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世界最強の杖、マジカルチ◯ポ(全年齢版)  作者: わさび醤油
マジカルチ◯ポと学びの街
25/28

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 無数の水槽の置かれた、薄暗くひんやりと肌寒い大部屋。

 地下の不思議な魔法の編まれた階段の先にあった部屋の中を、ナオ達を追いかける目的さえ忘れながら、ゆっくりと歩いて見学していく。


「大規模な魔法工房。先の道にかけられた魔法もそうだが、年季の割にはよく機能している。今使っているものがどうかは知らんが、ここを建てた者は相当に魔法に長けていたのだろうな」

「……何かまるで、ヒコさんの魔女の工房みたいだ」

「お前が言うのならそうなのだろう。この生物に価値を求めぬ様は、魔法使いというよりは魔女の在り方そのもの。何を捨ててでも、人の道から外れたとしても、追い求めるべき答えを得ようとする愚者の研鑽。だが──」


 大図書館の禁書庫と同じくらいには心躍るのだろう、ヒコさんはひたりひたりと裸足の早足で見ていきながら、やがて興味深そうに水槽の一つの前で立ち止まって見上げるばかり。


 まるで生物を人としての一線を失ったような光景は、さながら生き物で実験するのを躊躇わないヒコさんの工房のようだと。

 俺がふと思っただけの感傷を呟くと、ヒコさんは微笑で肯定しながら、優しく水槽の一つに手を置いた。

 直後、水槽のガラスが甲高い音と共に大破し、中の液体と浮いていたその物体が一気に溢れ出してしまう。


 地面に流れる正体不明の液体は、まるでヒコさんを拒むかのように避けるばかり。

 目の前にいたヒコさんは一切濡れることなく、地面から液体を捌けさせながら歩き、水槽の中から飛び出た背中を丸める物体の前で屈んでそっと手で触れる。


 黒ずんだ物体はまるで生まれる前の、或いは生まれずに終わってしまった赤ん坊のよう。

 身の毛もよだつほどに醜悪で、悍ましく、けれども何故か美しいと感じてしまう生き物のような何か。

 生きてはいないのが明白なはずなのに、今にも目を開けてきそうなこの物体は、一体……?

 

「──だが手入れはされていない。……いや、とうに管理を手放したと言った所か。叶わぬ夢と研究を放棄したか、目的が果たされ役割を終えたか。どちらなのだろうな」

「……ヒコさん、これは一体?」

「これは人工生命(ホムンクルス)の失敗作だ。合点がいったが、同時に驚嘆だな。まさか今になって、それも一魔法使いの工房で目にするとはおもわなんだ」


 ホムン、クルス……?

 何だろうそれは。ヒコさんの授業でも聞き覚えのない単語だが、どういう意味なのだろうか。


「もう随分と前、私が魔女になってすぐくらいか。ある錬金術師が偶然的に発見し、後に禁忌と消された製造方法にて産み出された人工的な生命。人よりも完成されながら、人への純心と献身を併せ持った哀れな人もどき。我ら魔女よりおぞましくも美しい、あるはずのない在り方をした怪物よ」


 ヒコさんは頭の片隅に仕舞った日記を取り出すように、思い出しながらゆっくりと語り始める。

 造られた生命。人工的な命。人の身勝手が造りだした、目的のための生き物。

 それがホムンクルス。魔女でさえ容易に為し得ないという、生き物の創造という技術へ付けられた名なのか。


「しかしなるほど、さしずめ小娘は成功作であり、治癒体質や感覚の鋭さも設計された機能だったというわけだ。いくら過去の産物とは言え、思い至らぬとは我ながら少し目が衰えたものだ。なあ、私の娯楽よ」

「……ヒコさんは、ナオがそういう存在だって知っていたんですか……?」

「お前も人とは違うものだと、薄々は感じていたのだろう? 普通の人間じゃないのは一目瞭然だったが、まさか禁忌の人造生命とまでは思っていなかったよ。まったく、いつの時代も人間というのは、予想もしない驚愕を与えてくれるものだ」


 人が到達する進歩など、いつの時代も大差ないなと。

 ヒコさんはただ吐き捨て、笑い、興味を失ったように人工生命(ホムンクルス)の失敗作から興味をなくしたように立ち上がり、ひたひたと足音を立てながら、ゆっくりと俺の前へと歩いてくる。


「どうだマニス? お前が助けようとしていた小娘が人でなしと知って、少しは気が失せたか?」

「まさか。そういうの、魔女とその弟子が区別するの馬鹿みたいじゃないですか?」

「くくっ、クハハッ! そうだ、そうだとも! 善悪に差はなく、真偽は優劣に関係なく、天然か人工かなどさしたる問題ですらない。そも視点を広げれば人間とて誰かの意図と偶然によって生まれただけの畜生でしかないのだから、あくまで大事なのは誰が何に価値を見出すか、気にするべくは過去ではなく未来。魔女()好みの良い答えじゃないか!」


