第十二章 帝国の侵攻
一週間後。
帝国の最後通牒の期限が切れた日、戦争が始まった。
「敵軍、国境を越えました!」
伝令の声が、ノルド砦に響き渡った。
「数は?」
「およそ三万! ガルド・シュバルツ将軍が、直接指揮を執っています!」
ヴェルナー司令官の顔が、険しく歪んだ。
「三万か……こちらは一万に満たない。数では、圧倒的に不利だ」
「援軍の要請は?」
「王都に送った。だが、到着には最低でも三日かかる」
「三日……」
三日間、三倍の敵を相手に持ちこたえなければならない。絶望的な状況だった。
「セイ」
ヴェルナーが、誠一を見た。
「お前は、ギルドの仲間と共に、すぐに南へ退避しろ。これは軍人の仕事だ」
「断ります」
誠一は、はっきりと言った。
「俺たちは、物資輸送の仕事を請け負っている。戦争が始まっても、それは変わらない」
「馬鹿を言うな! 敵軍のど真ん中で、輸送などできるものか!」
「できます。俺のスキルなら」
誠一は、ヴェルナーの目をまっすぐに見つめた。
「俺は、走っている間は無敵だ。敵の攻撃は効かない。だから——」
「それでも、危険すぎる」
「危険だから逃げるなら、俺たちは運び屋じゃない」
誠一の声には、揺るぎない決意があった。
「届けるべきものがある限り、俺は走る。それが、俺の仕事だ」
ヴェルナーは、しばらく誠一を見つめていた。
「……分かった」
やがて、ヴェルナーは頷いた。
「お前の覚悟は、本物らしい。協力を受け入れる。だが——」
「分かっています。命は、自分で守ります」
「そうしてくれ」
ヴェルナーは、地図を広げた。
「現在の戦況を説明する」
帝国軍は、三方向から侵攻してきた。
中央を進むのが、ガルド・シュバルツ率いる本隊。一万五千。
東と西から、それぞれ七千五百の別働隊が挟撃を仕掛ける形だ。
「狙いは明確だ」
ヴェルナーが説明した。
「ノルド砦を包囲し、補給を断ち、兵糧攻めにするつもりだろう」
「補給線を……」
「そうだ。我々の物資は、王都から送られてくる。だが、東西の別働隊がそれを遮断すれば——」
「砦は干上がる」
「その通りだ」
誠一は、地図を見つめた。
「逆に言えば、補給さえ維持できれば、持ちこたえられるということか」
「理論上はそうだ。だが、敵に包囲された状態で、どうやって物資を運び込む?」
「俺がやります」
誠一は言い切った。
「敵の包囲網を、走り抜けます」
「正気か?」
「正気です。俺のスキルなら、できる」
「だが、お前一人で運べる量には限界がある」
「分かっています。だから——」
誠一は、リーネを見た。
「配車係の出番だ。最も効率的な輸送計画を立ててくれ」
リーネは頷いた。
「任せて。私、そのために来たんだから」
リーネの輸送計画は、緻密だった。
「セイの走行時間は、一回あたり最大四時間。その後、三十分の休息が必要。この制約を前提に——」
地図の上に、線が引かれていく。
「王都からノルド砦まで、直線距離で約百五十キロ。セイの速度なら、片道三時間で走れる」
「往復六時間か」
「ええ。ただし、四時間の制限があるから、途中で休息を入れる必要がある」
「どこで休む?」
「ここ」
リーネは、地図上の一点を指さした。
「ヴァンス村。王都とノルド砦のちょうど中間にある小さな村よ。ここを中継拠点にする」
「中継拠点……」
「そう。王都から物資を積んで出発。三時間でヴァンス村に到着。三十分休息して、残り一時間でノルド砦へ。荷を降ろして、また三時間でヴァンス村に戻って休息。そこから一時間で王都に帰る」
「計算上は、一日に何往復できる」
「二往復。休息時間と睡眠時間を考慮すると、それが限界ね」
「二往復か……」
誠一は考えた。
「足りるか?」
「ギリギリよ。でも、砦を維持するには、最低限これだけの物資が必要」
リーネは数字を見せた。
「食料、水、矢、包帯、薬——全部合わせて、一日あたり二トン」
「二トンを、俺一人で……」
「『積載無制限』のスキルがあれば、可能でしょう?」
「ああ、理論上は」
誠一は頷いた。
「やってみる価値はある」
「決まりね」
リーネは地図を畳んだ。
「じゃあ、さっそく準備を始めましょう。第一便は、今日の夕方に出発よ」
夕刻。
誠一は、王都への帰路についた。
「気をつけてね」
リーネが見送りに来た。
「ああ。必ず戻る」
「……約束よ」
「分かってる」
誠一は走り出した。
スキルを発動し、南へ向かって疾走する。戦場を迂回し、敵の目を避けながら。
三時間後、ヴァンス村に到着した。
小さな村だった。人口は百人にも満たないだろう。だが、村人たちは誠一を温かく迎えてくれた。
「運び屋さん、お疲れ様です」
「ありがとう。三十分だけ、休ませてくれ」
「もちろんです。食事も用意してありますよ」
村長の家で、誠一は束の間の休息を取った。
そして、一時間後——王都に到着した。
「よし、荷物を積み込むぞ」
ギルドの倉庫には、すでに物資が準備されていた。食料、水、矢、包帯、薬——リーネが計算した通りの量だ。
誠一は、片っ端から「収納」していった。
「これで、一トン……二トン……よし、全部入った」
「大丈夫? 重くない?」
「『積載無制限』だからな。重さは感じない」
「便利なスキルね……」
誠一は、再び走り出した。
ヴァンス村で三十分休息。そして、ノルド砦へ。
日付が変わる頃、誠一は砦に到着した。
「物資、届けました」
「……本当に来たのか」
ヴェルナーは、信じられないという表情を浮かべた。
「敵の包囲網を、本当に突破したのか」
「ええ。言った通りです」
「お前は……化け物か」
「ただの運び屋です」
誠一は笑った。
「さて、荷降ろしだ。手伝ってくれ」
物資が次々と取り出されていく。兵士たちは、歓声を上げた。
「食料だ!」
「水もある!」
「これで、戦える!」
砦の士気が、目に見えて上がっていく。
「セイ」
ヴェルナーが、誠一の手を取った。
「礼を言う。お前のおかげで、我々は戦い続けられる」
「まだ始まったばかりです。明日も、明後日も、俺は走り続けます」
「頼む」
「任せてください」
誠一は、短い仮眠を取った後、再び王都へ向かった。
こうして、「ゲリラ輸送作戦」が始まった。




