第4話 聖女の剣が折れる日
『スミス修理店』が開店してから、数日が経ちました。
店は大忙しです。
マーサさんの口コミと、レオンさんの美貌。
この二つの相乗効果で、寂れていた下町の鍛冶屋は連日行列ができています。
「レオンさん、水汲みお願いします!」
「…………!(コクッ)」
レオンさんは言葉こそ話せませんが、私の指示を完璧にこなします。
ピチピチの作業着で重い水桶を軽々と運ぶ姿に、順番待ちの奥様方が「あらやだ、素敵」と色めき立っていました。
(本当に助かります。彼がいなかったら回っていませんでした)
そんな昼下がりのことです。
カランカラン。
ドアベルが鳴り、一人の青年が入ってきました。
ボロボロの鎧を着た、若い騎士様です。
肩を落とし、まるでこの世の終わりのような暗い顔をしています。
「いらっしゃいませ。修理ですか?」
「……ああ。ここなら、古い剣でも直してくれるって聞いて」
彼は背中の布包みを解きました。
現れたのは、鞘のない、赤錆だらけの剣でした。
刃はガタガタ、柄の革も腐っています。
「酷いですね」
私は正直な感想を漏らしました。
「……笑ってくれ。俺はカイル。王宮騎士団の新人だ」
カイル様は自嘲気味に語り始めました。
「聖女様から頂いた剣が、訓練中に折れちまってな。代わりの剣を申請したんだが、『在庫がないから一ヶ月待て』だとさ。剣がなきゃクビだ」
「それで、これを?」
「ああ。爺さんの遺品だ。捨てようと思ってたが、これしかなくてな。……やっぱり、ゴミだよな?」
彼は諦めたように剣を引っ込めようとしました。
ガシッ。
私はその手首を掴みました。
「ゴミじゃありません」
私は剣を受け取り、作業台の灯りにかざします。
確かに錆びていますが、芯は死んでいません。
それどころか、微かに脈動を感じます。
「この剣は、貴方を守りたがっていますよ」
「は? 剣が?」
「ええ。それにこの素材、ただの鉄ではありません。北の鉱山で採れる『青銀鋼』が混ざっています」
私はニッコリと笑いました。
「聖女様の新品より、ずっといい仕事をしてくれますよ。任せてください」
◇
私はカイル様に待ってもらい、緊急オペを開始しました。
まずは柄を分解し、刀身だけにします。
錆の膜の下にある、本来の刃紋をイメージする。
「――【研磨】」
魔力を込め、砥石を滑らせます。
キィィィン……。
今までとは違う、高く澄んだ音が響きました。
この剣は、戦いたがっている。
主を守り、敵を切り裂くことを渇望している。
(いい子ね。今、起こしてあげるから)
私は錆を削ぎ落とし、刃先をナノ単位で鋭利に整えます。
カイル様が後ろで「光った!?」と驚いていますが、無視して集中します。
仕上げに、新しい革で柄を巻き直して完成です。
「お待たせしました」
私が差し出した剣は、青白い光を放っていました。
まるで氷で作られたかのような、冷たく美しい輝きです。
「こ、これが爺ちゃんの剣……?」
カイル様が震える手で受け取った、その時です。
ウゥゥゥゥゥ――ッ!!
不気味なサイレンの音が、街中に響き渡りました。
敵襲を知らせる警報です。
「グルルッ……!」
店の奥で掃除をしていたレオンさんが、窓の外を睨んで低く唸りました。
普段の温厚な彼からは想像できない、獣のような殺気です。
「な、なんだ!?」
カイル様が飛び出します。私もつられて外へ出ました。
王都の上空。
南の空から、巨大な影が迫っていました。
「飛竜だッ!」
誰かが叫びました。
翼を広げれば馬車三台分はある巨体。
鋼鉄のように硬い緑色の鱗に覆われた、空の捕食者です。
それが一直線に、この下町エリアに向かって急降下してきます。
「まずい、ここは城壁の外に近い! 避難を!」
カイル様が叫びますが、通りはパニックになった人々で溢れ、逃げ場がありません。
そこへ、王宮から急行してきた騎士の一団が現れました。
ピカピカの聖剣を持った、エリート騎士たちです。
「民を守れ! 撃ち落とせ!」
騎士たちが一斉に斬りかかります。
低空飛行してきた飛竜の鼻先に、数本の聖剣が叩き込まれました。
ガギッ! パキィィィン!
乾いた音が響きます。
飛竜の鱗に弾かれ、聖剣が飴細工のように砕け散ったのです。
「な……ッ!?」
「嘘だろ!? 傷一つ付かないぞ!」
騎士たちが呆然とする間に、飛竜が大きく口を開けました。
ブレスが来ます。
その直線上には、逃げ遅れた子供がうずくまっていました。
「くそっ!」
カイル様が走りました。
自分の剣が通用するかどうかなんて、考えていない動きでした。
ただ守るために、子供の前へ飛び出します。
「やめろぉぉぉッ!」
彼は私の磨いた古剣を、無我夢中で振り上げました。
ドォォォォン!
衝撃音が轟き、砂煙が舞い上がります。
私は思わず目を瞑りました。
(折れた? いいえ、あの子は折れない!)
数秒の静寂。
やがて、ザァァァ……と何かが崩れ落ちる音がしました。
恐る恐る目を開けます。
そこには、剣を振り抜いた姿勢で固まるカイル様がいました。
そして、その目の前には。
首から下を真っ二つにされ、左右に分かれて絶命した飛竜の巨体がありました。
「…………へ?」
カイル様が間の抜けた声を出します。
周囲の騎士たちも、口をあんぐりと開けて固まっています。
硬い鱗も、太い骨も、関係ありませんでした。
まるで濡れた紙でも切ったかのように、鮮やかな切断面です。
「す、すげぇ……」
「新人がやったのか!?」
「あのナマクラで飛竜を!?」
わっと歓声が上がります。
カイル様は信じられないものを見る目で、自分の手元の剣を見つめました。
刃こぼれ一つありません。
青白い光が、誇らしげに瞬いていました。
◇
騒ぎが落ち着いた後。
店に戻ってきたカイル様は、放心状態でした。
「あ、あの。修理代……」
彼がおずおずと財布を出そうとします。
「ああ、気にしないでください。ちゃんと切れ味が出ているか、心配だったんです」
私は剣を受け取り、刃先を確認しました。
脂がついて少し汚れていますが、歪みはありません。
「うん、合格ですね。あの飛竜、きっと脱皮したてで柔らかかったんでしょう。運が良かったですね」
「……は?」
カイル様が目を丸くしました。
「柔らかい? いや、あれは変異種だぞ? 聖剣が全部折れたのに?」
「聖剣はお手入れ不足だったんでしょう。道具は日頃のメンテナンスが命ですから」
私は布でサッと血糊を拭き取り、彼に返しました。
「大切に使ってくださいね。お代は銅貨5枚です」
カイル様は震える手で銅貨を置くと、深々と頭を下げました。
「一生……この剣と、この店についていきます!」
彼が帰った後、レオンさんが私の袖をクイクイと引きました。
見ると、彼もボロボロのナイフを持ってきています。
『僕のも研いで』という顔です。
「はいはい。レオンさんのも、後でピカピカにしますからね」
私が微笑むと、彼は嬉しそうに尻尾(幻覚)を振りました。
こうして『スミス修理店』の噂は、下町の主婦だけでなく、命知らずの冒険者や騎士たちの間にも、伝説として広まり始めたのです。




