第十四章 限界突破の代償
帝国軍の補給線妨害作戦は、予想以上の成功を収めた。
「また成功だ」
誠一は、奪取した物資を砦に運び込んだ。
「これで、五回連続。敵の補給は、完全に滞っている」
作戦はシンプルだった。
帝国軍の補給隊を発見したら、誠一が全速力で突入する。護衛の攻撃は、スキルで無効化。荷馬車の横を走り抜けながら、荷物に触れて「収納」する。
「まるで、高速道路の料金所だな」
誠一は自嘲気味に笑った。
「通過するだけで、荷物を回収できる」
敵の補給隊は、混乱していた。荷物が突然消える現象に、対処できずにいた。
「幽霊だ!」
「呪いだ!」
「悪魔が取り憑いている!」
帝国兵たちは、パニックに陥っていた。
士気が、目に見えて下がっている。
「いい傾向だ」
ヴェルナーが言った。
「このまま続ければ、帝国軍は撤退せざるを得なくなる」
「ええ。でも——」
誠一の表情は、晴れなかった。
「敵も、黙っていないでしょう」
「その通りだ」
ヴェルナーは頷いた。
「報告によると、ガルド・シュバルツ将軍が、直接対処に乗り出すらしい」
「黒崎が……」
誠一の体が、わずかに強張った。
「奴は、お前の正体を知っている。そして、お前の能力も。おそらく、対策を講じてくるだろう」
「分かっています」
「どうする」
「……続けます」
誠一は、拳を握りしめた。
「逃げたら、負けだ。俺は、もう逃げない」
「覚悟はできているか」
「はい」
ヴェルナーは、誠一の目をじっと見つめた。
「……分かった。だが、無理はするな。死んでは、元も子もない」
「肝に銘じます」
翌日の作戦は、予想通り困難を極めた。
帝国軍は、対策を講じていた。
「補給隊の護衛が、倍増している」
バルトが報告した。
「それに、魔法使いが配置されている。範囲攻撃を仕掛けてくるかもしれない」
「範囲攻撃か……」
誠一は考えた。
自分の「無敵」は、あくまで「物理攻撃」と「魔法攻撃」に対するものだ。攻撃を「受けている」間は無効化できるが、足止めされたり、動きを封じられたりした場合は——。
「四時間の制限がある」
誠一は呟いた。
「足止めされて、四時間経過すれば——俺は無防備になる」
「それを、敵も狙っているんだろう」
「ああ、たぶん」
誠一は深呼吸をした。
「でも、行く」
「本気か」
「ああ。ここで引いたら、全部無駄になる」
誠一は走り出した。
敵の補給隊を発見。いつものように、突入する。
だが——。
「捕らえろ!」
帝国兵たちが、一斉に動いた。剣や槍ではなく、網を投げてきた。
「くそっ——」
誠一は身をかわした。だが、網の一部が足に絡まった。
「しまった——」
転倒こそしなかったが、速度が落ちた。
その隙を突いて、魔法使いが呪文を唱えた。
「『束縛』!」
光の鎖が、誠一の体に巻きついた。
「がっ——」
体が、動かない。足が、地面に縫い付けられたように。
「かかった!」
帝国兵たちが、歓声を上げた。
「殺せ! 今のうちだ!」
剣が振り下ろされた。誠一の体に向かって。
だが——。
「効かねえって、言っただろ」
剣は、誠一の体に触れる寸前で弾かれた。
「な、何だ……!」
「走っていなくても、スキルは発動中だ。四時間以内なら、無敵は続く」
誠一は、光の鎖を引きちぎった。
「嘘だろ……魔法の束縛を、力ずくで……」
「悪いな。俺は、見た目より力があるんだ」
誠一は再び走り出した。荷物を次々と「収納」しながら、補給隊を駆け抜ける。
「追え! 追うんだ!」
だが、誰も追いつけなかった。
砦に戻った誠一は、疲労困憊だった。
「はあ……はあ……」
膝をついて、息を整える。
「大丈夫?」
リーネが駆け寄ってきた。
「ああ……何とか……」
「無理しすぎよ。顔色が悪いわ」
「分かってる。でも——」
誠一は立ち上がろうとした。だが、足がもつれた。
「きゃっ——」
リーネに支えられて、倒れずに済んだ。
「やっぱり、無理しすぎ。今日は休んで」
「でも、明日の輸送が——」
「一日くらい休んでも、大丈夫よ。備蓄は十分にあるから」
リーネの声は、有無を言わせない口調だった。
「……分かった」
誠一は、素直に従った。
ベッドに横になると、すぐに眠りに落ちた。
夢を見た。
深夜の高速道路。誠一は、トラックのハンドルを握っている。
目の前は、真っ暗だ。ヘッドライトの光だけが、道を照らしている。
「眠い……」
瞼が、重い。意識が、朦朧としている。
「でも、走らなきゃ……」
アクセルを踏む。トラックが、速度を上げる。
前方に、何かが見えた。赤い光。テールランプだ。
「近い……」
避けなければ。ハンドルを切らなければ。
だが、体が動かない。
「動け……動いてくれ……」
衝撃。
金属が歪む音。ガラスが砕ける音。
「あ——」
誠一は、目を覚ました。
「夢か……」
汗びっしょりだった。心臓が、早鐘を打っている。
「毎回、同じ夢だ……」
誠一は、天井を見つめた。
あの日の事故。何度も、何度も、夢に見る。
「俺は……死んだんだ」
呟いた。
「でも、今は生きている。この世界で」
誠一は、拳を握りしめた。
「だから、もう一度——」
ノックの音がした。
「セイ、起きてる?」
リーネの声だった。
「ああ、起きてる」
「入っていい?」
「ああ」
ドアが開き、リーネが入ってきた。
「気分はどう?」
「少しはマシになった」
「良かった……」
リーネは、誠一の隣に座った。
「ねえ、セイ」
「何だ」
「あなた、どうしてそこまで頑張れるの?」
「どういう意味だ」
「普通の人なら、とっくに逃げ出してるわ。命の危険を冒してまで、物資を運び続ける理由……私には、分からない」
誠一は黙った。
「……分からないか」
「教えて」
「……」
誠一は、窓の外を見た。
「俺は、十八年間、逃げ続けてきた」
「知ってる」
「だから、もう逃げたくないんだ。この世界では、自分の意志で走りたい。誰かのために、何かを届けたい」
「それだけ?」
「……それだけだ」
誠一は、リーネを見た。
「それだけで、十分じゃないか?」
リーネは微笑んだ。
「……そうね。十分だわ」
「何だよ、その顔」
「別に。ただ——」
リーネは立ち上がった。
「あなたのこと、少し分かった気がしたの」
「そうか」
「うん。だから、私も頑張る。あなたと一緒に」
リーネは部屋を出て行った。
残された誠一は、しばらく天井を見つめていた。
「もう逃げない、か……」
呟いた。
「言うのは簡単だ。でも——」
誠一は、拳を握りしめた。
「今度こそ、本当に」
窓の外では、夜明けの光が差し込み始めていた。




