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聖女の引き立て役だった私、王宮をクビになったので実家の鍛冶屋を継ぎます!  作者: 九葉(くずは)


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第5話 鎧の中身

 飛竜騒ぎから数日が過ぎました。

 カイル様の一件以来、『スミス修理店』の客足は途絶えることがありません。


「次の方ー! はい、鍋の穴埋めですね。銅貨3枚です」


 私はカウンターでてんてこ舞いでした。

 猫の手も借りたい状況ですが、頼りの『大型犬』の手が止まっています。


「レオンさん? どうしましたか?」


 ふと見ると、レオンさんが店の隅でうずくまっていました。

 いつもなら元気に薪割りをしている時間なのに、今日は朝から様子がおかしいのです。

 顔色が優れず、喉元を押さえて苦しそうにしています。


(もしかして、風邪? それとも……)


 私が駆け寄ろうとした時です。


「……ま、り……え……」


 低い、教会の鐘のような声が聞こえました。

 私は思わず足を止めます。


「レオンさん? 今、喋りましたか?」


 彼はゆっくりと顔を上げました。

 蒼い瞳が、真剣な光を宿して私を見つめています。


「……あ、ああ。声が、出るみたいだ」


 掠れてはいますが、深みのあるバリトンボイス。

 聞いていてお腹の底がむず痒くなるような、色気のある声です。

 黙っていても美形なのに、声まで良いなんて反則です。


「よかった! 喉のサビが落ちたんですね!」


 私が喜ぶと、彼は何故か切なげな顔をして、私の手を取りました。

 熱い掌です。


「マリエ。君に、話さなきゃいけないことがある」


 彼は私の手を、自分の胸元に引き寄せます。

 ドクン、ドクンと早い鼓動が伝わってきました。


「僕は、ただの行き倒れじゃない。本当の名前は――」


「――動かないで!!」


 私は叫びました。

 彼の言葉を遮り、胸倉を掴んで強引に引き寄せます。


「えっ? ま、マリエさん?」


「大変です! 見つけました!」


 私は彼のシャツの襟を乱暴に(くつろ)げました。

 鎖骨のあたり。

 そこに、黒い染みのようなものが浮き出ていたのです。

 血管に沿って黒い(つた)が這うような、不気味な模様。


 それは以前、全身鎧だった頃に見た『頑固なサビ』と同じ色をしていました。


(再発してる! やっぱり、表面を磨いただけじゃ根絶できていなかったのね)


