第六章 帰り荷を探せ
運送ギルドの設立から一ヶ月が経った。
王室の認可を得たことで、誠一たちの立場は劇的に変わった。商人ギルドのマルクスは渋い顔をしていたが、王女の名の下に発行された認可状には逆らえなかった。
事務所も構えた。王都の商業地区に、小さいながらも専用の建物を借りた。一階が受付と倉庫、二階が事務室と会議室。看板には「カートライト運送ギルド」の名が掲げられている。
「順調ね」
リーネが帳簿を見ながら言った。
「依頼は増え続けてる。塩、鉄、小麦、薬草——あらゆる物資の輸送を請け負うようになった」
「問題は、俺一人しか走れないことだな」
誠一は椅子にもたれかかった。
「依頼は山ほどあるのに、処理しきれない。もっと人手がほしい」
「でも、あなたみたいなスキルを持ってる人は、そうそういないわ」
「分かってる。だから、別の方法を考えないといけない」
誠一は天井を見つめた。
「効率化だ。一回の運行で、できるだけ多くの荷物を運ぶ。そのためには——」
「帰り荷」
リーネが即答した。
「片道で運んで帰ってきたら、半分は空走りになる。往路と復路、両方で荷物を運べば、効率は倍になるわ」
「その通りだ」
誠一は身を起こした。
「問題は、帰り荷をどうやって確保するかだ。行き先の都市で、ちょうど王都に運びたい荷物がある保証はない」
「だから、営業が必要なの」
リーネは地図を広げた。
「各都市の商人と取引関係を築いて、定期的な輸送契約を結ぶ。そうすれば、いつでも帰り荷を確保できる」
「営業か……」
誠一は頭を掻いた。
「俺は、そういうの苦手なんだよな」
「知ってるわ」
リーネはニヤリと笑った。
「だから、私がやる。明日から、各都市を回って営業してくるわ」
「一人で? 危険じゃないか」
「あなたが送ってくれるでしょう? 目的地まで運んでもらって、商談してる間に次の都市に行って、また迎えに来てもらう。そうすれば、一日で複数の都市を回れる」
「なるほど……頭いいな、お前」
「商人の娘ですから」
リーネは胸を張った。
こうして、新しい営業スタイルが確立された。
リーネが商談を担当し、誠一が輸送を担当する。リーネを運ぶ間も、他の荷物を積むことで、無駄を最小限に抑える。
一週間後には、主要な三都市——カルム港、ドワーム、ミルフィア——との定期輸送契約が成立した。
「これで、帰り荷の心配はなくなったわ」
リーネは満足そうに言った。
「カルム港からは塩と魚介。ドワームからは鉄と鋼。ミルフィアからは小麦と野菜。王都からは織物と工芸品。完璧な循環よ」
「まるで、血液が体を巡るようだな」
誠一は地図を見つめた。
「物流は、経済の血液だ。止まれば、体は死ぬ」
「詩的な表現ね」
「親父の受け売りだ」
誠一は少し照れくさそうに笑った。
「でも、本当にそうだと思う。俺たちがやってることは、王国の体に血を巡らせることだ」
「素敵な仕事ね」
リーネは微笑んだ。
「私、この仕事が好きよ。父の夢を継げて、嬉しい」
「俺も……」
誠一は窓の外を見た。
「好きかもしれない。この仕事」
日本にいた頃は、仕事を好きだと思ったことなどなかった。ただ、生活のために走っていた。怒鳴られないために走っていた。
だが、今は違う。
誰かのために走っている。何かを届けるために走っている。それが、こんなにも充実感を与えてくれるとは、思わなかった。
「セイ」
リーネの声で、我に返った。
「何だ」
「次の依頼、面白いのが来てるわ」
リーネは一枚の紙を差し出した。
「ドワームの鍛冶ギルドから。特注品の輸送依頼よ」
「特注品?」
「新型の馬車を開発したらしいの。試作品を王都に運んでほしいって」
「馬車の開発?」
誠一は首を傾げた。
「ドワーフは、鍛冶は得意だろうけど、馬車も作れるのか?」
「普通の馬車じゃないみたい。何か、画期的な新技術を使ってるらしいわ」
「面白そうだな。引き受けよう」
「分かったわ。明日の朝、出発できる?」
「ああ、問題ない」
こうして、誠一は翌朝、ドワームへ向かった。
ドワームは、王都から東に馬車で五日の距離にある鉱山都市だった。
誠一のスキルを使えば、半日で到着できる。深い山々に囲まれた、灰色の街。空気中に鉄の匂いが漂い、あちこちで鍛冶の音が響いている。