 俺の答えを聞き、にやりと口角を上げたヒコさんは、その白く細い手を伸ばし、俺の頭をわしゃわしゃと掻き撫でてくる。

 愛などあるかも分からない魔女の手。姿を変えられた、人工の命と大差ない贋作の手。

 それでも何も変わることのない、ひんやりとしながらも、確かな温かみを感じさせる魔女の熱が籠もっている。例えヒコさん自身が否定しようとも、そこには間違いなく命が宿っている。


 ……そうだな。確かに、今更過ぎることだが、

改めて言われればその通りだ。


 確かに過去は大事だが、それだけでは腹も膨れず、夢だって叶えられやしない。

 大事なのは今この瞬間。始まりの真贋ではなく、結末における真偽のみ。

 ただの『杖』でしかない偽物のマジカルチ◯ポではなく、本物の、俺が納得出来るマジカルチ◯ポを。その熱こそが、俺を俺たらしめるもの。それだけが、生きるということなのだと。


「この魔力は……」

「どうやらお前でも感じたか。更に下で何か起きているらしい、どうやら本命はそこらしいな」


 そうして湧いてしまった小さな悩みにけりがついた、その瞬間だった。

 突如足下から発生した膨大な魔力は、何かの始まりを告げる鐘の音のようにこちらまで届いてくる。

 

 ……どうやら寄り道や人の工房巡りはここまでらしい。

 これ以上は間に合わなくなりそうだし、人目なんて気にせず、階段なんて使わず直通で行くとしようか。


「おお、行くのか。何も見なかったことにして街から出るというのも一つの択だが?」

「そら行きますよ。俺がそうしたいからそこへ行く。……それにまだ、借りていた本を返してもらってないんだから」


 最早隠れることに意味も必要もないと。

 自身のチ◯ポからカバーを取り、大きく一呼吸した後、一本一本力を込めて拳を握り地面を叩く。


 昨日あんなに放出したというのに、たった一日で既にこの身このチ◯ポに充ち満ちている魔力と共に床を殴り続ける。

 一つ拳を進めるごとに増す威力。肉体は小柄ながら引き締まった体から、筋骨隆々だった元の体へと戻りながら掘り進んでいき、ついには魔力の大元と同位置──開けた空間へと躍り出る。


「な、何事、何だ貴様ぐべらっ!」

「ナオの共犯だ。まだ用件が済んでないんでな、返してもらいに来たぞ」


 着地してすぐ、間髪入れずにワインレッドのスーツの男──ナオの父親であろう男を殴って壁へと叩き付け、発動している魔法式の中を歩いてナオの下へと近づいていく。

 石の壁に囲まれた狭い部屋。魔力に溢れ、光輝く魔法式の中心に置かれていたのは柩が一つがあるのみ。


 気温ではなく空気で、上の工房よりも寒気をひしひしと感じさせる柩を見て得た確信は二つ。

 開かずとも分かるほどの、温度ではなく空気で寒気を感じさせるほどの何かの入った真っ黒な木製の柩は、間違いなく俺の想像もつかないほどの魔法のための触媒──『杖』であると。

 そしてもう一つ。あの黒い柩の中に目的である彼女が、俺の会いに来たナオ・ホルーがいるのだと。


 柩の目前まで辿り着いて、その蓋に手を掛けたその瞬間、柩から無数の白い手が伸びて全身を掴んでくる。

 まるで今から起きる何かの邪魔はさせまいと、自らの糧とすべく引きずり込んでしまおうと、そんな意志を持っているかのような執着めいた強い掴み方。

 

 それでも止まっている時間はないと。

 その一切を力を込めて魔力を溢れさせ、強引に弾きながら、木製だとは思えないほど重く分厚い蓋をゆっくりとずらしていく。

 そしてついに、半ば無理矢理に開かれた柩の中に、目的であった茶髪の少女の姿はあった。

 まるで満杯のお風呂のように満たされていた、真っ黒で粘り気のある液体の中で体へと侵食してくる黒い液体に苦しそうな顔を顰めながら、それでもナオは懸命に耐えていたのだ。

 

「ま、マニス、さん……? えっと、本当にマニスさん……です?」

「そうだとも。すごい魔法使いは体も大きくなるんだ。少し待ってろ、今そこから出してやる」


 声のない力ながら、それでも意識を保つナオ。

 この黒い液体が何かは分からないが、誰かを贄とした魔法に使われるのだからきっと碌な液体ではないと。

 今なお耐えているナオに軽く声を掛けながら、ナオを取り出そうと黒い液体に手を突っ込もうとした矢先、背後から白く冷たい手によって掴まれてしまう。

 

「待てマニス。……この澱んだ魔力。まるで虫食うような、根本から毟らんとする魔力。こんなの魔女と言えど、中々お目にかかれるようなもんじゃない。下手をすればお前とて喰われるかもしれないぞ?」

「関係ないです。俺が手を突っ込むよりも、浸っているナオの方が痛そうなんだから」

「あ、おい待て馬鹿。私が拒絶してやるって言ってるんだ、なんで待てないんだ。この単細胞の頭チ◯ポめが」


 関係ないと手を突っ込もうとした俺に呆れながら、彼女はいつの間にか片手に握られていた真っ白な木の枝──彼女の『杖』を軽く振るい、僅かな魔力と共に魔法を発動させる。

 

