第9話 断罪と証明
王宮の廊下を、カツン、カツンと足音が響きます。
先頭を歩くのは、黄金に輝く剣を持った白銀の騎士――レオンさん。
その横に、工具箱を担いだ私。
そして後ろには、ガルド将軍率いる数百の騎士たちが続いています。
すれ違う衛兵や侍従たちは、レオンさんの姿を見るなり腰を抜かし、道を開けました。
圧倒的な「格」の差。
言葉を発さずとも、彼がただならぬ高貴な存在であることは誰の目にも明らかでした。
「……着いたな」
レオンさんが足を止めました。
目の前には、王宮で最も巨大で豪華な扉――『玉座の間』への入り口があります。
「マリエ。僕の背中を、見ていてくれるか」
「もちろんです。背中の装甲の磨き具合、チェックしておきますね」
私が軽口で返すと、彼はふっと笑い、扉を蹴り開けました。
ドォォォォン!!
重厚な扉が悲鳴を上げて開きます。
◇
玉座の間には、異様な空気が漂っていました。
最奥の玉座の脇に立つ宰相。
そして、その横で不安そうに爪を噛んでいる、きらびやかなドレスの少女――聖女リリア。
「き、貴様ら! 土足で踏み込んでくるとは!」
宰相が裏返った声で叫びました。
「衛兵! 近衛兵は何をしている! この暴徒どもを排除しろ!」
誰も動きません。
近衛兵たちは既に、表でレオンさんに武器を破壊され、戦意を喪失しています。
代わりに前に進み出たのは、ガルド将軍でした。
「宰相閣下。我々は暴徒ではない。『正当なる主』をお連れしただけだ」
「主だと? 何を寝言を……」
レオンさんが、静かに兜に手を掛けました。
プシュウ、と空気が抜ける音がして、フェイスガードが上がります。
そして、兜が取り外されました。
現れたのは、汗で少し濡れた金色の髪。
宝石のような蒼い瞳。
国中の女性を虜にするであろう、圧倒的な美貌。
「――久しぶりだな、宰相」
よく通るバリトンボイスが、広い広間に響き渡りました。
「レ、レオン……様……?」
「馬鹿な! 第一王子はダンジョンで死んだはず! い、いや、仮に生きていたとしても、呪いで廃人同様になっているはずだ!」
宰相が後ずさりし、腰を抜かしました。
(王子……?)
私は瞬きをしました。
レオン、という名前。
獅子の紋章。
高貴な振る舞い。
(あ、やっぱり王子様だったんですね)
驚きはありましたが、それ以上に大きな困惑が私を襲いました。
(え、困ります。彼が王子様になってしまったら、明日からの『水汲み』と『薪割り』は誰がやるんですか? 彼ほど優秀で力の強い助手を失うなんて、店の大損害です!)
私がズレた心配をしている間に、沈黙を破る金切り声が響きました。
「ふ、ふざけないでよ!」
聖女リリアです。
「王子様が生きていたなら、なんで私に挨拶に来ないの!? 私がこの国の聖女なのよ!? それに、なによその汚い女は!」
彼女は私を指差しました。
「元用具係のマリエ! 私の剣に傷をつけた犯罪者! どうせ貴女が王子様をたぶらかして、変な改造をしたんでしょう!」
「人聞きの悪いことを言わないでください」
私は一歩前に出ました。
「私はただ、貴女が使い捨てにしたものを、拾って手入れしただけです。……剣も、人も」
「キィィィ! 生意気よ! 新しい方が強いに決まってるじゃない! カタログスペックを見たの!?」
聖女はヒステリックに叫び、両手を掲げました。
「見せてあげるわ、私の最新作を! 来なさい、『神聖剣エクスカリバー・ネオ』!」
空間が歪み、一本の剣が出現しました。
虹色に輝く刀身。
宝石が散りばめられた柄。
見た目は確かに、どんな宝剣よりも豪華です。
「近衛兵長! これでその男を斬りなさい! 聖女の命令よ! 攻撃力は過去最高なんだから!」
聖女に投げ渡された剣を、まだ残っていた近衛兵長が慌てて受け取りました。
彼は怯えながらも、レオンさんに切っ先を向けます。
「や、やるしかない……! 覚悟しろ、反逆者!」
近衛兵長が叫びながら突っ込んできます。
虹色の剣が、レオンさんの喉元へ迫る。
レオンさんは動きませんでした。
ただ、私が磨いた黄金の古剣を、静かに構えただけ。
「――脆い」
一言。
ガギィィィン!!
