第七章 仲間たち
ゴルドがギルドに加入してから、さらに一ヶ月が経った。
その間に、ギルドの規模は着実に拡大していた。
まず、馬車が五台納入された。ゴルドが設計した新型馬車「鉄駆動号」だ。これにより、誠一だけでなく、一般のドライバーでも長距離輸送が可能になった。
ドライバーも雇った。最初は二人。どちらも、元々は別の運送業者で働いていた男たちだ。
「俺はバルト。よろしく頼む」
一人目は、三十代後半の元傭兵だった。がっしりとした体格に、鋭い目つき。左頬には、古い傷跡がある。
「傭兵から運び屋に転職か?」
誠一が尋ねると、バルトは肩をすくめた。
「人を殺すより、荷物を運ぶ方がマシだと思ってな」
「……そうか」
「それに、お前の噂は聞いてた。西の韋駄天。魔物の群れを突破して、一日でカルム港まで走る男。面白そうだと思った」
「面白い、か」
「ああ。退屈な仕事は嫌いだ。お前のところなら、退屈しないだろう」
ゴルドと同じことを言う。類は友を呼ぶ、というやつか。
もう一人のドライバーは、二十代前半の若者だった。名前はレオン。細身で、人当たりの良さそうな顔をしている。
「俺は、ミルフィアの農家の出身っす。都会に出てきて、運送業で働いてたんすけど、前の会社が潰れちゃって」
「うちを選んだ理由は?」
「カートライト運送ギルドって、今一番勢いがあるって聞いたんで。乗るなら、上り調子の船っすよね」
素直な若者だった。少し軽薄なところがあるが、根は真面目そうだ。
「よし、二人とも採用だ。明日から、研修を始める」
「研修?」
バルトが眉を上げた。
「運送業に研修なんてあるのか?」
「ある。というか、作る」
誠一は壁に貼った紙を指さした。
「点呼の手順。車両点検の方法。緊急時の対応。全部、マニュアル化して、全員に徹底させる」
「細かいな……」
「細かくないと、人が死ぬ」
誠一の声には、有無を言わせない重みがあった。
「俺は十八年、運送業で働いてきた。その中で、何人もの仲間が事故で死ぬのを見てきた。整備不良、過労、無茶なスケジュール——原因は様々だが、共通しているのは、基本を怠ったことだ」
「……」
「だから、俺のギルドでは、基本を徹底する。点呼は毎日、対面で行う。車両点検は出発前に必ず行う。無理なスケジュールは組まない。それが、俺のルールだ」
バルトとレオンは、真剣な表情で頷いた。
「分かった。あんたのルールに従う」
「よろしくっす、ボス」
こうして、ギルドの人員は、誠一、リーネ、メルダ、ゴルド、バルト、レオンの六人になった。
ギルドが軌道に乗り始めると、新しい課題が見えてきた。
「このままじゃ、パンクするわ」
ある日の夜、リーネが疲れた表情で言った。
「依頼が多すぎる。処理しきれない」
「そんなに増えてるのか」
「ええ。一ヶ月前の三倍よ。評判が広まって、王都だけじゃなく、他の都市からも依頼が来るようになった」
「嬉しい悲鳴だな」
「悲鳴は悲鳴よ。私一人じゃ、配車も、経理も、営業も、全部は無理」
リーネは帳簿を閉じ、机に突っ伏した。
「人を雇わないと……でも、事務員の給料を払う余裕があるかしら」
「ある」
メルダが口を挟んだ。
「帳簿を見たけど、利益は十分に出ているわ。人件費を増やしても、問題ない」
「本当?」
「ええ。むしろ、人を雇って効率を上げた方が、長期的には利益になる」
「じゃあ、事務員を雇おう」
誠一が言った。
「ついでに、受付担当も。俺たちの顔を知らない客が、飛び込みで来ることも増えてきたからな」
「そうね……」
リーネは顔を上げた。
「心当たりがあるわ。昔、うちの商会で働いていた人たち。商会が潰れた時に、散り散りになってしまったけど、声をかければ、戻ってきてくれるかも」
「頼む」
「任せて」
リーネは疲れた表情を一変させ、活力を取り戻した。
「明日から、探してみるわ」
結果として、一週間後には、三人の元従業員がギルドに加わった。
ソフィア——三十代の女性。経理担当。数字に強く、帳簿の管理はこの人なしでは成り立たない。
トム——四十代の男性。受付担当。愛想が良く、客対応に定評がある。
ナタリー——二十代の女性。配車補助。リーネの指示を受けて、細かいスケジュール調整を行う。
「みんな、昔の仲間よ」
リーネは嬉しそうに言った。
「父が生きていた頃から、うちの商会で働いていた人たち。父の夢を知っている人たち」
「なら、安心だ」
誠一は頷いた。
「ようこそ、カートライト運送ギルドへ」
三人は、感極まった表情で頭を下げた。
「お嬢様……いえ、リーネ様。お父様の志を継いでくださって、ありがとうございます」
