第十八章 三十分の休息
誠一は、砦の医務室に運ばれた。
「三十分……あと三十分で……」
うわ言のように呟いている。
「セイ、大丈夫よ。私がついてるから」
リーネが、誠一の手を握った。
城壁の外では、激しい戦闘が続いていた。敵は、誠一を追って攻勢を強めている。
「日向誠一を捕らえろ! 生け捕りだ!」
敵の将軍——黒崎の声が、城壁の向こうから聞こえてきた。
「あいつ……来やがった……」
誠一は、薄れゆく意識の中で呟いた。
「黒崎……」
「寝てて、セイ。私が、なんとかするから」
「駄目だ……あいつは……俺が……」
誠一は、起き上がろうとした。だが、体が動かない。
「動いちゃ駄目! 今は休息の時間でしょう!」
「でも……」
「私を信じて。三十分、あなたを守ってみせるから」
リーネの目には、決意の光があった。
「……分かった」
誠一は、目を閉じた。
「頼む……」
城壁の外。
黒崎は、部隊を率いて砦の門に迫っていた。
「あと少しだ。あの男は、今、動けない。今のうちに捕らえろ」
「はっ!」
帝国兵たちが、城門に殺到する。
だが、王国軍も必死に抵抗していた。城壁の上から、矢が降り注ぐ。石が落とされる。
「くそっ……なかなか粘るな」
黒崎は舌打ちした。
「ガルド将軍」
副官が駆け寄ってきた。
「このまま攻め続けるのは、危険です。兵の損害が——」
「構わん。あの男を捕らえれば、王国は終わりだ」
「しかし——」
「黙れ。俺の命令に従え」
副官は、口をつぐんだ。
黒崎は、城壁を睨みつけた。
「日向……お前は、俺から逃げられない」
砦の中。
誠一は、浅い眠りについていた。
夢を見ていた。
深夜の高速道路。トラックのハンドルを握っている自分。
「眠い……」
瞼が重い。意識が朦朧としている。
「でも、走らなきゃ……届けなきゃ……」
アクセルを踏む。トラックが、速度を上げる。
「お前の代わりなんて、いくらでもいる」
黒崎の声が、脳裏に響く。
「使えない奴だな」
「辞めたければ辞めろ」
「俺は、お前とは違う。俺は上に行く人間だ」
何度も、何度も、同じ言葉を浴びせられた。
「……なんで」
呟いた。
「なんで、俺だけ……」
答えは返ってこなかった。
ただ、孤独だけがあった。
深夜の高速道路を、一人で走り続ける孤独。誰にも理解されず、誰にも認められず、ただ走り続けるだけの人生。
「俺は……何のために走ってたんだ……」
その問いに、答えが見つからないまま——。
衝撃。
金属が歪む音。ガラスが砕ける音。
「あ——」
「セイ! 起きて!」
リーネの声で、目が覚めた。
「何……」
「二十八分よ。あと二分で、三十分になる」
誠一は、ゆっくりと体を起こした。
「外は……どうなってる……」
「まだ持ちこたえてる。でも、敵の攻撃が激しくて——」
その時、大きな音が響いた。
「城門が——」
「破られたわ。敵が、中に入ってくる」
誠一は、立ち上がろうとした。
「まだ駄目よ! あと二分——」
「間に合わない。俺が、行く」
「でも——」
「スキルがなくても、戦える。多少は」
誠一は、医務室を出た。
廊下を走り、城門へ向かう。
城門は、破壊されていた。帝国兵たちが、なだれ込んでくる。王国軍の兵士たちが、必死に食い止めようとしている。
「くそっ——」
誠一は、戦闘の渦中に飛び込んだ。
素手で、敵兵を殴りつける。蹴り倒す。体当たりする。
「何だ、こいつ——」
敵兵たちが、驚いている。
だが、素手では限界がある。剣で切りつけられれば、今の誠一は傷つく。
「がっ——」
腕を斬られた。血が、噴き出す。
「セイ!」
リーネの悲鳴が聞こえた。
「大丈夫だ……浅い傷だ……」
だが、足がもつれた。地面に、膝をつく。
「終わりだな、日向」
声が聞こえた。
見上げると、黒崎が立っていた。剣を手に、誠一を見下ろしている。
「お前は、俺から逃げられない。どこへ逃げても、俺が追いかけてくる。それが、お前の運命だ」
「……」
「さあ、大人しく降伏しろ。そうすれば、命だけは助けてやる」
「……断る」
誠一は、立ち上がろうとした。
だが、足に力が入らない。
「無駄だ。お前は、もう動けない」
黒崎が、剣を振り上げた。
「さらばだ、日向。お前との因縁も、これで終わりだ」
剣が、振り下ろされた。
その時——。
【休息完了】
【スキル使用可能】
誠一の体に、力が戻った。
「——遅かったな、黒崎」
誠一は、黒崎の剣を素手で掴んだ。
「な——」
「三十分、経ったよ」
誠一は、立ち上がった。
剣を握りつぶし、黒崎を蹴り飛ばす。
「がはっ——」
黒崎が、地面に転がった。
「さて、俺の番だ」
誠一は、走り出した。




