第1話 追放された私はは、ゴミ捨て場で『運命』を拾う
「マリエ・スミス。貴様を即刻、解雇する」
王宮の執務室。
重厚なマホガニーの机越しに、宰相閣下の冷たい声が響きました。
私は手に持っていた雑巾を、とっさにエプロンのポケットへ仕舞います。
用具係としての癖です。
汚れた手で、高貴な方の絨毯を汚してはいけませんから。
「解雇、ですか。理由を伺っても?」
努めて冷静に問い返します。
宰相閣下は、まるで汚物をあさるドブネズミを見るような目で私を見下ろしました。
「とぼけるつもりか。先日の『聖剣』への狼藉だ。神聖なる聖女様の召喚剣に、あろうことか『やすり』をかけたそうだな」
「狼藉ではありません。メンテナンスです」
私は背筋を伸ばして反論します。職人の娘として、それだけは譲れません。
「あの剣は、刃元に微細な歪みがありました。そのまま使用すれば、衝撃が逃げずに折れます。騎士様の命に関わるため、私が研磨して――」
「それが余計だと言っている!」
バン! と机が叩かれます。
「聖女様が泣いて抗議に来られたぞ。『私の出した完璧な剣が、薄汚い用具係の手で穢された』とな! 貴様のその無礼な行いが、剣の聖性を損なったのだ!」
聖性。
便利な言葉です。
物理的な切れ味よりも、精神的なありがたみを優先するなんて。
「これより貴様を王都追放……と言いたいところだが、王宮からの追放に留めてやる。この国の『新品至上主義』に馴染めぬ古臭い人間は、視界に入るだけで不愉快だ」
「退職金は頂けますか?」
「器物損壊の弁済で相殺だ。衛兵、つまみ出せ!」
左右から屈強な衛兵に腕を掴まれます。
私はため息を飲み込み、最後に深々と一礼しました。
「お世話になりました。……あそこの扉の蝶番、錆びて鳴いていますよ。油を差した方がよろしいかと」
「さっさと行け!」
怒号を背に、私は執務室を後にしました。
◇
王宮の裏門から放り出された時、空はどんよりと曇っていました。
私の名前はマリエ。
三代続いた鍛冶屋の娘で、研磨と修理をこよなく愛する女です。
手荷物は、愛用の工具箱一つだけ。
悲しくはありません。
むしろ、肩の荷が下りた気分でした。
「あーあ。せっかくいい砥石を見つけたのに」
王宮の武具庫は、私にとって地獄でした。
手入れもされず、使い捨てられる名剣たち。
聖女様が次々と新品を出すから、少し刃こぼれしただけでゴミ扱い。
道具たちの悲鳴が聞こえる職場は、精神衛生上よくありません。
「帰りましょう。私の城へ」
私は、自分が生まれた下町へ向かって歩き出しました。
◇
路地裏にある、亡き父が残した『スミス鍛冶店』。
久しぶりに戻った我が家は、蜘蛛の巣だらけになっていました。
鍵を開け、中に入ります。
埃っぽい空気。
けれど、鉄と油の染み付いたこの匂いこそが、私の居場所です。
「ただいま」
まずは掃除です。
窓を開け放ち、床を掃き清め、炉の状態を確認します。
火は入りますが、肝心の資材がありません。
鉄も、炭も、研磨剤も。
手持ちのお金は、今日の夕食分くらい。
「……行くしかありませんね」
私は工具箱から、頑丈な革手袋を取り出しました。
目指すは、王都の外れ。
通称『王宮廃棄場』です。
◇
数時間後。
私は鼻を覆いたくなるような異臭の中に立っていました。
生ゴミの臭いではありません。
鉄が酸化し、朽ちていく「死」の臭いです。
「なんてこと……」
目の前に広がるのは、金属の墓場でした。
折れた剣、ひしゃげた盾、穴の空いた鎧。
その多くが、聖女様が召喚した『聖武具』の成れの果てです。
キラキラしていたのは最初だけ。
魔力が切れれば、ただの脆い金属塊として捨てられる。
「まだ使えるのに。ここを削れば、重心を直せば……」
まるで、さっき捨てられた私みたい。
感傷を振り払うように、私は瓦礫の山へ登りました。
めぼしい金属片を拾っては、持ってきた台車に放り込みます。
その時です。
山の奥深くから、微かな気配を感じました。
ズズ……ッ。
金属が擦れるような、重く、苦しげな音。
「誰かいますか?」
私はハンマーを握りしめ、警戒しながら近づきます。
スクラップの山陰。
そこに、『彼』は埋もれていました。
「うわぁ……」
思わず、恍惚とした声が漏れます。
それは、全身鎧でした。
かつては王族が着るような豪奢な装飾が施されていたのでしょう。
今は見る影もありません。
全身が赤錆に覆われ、関節は固着し、あちこちが腐食しています。
兜の隙間からは、暗い闇が覗いていました。
酷い状態。
最低の保存環境。
スクラップ同然。
――でも、なんて美しい骨格。
職人の勘が告げています。
この鎧は、聖女様の召喚品ではない。
古の鍛冶師が、魂を込めて打ち上げた一級品だと。
ガタッ。
鎧が震えました。
腕のような部分が、私に向かって微かに動きます。
(動いた? 自律型のゴーレム? それとも魔導鎧?)
普通なら、悲鳴を上げて逃げ出すところでしょう。
けれど私は、逆でした。
吸い寄せられるように、一歩近づいていました。
「痛そうですね」
私はハンマーを置き、そっと錆びた小手に触れました。
ザラザラとした不快な感触。
指先に赤茶色の粉がつきます。
鎧がビクリと反応し、何かを訴えるように震えます。
兜の奥から、くぐもった風切り音が聞こえました。
『……こ……せ……』
言葉?
いいえ、軋む音でしょう。
動力源の魔力が切れかけて、暴走しているのかもしれません。
でも、私には聞こえました。
道具としての、悲痛な叫びが。
『もう動けない。捨ててくれ』と。
プチン。
私の中で、我慢していた何かが切れました。
「ふざけないでください」
私はエプロンの紐をギュッと締め直します。
「使い捨て」を良しとするこの国への怒りが、フツフツと湧いてきます。
「こんなに良い鉄を使っているのに。こんなに完璧な設計なのに。錆びたくらいで諦めるんですか?」
鎧の震えが止まります。
「私は諦めませんよ。ええ、絶対に」
職人の血が騒ぐ。
この赤錆の下に眠る、本来の輝き(いろ)が見たい。
磨きたい。
蘇らせたい。
「貴方は私が拾います。文句は言わせません」
私は周囲を見渡し、手頃な長さの鉄パイプを拾い上げました。
相手はフルプレート。まともに持てば大人二人分の重さがあります。
ですが、私は職人の娘。
重いものを動かすコツなら心得ています。
台車を傾け、鉄パイプを鎧の下に差し込む。
瓦礫を支点にして、テコの原理でグイッと持ち上げる。
「ん、しょ……っ!」
重い。
けれど、動かない重さじゃない。
ズズズンッ!
車輪が悲鳴を上げ、台車の上に巨大な鉄塊が収まりました。
私は汗を拭い、息を整えます。
「さあ、帰りますよ。覚悟してくださいね」
私は台車の取っ手を握りしめ、不敵に笑いました。
「私の店に来たからには、新品以上にピカピカにして差し上げますから」
錆びついた兜が、夕日を受けて僅かに光った気がしました。
それが、私と『彼』との――後に国を揺るがすことになる出会いでした。




