えない。
ただ、戦場の設計図を書き換える。
それだけだ。
◇
彼女が剣を掲げる。
「物資は避難完了! あとは――」
「撤退誘導。やつは補給破壊が目的。失敗すれば長居はしない」
女騎士が、俺をまっすぐ見つめる。
「……お前は何者だ」
俺は汗を拭いながら笑った。
「武力ゼロの非戦闘民ですよ。ただし――」
一歩、彼女に近づく。
「御国、今かなり危ないです。内部に裏切り者。外に竜。財政も多分火の車。……再建プラン、聞きます?」
彼女の瞳が揺れる。
「……報酬は」
「命の保証と、裁量権。それから――」
俺は空を見上げる。
「この国を俺の実験場にする許可」
空気が凍る。
周囲の騎士が剣に手をかける。
「不敬だぞ!」
そりゃそうだ。
団長はゆっくりと俺を見つめた。
値踏みする目だ。
「……随分と大きく出たな」
「交渉はアンカーが重要です。最初に高く提示して、落としどころを探る」
「意味が分からん」
「つまり、本命は“裁量権”です。責任は取ります。失敗すれば追放で結構」
団長は沈黙する。
城壁の上では、まだ焦げた匂いが残っている。
兵たちの視線が刺さる。
「お前を信用する理由がない」
「正しい判断です」
即答。
「だから提案します。いきなり顧問契約とは言いません。まずは一案件。単発。成果報酬型」
「……内容は」
「内部の裏切り者を炙り出す。三日ください」
ざわめき。
「根拠はあるのか」
「仮説はあります。ただし今ここで言うのは悪手。漏れます」
団長の目が細くなる。
「城内に敵がいると言うのか」
「いる可能性が高い。だからこそ、ここで全部話せない」
沈黙が落ちる。
長い、長い数秒。
やがて彼女は剣を鞘に収めた。
「……白石快斗」
「はい」
「顧問とは認めん。信用もせん」
「妥当です」
「だが」
気配が変わる。
「話は聞いてやる。三日だ。それで結果を出せ」
兵たちがざわめく。
俺はわざと大げさに胸を押さえる。
「よかった……いきなり牢屋コースかと思ってました」
「半歩間違えればそうなっていた」
「でしょうね」
団長は背を向ける。
「城への立ち入りは監視付きで許可する。妙な真似をすれば、その場で斬る」
俺はにやりと笑った。
「リスク管理、完璧ですね。好きですよ、そういうの」
彼女は振り返らない。
「勘違いするな。私はお前を利用するだけだ」
「光栄です。利用価値があるってことですから」
追放されたはずの無能が、監視付きで城へ戻る。
兵たちの視線は疑念と警戒。
最高だ。
信頼ゼロからのスタート。
伸びしろしかない。
俺は小さく呟く。
「さて――内部監査、始めますか」
弱肉強食の世界。
俺が最初に相手取るのは竜でも魔王でもない。
この城の中にいる人間だ。




