第十九章 ルールの意味
誠一は、敵兵の中を駆け抜けた。
スキル「無限走破」が復活した今、誰も誠一を止められない。
「なんだ、あいつは——」
「化け物だ!」
「逃げろ!」
帝国兵たちが、パニックに陥っている。
誠一は、城門の外に飛び出した。
敵の本陣を目指す。そこには——。
「黒崎!」
ガルド・シュバルツ——いや、黒崎剛史が、馬上で待ち構えていた。
「来たか、日向」
黒崎は、不敵に笑った。
「さっきは油断した。だが、今度は違う」
黒崎が、手を挙げた。
「『絶対支配』——発動」
黒崎の体から、黒い靄が立ち上った。
それは瞬く間に広がり、周囲を覆い尽くした。
「これが、俺の力だ」
黒崎の声が、どこか歪んで聞こえた。
「触れるものすべてを、俺の支配下に置く。剣も、槍も、弓も、魔法も——すべてが、俺のものになる」
「……」
「お前のスキルは、攻撃を無効化するだけだ。だが、俺の支配は——」
黒崎は、地面に手を触れた。
地面が、波打つように変形した。
「土も、石も、空気も——すべてが、俺の命令に従う」
「な——」
誠一は、驚愕した。
これが、「絶対支配」の本当の力。触れるものを支配する——それは、世界そのものを支配するということだった。
「さあ、日向。お前も、俺に支配されろ」
黒崎が、誠一に向かって手を伸ばした。
誠一は、後退した。
「触らせるか——」
だが、黒崎の支配は、すでに周囲に広がっていた。地面が、誠一の足を掴もうとする。空気が、誠一の動きを阻もうとする。
「くそっ——」
誠一は、走り続けた。支配から逃れるように、ただひたすら走り続けた。
だが、黒崎の支配範囲は、どんどん広がっていく。
「無駄だ、日向。どこへ逃げても、俺の支配からは逃れられない」
「……」
「諦めろ。俺に支配されれば、楽になる。もう、自分で考えなくていい。俺の命令に従えばいいんだ」
「……ふざけるな」
誠一は、足を止めた。
「俺は、お前に支配されない」
「何?」
「俺は、自分の意志で走る。自分の意志で届ける。それが、俺の誇りだ」
「誇り? くだらん」
「くだらなくない」
誠一は、黒崎を真っ直ぐに見つめた。
「お前は、力を手に入れた。制約のない、無限の力を。だが——」
「だが、何だ」
「お前は、壊れかけている」
「……」
黒崎の表情が、歪んだ。
「見ろ、その手を」
誠一が指さした。
黒崎の右手が、震えていた。黒い靄が、手の周りを渦巻いている。
「制御できなくなってきているだろう。力を使えば使うほど、体が蝕まれていく」
「黙れ……」
「それが、制約のない力の代償だ。俺のスキルには、四時間の制限がある。そして、三十分の休息が必要だ」
「そんなものは、欠陥だ」
「違う。安全装置だ」
誠一の声は、静かだった。
「車を運転する時、四時間で休憩を取る。それが、法律で決められている。なぜだか、分かるか」
「……」
「人間は、休まないと壊れるからだ。体も、心も。無理を続ければ、いつか限界が来る」
「俺は、人間じゃない。俺は——」
「お前は人間だ、黒崎」
誠一は、一歩前に出た。
「俺と同じ、疲れて、傷ついて、苦しんでいる人間だ」
「黙れ……黙れ……」
「お前も、休め。休まないと、壊れるぞ」
「黙れと言っているんだ!」
黒崎が、叫んだ。
その瞬間、黒い靄が爆発的に広がった。
「がああああ——」
黒崎の体から、制御不能の力が溢れ出した。
「暴走だ——」
周囲の帝国兵たちが、悲鳴を上げて逃げ出した。
黒崎の「絶対支配」が、味方をも巻き込んで暴走を始めていた。
「黒崎——」
誠一は、黒崎に向かって走った。
「やめろ、日向! 近づくな!」
黒崎が叫んだ。だが、もう自分の力を制御できていない。
「俺は……俺は……」
「黒崎!」
誠一は、黒崎の前に立った。
「止まれ! 力を止めろ!」
「できない……もう、止められない……」
黒崎の目から、涙が流れていた。
「俺は……お前とは違うと思っていた。俺は上に行く人間だと。だから、どれだけ無理をしても、どれだけ人を傷つけても、構わないと思っていた」
「……」
「でも、違った。俺も……お前と同じだった。疲れて、苦しんで、壊れかけていた」
「黒崎……」
「日向……助けてくれ……俺を……止めてくれ……」
誠一は、決断した。
「分かった」
黒崎に向かって、手を伸ばした。
「お前を——運んでやる」
「何を——」
誠一の手が、黒崎に触れた。
「『積載無制限』——発動」
黒崎の体が、光に包まれた。
「な……何をした……」
「お前を、収納した」
「収納……?」
「俺のスキルは、荷物を異次元空間に収納できる。そして——人間も、荷物になる」
黒崎の体が、光の中に消えていく。
「日向……お前は……」
「届けてやる。お前を、休める場所に」
「休める……場所……」
黒崎の意識が、遠のいていった。
「……ありがとう……」
最後にそう呟いて、黒崎は完全に光の中に消えた。




