第8話 王子帰還作戦
『スミス修理店』は、戦場のような忙しさでした。
「次! 槍の穂先、研ぎ終わりました!」
「おお、新品より鋭いぞ!」
「マリエ殿、こちらの鎧の凹みも頼む!」
店の外まで続く、騎士たちの行列。
彼らは手に手に、倉庫から引っ張り出してきた「ガラクタ」を持っています。
ですが、私の手にかかれば、それは数分で「名器」に変わります。
ガルド将軍の号令で集まった騎士たちは、私の磨いた武器を手に、目に光を取り戻していました。
砂になる剣への怯えは、もうありません。
しかし。
そんな活気を打ち砕くように、怒号が響きました。
「そこまでだ、反逆者ども!」
店の外の通りを、重装備の集団が埋め尽くしました。
王宮近衛兵です。
宰相閣下の私兵とも呼ばれる、エリート(笑)部隊です。
「マリエ・スミス! 貴様を『国家転覆罪』で拘束する! その店もろとも焼き払ってやる!」
隊長らしき男が叫びました。
国家転覆?
ただ包丁や剣を直しているだけの職人に、なんと大層な言いがかりでしょう。
自分たちの管理不足を棚に上げた、ただの逆恨みです。
(……やらせません。ここは父さんの店です)
私はハンマーを握りしめ、表へ出ようとしました。
ですが、大きな手が私を制しました。
「マリエ。君の手は、戦うためのものじゃない」
レオンさんです。
彼はいつものピチピチ作業着ではなく、私が最初に磨き上げた、あの白銀の全身鎧を身に纏っていました。
兜はまだ被っていません。
その顔は、今まで見たことがないほど凛々しく、王者のような威厳に満ちていました。
「レオンさん……?」
「僕が出る。……その前に、一つ頼みがあるんだ」
彼は背中から、布に包まれた一本の剣を取り出しました。
それは、彼が鎧の中にずっと隠し持っていた剣でした。
鞘は朽ち、柄の装飾は黒ずんでいます。
ですが、私の目は誤魔化せません。
そこから溢れ出る、悲しいほどに高潔な気配。
「これは……」
布を解いた瞬間、私は息を飲みました。
柄頭に、黄金の獅子の意匠。
間違いありません。『王家の紋章』です。
王族か、それに連なる者しか持つことを許されない国宝級の代物。
(どうして彼がこれを? 王宮から盗んできた? それとも、王家に仕える高位の騎士様?)
普通なら、ここで彼の正体を疑うべきでしょう。
ですが、私の職人魂が、そんな雑念を吹き飛ばしました。
――汚い。
あまりにも、汚れている。
こんな名剣が、赤錆にまみれて泣いている。
許せない。
「僕の生家に伝わる剣だ。ずっと錆びつかせてしまっていた」
レオンさんは剣を私に差し出しました。
「磨いてほしい。……君の全霊を込めて」
彼の真剣な眼差し。
言葉はいりませんでした。
これは、ただの修理ではありません。
彼が「本来の自分」を取り戻すための儀式なのです。
「任せてください。由来が何であれ、私の手元にあるなら、それは私の患者です」
私は剣を受け取り、作業台に置きました。
深呼吸。
外の怒号も、近衛兵の足音も遮断します。
聞こえるのは、剣の鼓動だけ。
(重い……。歴代の主たちの想いが詰まっている)
私は両手を剣にかざしました。
体の中に残っている魔力のすべてを、搾り出します。
倒れても構わない。
この剣を輝かせることができるなら!
「――【最終研磨】ッ!!」
カッ!
店の中が、閃光に包まれました。
眩い光の中で、剣の表面を覆っていた黒い錆が、雪のように剥がれ落ちていきます。
見えた。
黄金の刀身。
刻まれた古代文字。
それは、聖女様が出す紛い物とは格が違う、本物の『光』でした。
キィィィィン……!
研磨を終えた剣が、澄んだ音色を奏でて浮き上がりました。
私はふらつく足でそれを掴み、レオンさんに渡します。
「……完璧です。今の貴方なら、誰にも負けません」
レオンさんは剣を受け取り、鞘から抜きました。
黄金の光が溢れ出し、店の窓ガラスがビリビリと共鳴して震えます。
「ありがとう、マリエ。……行ってくる」
彼は兜を装着しました。
フェイスガードが下り、その姿は完全無欠の『白銀の騎士』へと変わります。
◇
店の外。
「構えッ! 店ごと射抜け!」
「放てぇッ!」
近衛兵たちが一斉に矢を放ちました。
その時。
ドォォォォン!
店の扉が内側から弾け飛びました。
飛び出した黄金の光が、雨のように降り注ぐ矢をすべて弾き飛ばします。
「な、なんだアレは!?」
「ひ、光で目が……!」
動揺する近衛兵たちの前に、レオンさんは静かに立ちはだかりました。
そして、一歩踏み出します。
シュンッ。
彼が剣を横に一閃させました。
刃は誰にも届いていません。
空を切っただけです。
ですが。
キィィィィィィン!!
空気が悲鳴を上げるような、超高周波の共鳴音が響き渡りました。
パキィン! パキィン! パキィン!
次の瞬間、最前列にいた近衛兵たちの持っていた弓や剣が、一斉に砕け散りました。
私の磨き上げた刃が起こした振動が、脆い聖女製の武器だけを破壊したのです。
「ひ、ヒィィッ!?」
「ば、武器が……砂になった!?」
「バケモノだ!」
「失せろ」
兜の奥から、低く、よく通る声が響きました。
それは命令ではなく、絶対的な宣告でした。
「この店は、この国の未来を作る場所だ。貴様らのような錆びついた手で触れていい場所ではない」
近衛兵たちは腰を抜かし、ある者は武器を捨てて逃げ出しました。
圧倒的でした。
暴力すら振るわず、存在と技術だけで制圧してしまったのです。
ガルド将軍をはじめ、周りにいた騎士たちが一斉に剣を掲げて歓声を上げました。
「すげぇ……!」
「あれこそ、真の騎士だ!」
レオンさんは剣を納め、私の方を振り返りました。
フェイスガードを上げ、ニカッと笑います。
その笑顔は、いつもの大型犬のような人懐っこいものでした。
「行こう、マリエ」
彼は私に手を差し伸べました。
「どこへ?」
「王宮へ。……返品に行かなきゃならない」
「返品?」
「ああ。この国のトップに座っている『不良品』をね」
私は思わず吹き出してしまいました。
不良品の返品。
宰相閣下のことをそう呼ぶなんて、レオンさんもいい性格をしています。
「ええ、行きましょう。あそこには、まだ修理が必要なものがたくさんありそうですから」
私は工具箱を肩に担ぎ直し、彼の手を取りました。
分厚いガントレット越しですが、確かな信頼と温もりが伝わってきます。
こうして。
最強の騎士と、最強の職人のコンビは、大勢の騎士たちを引き連れて、王宮への行進を開始しました。
それが『革命』と呼ばれる歴史的な一日になるとも知らず、私はただ、「王宮への出張メンテナンス」くらいの軽い気持ちで歩き出したのです。