「レオンさん、緊急事態です。今すぐオペをします!」

「え? いや、僕の話を……」

「話は後! このままだと全身に広がって、また動けなくなりますよ!」


 私はカウンターに戻り、札を『営業中』から『緊急休憩』へひっくり返しました。

 そして内側から鍵をガチャリと掛けます。


「レオンさん、奥へ!」


 私は有無を言わせず、よろめく彼を支えて居住スペースへ連れ込みました。

 彼を私の狭いベッドに座らせ、肩を押して仰向けに寝かせます。


「脱いでください」

「は、はいぃ!?」


 レオンさんが裏返った声を出しました。

 顔を一瞬で真っ赤にし、両手で胸を隠します。


「こ、ここで!? 今から!? まだ心の準備が……!」

「何言ってるんですか。服の上からじゃ施工できません。ほら、早く!」


 私はモジモジしている彼に痺れを切らし、シャツのボタンをブチブチと引きちぎる勢いで外しました。


 露わになったのは、引き締まった胸板と腹筋。

 ですが、私の目はそんなものには行きません。

 首筋から肩にかけて、黒いサビが急速に侵食しようとしています。


「思ったより進行が早い……」


 私は手早く袖をまくり、自分の両手に魔力を集中させました。


「少し熱くなりますよ。我慢してくださいね」


 私は彼の腹の上にまたがり、患部である肩に手を押し当てました。


「――【研磨(ポリッシュ)】!」


 ジュワッ。


 魔力が浸透する音と共に、レオンさんが背中を反らせました。


「っ……あぁっ!」


 甘い吐息が漏れます。

 【研磨】は対象の細胞や分子を活性化させるため、強烈な血行促進効果があります。

 人間にかけると、熱い温泉に入った時のような、あるいはもっと直接的な電気的刺激があるそうです(父の文献によれば)。


「力まないで。奥まで届きません」


 私は彼の上半身を丹念に撫で回します。

 鎖骨の窪み、首筋のライン、肩甲骨の裏側。

 サビが溜まりやすい場所を、指先でグリグリと押し流していきます。


「んっ、くぅ……! マリエ、そこは……!」

「ここが詰まってるんですよ。ゴリゴリしてるでしょう?」


 彼の肌は汗ばみ、体温が急激に上がっています。

 呼吸も荒く、潤んだ瞳で私を見上げ、うわごとのように私の名前を呼んでいます。


(かなりの熱暴走(オーバーヒート)ね。やっぱり呪いの抵抗が激しいんだわ)


 私は手つきを強めました。

 サビを根こそぎ剥がし、その下にある本来の輝きを引き出すイメージ。


 滑らかな肌。

 強靭な筋肉。

 高貴ですらある骨格。


「綺麗になりなさい……!」


 三十分後。

 私の額から汗が滴り落ちる頃、黒い染みは完全に消滅していました。


 ◇


「ふぅ……。完了です」


 私がベッドから降りると、レオンさんは荒い息をつきながら、天井を見上げていました。

 全身が汗で濡れ、肌はほんのりと桜色に染まっています。


 そして、何より。


「まぶしっ!?」


 私は思わず目を覆いました。

 磨き上げられた彼は、物理的に発光していました。

 肌は真珠のような光沢を帯び、金髪は太陽の糸のように輝き、瞳はサファイアよりも深い輝きを放っています。


 イケメンとかそういう次元ではありません。

 直視すると網膜が焼かれるレベルの『美の暴力』です。


「……マリエ」


 不意に、腕を掴まれました。

 強い力で引かれ、私は壁際に追い詰められます。


 ダンッ!


 いわゆる、壁ドンというやつでした。

 目の前に、発光するレオンさんの顔があります。

 近いです。

 熱気が伝わってきます。


「レ、レオンさん?」


 彼は私の目を熱っぽく覗き込み、耳元で囁きました。


「君の手は……魔法だ」


 長い睫毛(まつげ)が震えています。


「こんなに熱くされたのは、生まれて初めてだ。……責任、取ってくれるんだろう?」


 彼は顔を近づけてきます。

 整いすぎた唇が、すぐそこまで迫って――。


(あ、これ、整備後の出力テストだ!)


 私はハッとしました。

 修理したての魔導具は、魔力回路が繋がりすぎて、一時的に出力過多になることがあります。

 彼も今、全身の巡りが良くなりすぎて、エネルギーを持て余しているのです!

 ボイラーなら爆発寸前の状態です!


「はい! 責任持ちます!」


 私は彼の両肩をガシッと掴み、力強く頷きました。


「これだけ調子が良ければ、午後の薪割りも倍のペースでいけますね! 期待していますよ、レオンさん!」


「…………はい?」


 レオンさんの動きが止まりました。

 キラキラしていた瞳から、スッと光が消えていきます。


「さあ、着替えてください! お客様をお待たせしていますから!」


 私は彼の下をすり抜け、ドアを開けました。


「あ、それとレオンさん」

「……な、なんだい?」

「その輝き、最高ですよ。私の最高傑作です!」


 私は親指を立ててウィンクしました。


 レオンさんはしばらく呆然としていましたが、やがてガックリと項垂れました。

 そして、どこか吹っ切れたような、でも少し泣きそうな顔で笑いました。


「……勝てないな、君には」


 彼はボソリと呟くと、破れたシャツを羽織り直しました。


 こうして、レオンさんの告白(?)は未遂に終わりました。

 ですが、彼の声が戻ったことで、お店の評判はさらに上がることになります。


 そして。

 そんな賑やかな店の様子を、通りの向こうから鋭い眼光で見つめる人物がいました。


 王宮騎士団の団長服に身を包んだ、あの大男です。

 彼が店のドアノブに手を掛けるまで、あと数秒の距離でした。

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