 ヒコさんの、拒絶の魔女ヒニグの拒絶魔法。

 術者の意のままに拒絶するその魔法は柩の中にあるナオの体から黒い液体を撥ね除け、やがては導かれるように一箇所へと集まり、ヒコさんが『穴』から取り出したガラスのフラスコへと吸い込まれてしまう。


 ……あれは確か、一つの液体なら事実上無限に近い量でも入るらしい魔法のフラスコ。ヒコさんの拒絶魔法で内側をコーティングしているおかげで液体を外に漏らさない優れ物とか自慢してたやつか。


「ありがとうございます、ヒコさん。おかげで助かりました」

「なあに師匠として当然よ。それに……くくっ、良い物を採取出来た。ほら見ろマニス、中々研究しがいのありそうな液体じゃないか。嗚呼、こいつはどれだけ私を楽しませてくれるんだろうな……?」


 俺への返事など適当に、面白そうにフラスコを揺らし、更には頬ずりさえし始めるヒコさん。

 ……どちらかと言えば採取がメインだったんだろうな。相変わらず、流石ヒコさんって感じだ。


「ううん、あれ、わたしは……?」

「もう大丈夫だ。


 俺の腕の中で、ゆっくりと、けれども確かに意識を戻していくナオ。

 生まれ持った治癒体質のおかげか、それとも黒から出したことで症状が治ったのか。

 ともかくつま先から黒に染まっていた手足は少しずつ色が引いていき、やがては元の傷一つない肌に戻っていくのを見て一安心していると、ガタンと何かの動く音が室内へと響いた。


「.……ふふふ、ハハハ、ハハハハッ! 誰かは知らんが、まさかそれで終わったつもりか? 私の、ホルー家の悲願を、たかがその程度で──」

「うるさいな。今いいとこなんだから、いちいち私の思考の邪魔をしてくれるなよ」


 ワインレッドのスーツを汚し、自身の頭から血を流しながら、それでも立ち上がるナオの父親。

 けれどその、負け惜しみにしか思えない言葉が最後まで続くことはなく。

 酷く耳障りだと。退屈そうにため息を吐いたヒコさんが白い木の枝を軽く振るうと、彼の胴体にぽっかりと穴が開き、そのまま倒れ込んでしまう。


 流石の治癒体質のおかげか、それとも元より痛みに耐性があるのか。

 俺の腕を支えにしながらも何とか自分の足で立とうとしていたナオが、自らの父親の血を流す姿に息を呑んでしまう。


 ……この子はあんなにも虐げられてもなお、親失格の男に心を動かせるんだな。


「お、お父さん……!!」

「ごふっ、無駄、無駄なのだ……。成熟した『鍵』は扉を開け、『目印』を取り込み核となり、そして今! 『柩』は『穴』へと姿を変えて『世界の外』は開かれるっ!! ああ、ようやく死の境界を越えて届く……待っていてくれツキス、()()……!!」


 支えていた俺の手を振り払い、倒れた父の下に駆け出そうとしたナオ。

 けれどもナオの父親は、ナオを一瞥さえすることはなく、ただ真っ直ぐに柩へと手を伸ばした。

 その瞬間だった。先ほどと同じく柩から伸び出た白い手は今度は俺達ではなくナオの父親を、そして父親を取り返そうと手を伸ばしたナオを掴み、そのまま柩の中へと引きずり込んでしまったのは。


 バタンと、ナオとその父親を呑み込んだ直後、大きな音を立てながら、一人でに閉じてしまう柩。

 そして次の瞬間、地面に描かれた一際魔法式は眩いほどの紫光を放ち、先ほどまでとは比較にならないほど魔力を発生させていく。


「あの小娘め、せっかく助けたというのに……しかしこの魔力量に魔法式、そしてあの謎の黒い液体……これは中々、予定外の愉快なものが見られるか?」


 既に興味を持ってしまったのか。

 逃げる気などないとばかりにと腰を下ろしたヒコさんは、まるで子供のようにキラキラとした瞳で魔法の結果を待ち続ける。


 ああなってしまったヒコさんに何を言っても無駄。

 そして俺とて逃げる気になどならず。

 みすみすナオを取り込まれてしまった自らの不甲斐なさを恥じるようただぎゅっと拳を握りながら、目の前の現象に正面から向き直す。


 そうして数秒も経たないうちに紫光は、魔力は、まるで最初からなかったかのように失せ。

 静寂を取り戻した部屋の中で、ゆっくりと、今度は自らの意志で柩の蓋は開いていく。

  

「……なるほど、そういうことか。どういう探求の末ここに至ったのかは知らないが、『穴』とはよくもまあ言ったものだな」


 よっこいせと立ち上がり、微塵も恐れることなく柩の前まで近寄ったヒコさんは、覗き込んだ先にあったそれを見て淡々と感想を言葉にしていく。


 柩の中にあったもの。

 それはどこまでも続くような、手を入れたらそれだけで呑まれてしまいそうなほど、先ほどの黒い液体よりもずっと深い黒だったのだから。

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