激しい衝突音が響きました。
火花が散り、光が弾けます。
そして。
パァァァン……。
乾いた音がして、何かが宙を舞いました。
キラキラと輝く破片。
それは、聖女の召喚した『神聖剣』の成れの果てでした。
近衛兵長の手には、折れた柄だけが残っています。
床に散らばった破片を見て、私は確信しました。
その断面は、金属特有のギザギザしたものではなく、まるで割れたガラスや砂糖菓子のように、ツルリとして均一だったのです。
「う、嘘……」
聖女がへたり込みました。
「私の……最高傑作が……。どうして? スペックは上のはずなのに! どうしてあんなボロボロの中古品に負けるの?」
「理由は簡単です」
私は工具箱を置き、淡々と告げました。
「貴女の剣には『木目』がないからです」
「……き、木目? 鉄の話をしているのよ!?」
「ええ、鉄の話です。鉄にも流れがあります。叩いて、伸ばして、折り返して……そうやって何千回も鍛えることで、鉄の繊維が絡み合い、強靭な芯が生まれるんです」
私はレオンさんの剣を指差しました。
「この剣には、数百年分の『鍛え』と、歴代の主が手入れをしてきた『歴史』が詰まっています。私がやったのは、その歴史の埃を払っただけ」
そして、聖女を見据えます。
「貴女の剣は、ただ魔力で固めただけの砂糖菓子です。見た目は綺麗でも、中身はスカスカで粘りがない。……使い捨てにするから、道具も貴女を愛してくれないんですよ」
聖女は何も言い返せず、顔を真っ赤にして俯きました。
物理的な強度だけでなく、職人としての「理屈」でも完全な敗北でした。
「お、おのれ……! こうなったら!」
宰相が懐から短剣を取り出し、私に向かって投げつけました。
最後の悪あがきです。
ですが、その刃が私に届くことはありませんでした。
キンッ。
レオンさんが素手で――正確にはガントレットで、短剣を空中で掴み取ったのです。
そして、その短剣を飴細工のように握り潰しました。
「……僕の大切な『専属職人』に、何をする」
レオンさんの瞳が、絶対零度の怒りを湛えて宰相を射抜きます。
「ひぃぃッ!?」
「連れて行け。……この『不良品』を」
レオンさんの命令で、騎士たちが一斉に宰相を取り押さえました。
宰相の絶叫が遠ざかっていきます。
静まり返った玉座の間。
レオンさんは剣を納め、私の方へ振り返りました。
そして、皆が見ている前で、私の前に片膝をついたのです。
「えっ、レオンさん? 床、汚れてますよ?」
「構わない。……マリエ」
彼は私の手を取り、その甲に口づけを落としました。
騎士の誓い。
いや、それ以上に熱い、求愛の作法。
「君が磨いてくれたおかげで、僕は本来の姿を取り戻せた。……いや、新品だった頃よりもずっと強く、輝いている」
彼は顔を上げ、悪戯っぽく微笑みました。
「君は言ったね。『私の最高傑作だ』と」
「は、はい。言いましたけど」
「なら、責任を取ってもらわないと。……一生、僕のメンテナンスをしてくれるかい?」
それは、周囲から見れば明らかなプロポーズでした。
騎士たちが「おおーっ!」と歓声を上げ、ガルド将軍がニヤニヤと親指を立てています。
私は顔が熱くなるのを感じました。
王妃とか、そういう面倒なことは分かりません。
でも、彼の体のコンディションを管理できるのが私しかいないのは事実です。
「……仕方ないですね。貴方ほど手のかかる『最高級品』を扱えるのは、世界で私だけですから」
私が答えると、レオンさんは太陽のように笑い、私を抱き上げました。
「ありがとう、マリエ。これからは、国ごとピカピカにしてやろう」
こうして。
錆びついた国と、錆びついた王子の「大修理」は、ひとまずの完了を迎えたのです。