「私たちも、微力ながらお手伝いさせていただきます」
「カートライトの名前を、もう一度輝かせましょう」
リーネの目に、涙が光った。
人員が増えたことで、ギルドの運営は格段にスムーズになった。
誠一は長距離輸送に専念できるようになった。バルトとレオンが中距離を担当し、ゴルドが車両の整備を行う。リーネとナタリーが配車を管理し、ソフィアが経理を担当し、トムが受付に立つ。メルダは全体を見渡し、必要に応じてアドバイスを与える。
「いい感じになってきたな」
ある日の朝、点呼を終えた後、誠一は呟いた。
「点呼——」
誠一は全員の顔を見回した。
「今日から、新しいルールを導入する」
全員が背筋を伸ばした。
「毎朝の点呼で、全員の体調を確認する。少しでも具合が悪い場合は、無理に仕事をさせない。代わりの人員で対応する」
「そんなことしたら、人手が足りなくならないか?」
バルトが尋ねた。
「足りなくなるかもしれない。だが、無理をして事故を起こすよりマシだ」
「……」
「俺は、この業界で何人もの仲間を失ってきた。過労で倒れた者、居眠りで事故を起こした者、無理なスケジュールで命を落とした者。全部、『仕方ない』で済まされてきた」
誠一の声に、力がこもった。
「だが、俺は『仕方ない』で済ませたくない。一人も失いたくない。だから、このルールを作る。文句があるか?」
「……ないっす」
レオンが真剣な表情で答えた。
「俺も、前の会社で、先輩が事故で死ぬのを見ました。無理なスケジュールで、疲労が溜まって……」
「ならば分かるな。俺たちは、同じ過ちを繰り返さない」
「はいっ」
全員が、力強く返事をした。
「よし、今日の点呼は以上だ。各自、安全運転で」
「了解!」
朝日が、ギルドの窓から差し込んでいた。
新しい一日が始まる。仲間と共に。
誠一は、かつてないほど充実した気持ちで、今日の運行に向かった。
その日の夜、誠一は一人で事務所に残っていた。
窓の外には、星空が広がっている。王都の夜は静かだ。街灯の灯りが、石畳の道をぼんやりと照らしている。
「……ふう」
誠一は椅子にもたれかかり、天井を見上げた。
「セイ、まだ起きてたの?」
リーネの声がした。階段を降りてきたらしい。
「ああ。少し考え事をしていた」
「考え事?」
「この世界に来て、二ヶ月が経った。色々あったな、と思って」
リーネは誠一の隣に座った。
「……ええ、色々あったわね」
「最初は、何が何だか分からなかった。異世界って何だ、スキルって何だ、魔物って何だ——全部、意味不明だった」
「今は?」
「少しは分かってきた。この世界のこと。この仕事のこと。そして——」
誠一はリーネを見た。
「お前のこと」
「私の?」
「ああ。お前が何を目指しているか。何を大切にしているか。少しは分かった気がする」
リーネは照れくさそうに俯いた。
「……私も、あなたのことが分かってきたわ」
「俺?」
「ええ。最初は、変な人だと思った。異世界から来た、訳の分からないスキルを持った、変な人」
「ひどい言われようだな」
「でも、今は違う」
リーネは顔を上げた。
「あなたは、本当に優しい人よ。仲間を大切にして、約束を守って、誰かのために走り続ける。そういう人だって、分かった」
「……」
「だから、私——」
リーネは言葉を切った。
「私も、あなたと一緒に走りたい。どこまでも。いつまでも」
誠一は黙っていた。
何と言えばいいのか、分からなかった。
四十二年間、こんなことを言われたことはなかった。仕事に追われ、孤独に慣れ、人との繋がりを諦めていた。
だが——。
「……ありがとう」
絞り出すように、言葉が出た。
「俺も、お前と一緒に走りたい。この仕事を、もっと大きくしたい。この世界を、変えたい」
「セイ……」
「でも、その前に——」
誠一は立ち上がり、窓の外を見た。
「やらなきゃいけないことがある」
「何?」
「北だ。北の国境。帝国との関係が、悪化しているんだろう?」
「ええ。いつ戦争になってもおかしくないって言われてる」
「王女と約束した。有事の際には、補給を担当すると」
「……そうね」
「だから、準備を始めないといけない。北への輸送ルート。補給基地の確保。人員の増強——」
誠一は拳を握りしめた。
「戦争は、嫌だ。だが、来るものを止められないなら、少しでも被害を減らしたい。俺たちにできることを、やりたい」
リーネは立ち上がり、誠一の隣に立った。
「分かったわ。一緒にやりましょう」
「ああ」
二人は並んで、夜空を見上げた。
北の方角に、雲が流れていた。不吉な色をした、灰色の雲。
嵐が近づいている。
それが、物語の次の章の始まりだった。