「ここか……」
誠一は街の入り口で足を止めた。
街の様子は、王都とは大きく異なっていた。建物は石造りで、窓が小さい。道幅は狭く、坂道が多い。そして何より——。
「ドワーフが多いな」
住民の半数以上が、ドワーフだった。人間の半分ほどの背丈で、がっしりとした体格。髭を蓄えた者が多く、みな職人風の作業着を着ている。
「おう、あんたがカートライト運送ギルドの運び屋か?」
声をかけてきたのは、特に立派な髭を持つドワーフだった。
「ああ。日向——セイと言う」
「俺はゴルド。ゴルド・アイアンフォージ。鍛冶ギルドの親方だ。依頼を出したのは俺だ」
「よろしく」
二人は握手を交わした。ゴルドの手は、岩のように硬かった。
「さっそくだが、こっちに来い。見せたいものがある」
ゴルドは誠一を、街の奥へと案内した。
坂道を登り、大きな工房の前で止まった。扉を開けると、中には——。
「これは……」
誠一は目を見開いた。
馬車だった。だが、普通の馬車ではない。
四つの車輪。それぞれに、独立したサスペンションが付いている。車体は金属製で、流線型のデザイン。まるで、現代の自動車を思わせるフォルム。
「どうだ、驚いただろう」
ゴルドは誇らしげに言った。
「俺が三年かけて開発した、新型馬車だ。名付けて『鉄駆動』号」
「すごいな……」
誠一は馬車の周りを歩いた。
「このサスペンション、どうやって作った?」
「ん? サス……何だって?」
「ああ、すまん。この……バネみたいな部分のことだ」
「ああ、これか。特殊な合金を使ってる。強度と弾力を両立させるのに、相当苦労したぞ」
「なるほど……」
誠一は車輪を見た。スポークの構造、ハブの設計、タイヤ(というか、木製の輪っか)の取り付け方。どれも、素人目にも工夫が凝らされているのが分かる。
「これ、強度はどのくらいだ?」
「普通の馬車の三倍は持つ。しかも、振動を吸収するから、荷物が傷みにくい」
「速度は?」
「馬の走りに耐えられる設計だ。普通の馬車より、二割から三割は速く走れるはずだ」
「すげえ……」
誠一は感嘆の声を上げた。
これがあれば、輸送効率は大幅に向上する。俺一人だけでなく、普通のドライバーでも、より安全に、より速く走れるようになる。
「ゴルド、これ、量産できるか?」
「できるさ。ただし、材料と時間がかかる」
「費用は」
「一台あたり、金貨五十枚ってところだな」
高い。普通の馬車の十倍だ。だが——。
「投資する価値はある」
誠一は決断した。
「十台発注したい。前金として、金貨百枚を置いていく。残りは、納品時に払う」
「おいおい、本気か? 金貨百枚なんて、大金だぞ」
「本気だ。この馬車があれば、ギルドの輸送能力は飛躍的に向上する。長期的に見れば、元は取れる」
ゴルドは目を丸くした。
「あんた……ただの運び屋じゃないな」
「何の話だ」
「商売のセンスがあるってことだ。普通の運び屋は、目の前の依頼をこなすことしか考えない。だが、あんたは先を見てる」
「まあ……色々あってな」
誠一は苦笑した。
日本で十八年間、物流業界にいた。現場だけでなく、業界全体の構造も、嫌というほど見てきた。その経験が、今、役に立っている。
「よし、分かった。あんたの心意気に免じて、金貨四十枚に値引きしてやる」
「いいのか?」
「ああ。俺も、この馬車が世に出るのを見たいからな。売れれば、宣伝にもなる」
「助かる。恩に着るぞ」
二人は再び握手を交わした。
「それと——」
ゴルドが言った。
「一つ提案がある」
「何だ」
「俺を、あんたのギルドに入れてくれないか」
「ギルドに?」
「ああ。運送ギルドには、技術部門が必要だろう。馬車の整備、改良、新技術の開発。俺がやる」
誠一は考えた。
確かに、専門の技術者がいれば、心強い。今後、ギルドが拡大していけば、車両の管理は大きな課題になる。
「条件は?」
「工房の維持費と、材料費を負担してくれ。あとは、面白い仕事をさせてくれればいい」
「面白い仕事?」
「俺は、ものを作るのが好きなんだ。退屈な仕事は嫌いだ。あんたのギルドなら、退屈しないと思ってな」
誠一は笑った。
「いいだろう。ようこそ、カートライト運送ギルドへ」
「よろしく頼むぜ、ボス」
こうして、ギルドに新しい仲間が加わった。




