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世界最強の杖、マジカルチ◯ポ(全年齢版)  作者: わさび醤油
マジカルチ◯ポと学びの街
24/28

隠れた先にあるものは

 親子の間には生まれるはずのない、憎悪に満ちた険悪さ。

 恐らく他人様が見ちゃいけないであろう、複雑な家庭関係を一目で理解させる重苦しい空気の中。

 預けていた本を取りに来ただけの俺は、今動けばヒコさんの魔法でも誤魔化しきれないだろうと、ベッドの下で噂好きなおばさんのようにそっと聞き耳を立てるしかなかった。


「相も変わらず、忌々しい目だ。……まあいい。騒がしかったが、なにをしていた?」

「あ、えっと、何もしてなかったです。ぐげっ、ほ、本当です……!」


 男が足音を鳴らしながら近づいた直後、ガタンと、強い衝撃と鈍い音が部屋を強く揺らす。

 苦悶に満ちた、今にも切れそうなほどにか細いナオの声。

 なにをされているのかまでは見えないが、声の調子と足の動きから薄々見当は付く。ナオは今、実の父親に首根っこを掴まれ、壁へと押しつけられているのだと。


「嘘をつけるとは立派になったものだ。どういう奇跡か『目印』を手に入れる貢献をしたかと思えば、つい人としても『鍵』としても壊れ始めたか!?」

「グギっ、やめて、くださいです、お父、さん……」

「っ、学習機能のないやつめ! その気色の悪い口調は正せと、何度も何度も躾けたよな!? 偽物の分際でお父様だと!! 嗚呼まったく、忌々しいほどに胸糞悪い!」


 人様が聞けば、虐待だと言われるほど激しく詰め寄る男。

 父親とは思えない非道。実の娘にすべくでない残虐。学園で落ちこぼれと敬遠される彼女の唯一の味方であるべき人とは思えない、悪夢のような光景こそここにあった。


「……っ」

『落ち着けよ。どうせあの男に殺すつもりはない。お前が少しでも利口であるのなら、小娘の哀れましい献身を無駄にするなよ?』


 いくら人でなしたる魔女の弟子といえど、流石にこれ以上は哀れすぎて見るに堪えないと。

 ベッドの下から飛び出そうとした矢先、ヒコさんは平常と微塵も変わらぬ調子で窘められてしまい、グッと一歩を踏み出す最後の一線を越えそうなこの身を押さえる。


 献身。ヒコさんは献身と、彼女の悲しき忍耐を誰かのためと、そんなたった一言で表すのか。


「げほっ、げほっ、はあっ……」

「はあっ、はあっ、だがお前の顔を見るのも今日で最後だ。来い、ようやく儀式の準備が整った。お前には、自らの役目を果たしてもらうぞ」


 叩き付けられるように、地面へと投げ捨てられたナオ。

 嗚咽混じりに必死に呼吸を戻そうとするナオを、男は自らも息を乱しながら、ついてくるに命令して部屋から出て行く。

 ナオは数秒息を整えた後、こちらを覗き込んでへにゃりと口元を緩めながら「すみません」とだけ言い残し、男の後へ続き部屋から出ていってしまう。


「……酷いことを。仮にも父親だろうに」

『なあに、愛憎入り混ざり、混沌極まれりというやつだ。既に正気でない者に道理を説いても意味などない、まだ人であるつもりだったらなおさらな』


 ほんの僅かな間で、あんなに騒がしかったというのに静寂に包まれてしまう小部屋。

 そんな部屋のベッドの下から這い出た後、体に付いてしまった埃を払いながら。

 やられ放題だったナオの悲運に少しだけ同情していると、肩に止まり直したヒコさんは何もかも分かったような、何も分からない俺を嘲笑うように口振りで続けていく。


「人であるつもり……つまり、あの男はもう魔女だと?」

『肉体はまだ人のままだがな。人間社会では上手く取り繕えてるようだが、魔女(我ら)と比較すれば稚拙が過ぎる。それこそあの娘の方が、遥かに狂気の産物よ』


 もっとも堕ちようが堕ちまいが、実の子供に当たる親などそこら中にいるけどなと。

 ヒコさんは肩でただ笑ってから、「バレないように追いかけろ」と念話で一言命令してくる。

 

 ……愛か。確かに俺は、それを理解して語るには知らなすぎるかもしれない。

 ふと目を瞑ってしまい、暗闇の中で浮かんでくるのは幼き日々。少し曖昧になってしまったけれど、まだ形ははっきりしている家族団らんの一時。


 酒は多かったが、家族のために働き、母に怒られた俺の頭をわしゃわしゃ撫でてきた父。

 父より厳しく、けれどそれ以上に優しく抱きしめてくれた母。

 

 よそから見ても、子供だった自分が思い出しても、彼らは良き親であったと思う。

 結局村を飛び出す前夜でも夢は認めてくれなかったが、それこそ恩を返せず別れてしまったのを心の片隅で悔やむほどには、俺は彼らから返しきれないものを与えてもらった。


 だから、ナオの環境を理解することは出来ない。

 何も知らずに外から見て、客観的に悲劇だと分かったような気持ちで語るのは、あまりに傲慢で烏滸がましい。少なくとも、悲劇の当事者が俺であれば、知った顔で手を差し伸べられたら怒りで拒んでしまいそうだ。


 ……そうじゃない。今俺の心が揺らいでいるのは、最後にナオが見せてきた笑みのせい。

 まるで諦めて、それが正しいのだと納得するような笑み。それはいつかどこかで、けれど確かに見たことが──。

 

「……本当、魔女の弟子としては落第ものの感性だな。私の娯楽よ」


 歳は取れど、所詮は人付き合いの知らないガキだなと。

 廊下を歩きながら、人でなしには珍しく、人のことで少し落ち込んでしまっていたときだった。

 肩でくつろいでいたヒコさんがため息を吐き、それから飛び立ったかと思えば、次の瞬間には眩い光を発して人の姿へと戻ったのは。


「……ヒコさん」

「私の弟子、私の娯楽、私のマニス。誰よりも愚かしく、誰よりも尊い、嗚呼、私だけの輝きよ」


 いつもの白衣も出さず、恥じらいなど一つとてないほど見事に全裸を晒す長身痩躯の美女。

 人が持たない三角耳を揺らし、窓から差し込む月光に照らされた銀の髪を靡かせながら近寄ってきたヒコさんは、ゆっくりと俺の頬に手を添えてくる。


 まるで癇癪を起こす幼子を慰めるような、撫でるよりも優しい抱擁。

 見下ろす彼女の真っ黒な瞳は見続けていればどこまでも吸い込まれそうなほどに恐ろしく、けれどそれ以上に、心奪われてしまうくらいに美しい。


 嗚呼、この人は本当に変わらない。

 出会った頃から何一つ揺らがない、夢しか見えてなかった俺が、初めて見惚れてしまった銀の髪の魔女、諦めかけていた俺の世界をこじ開けてくれた魔性の光のままだ。


「振り返るなとは言わない。惑わされるなとも、重ねるなとも、絆されるなとだって言う気はない。嗚呼、たまには道を間違えるのも一興だとも。例え人の道から外れようと、お前の師であり、魔女たる私はその一切を許容してやろう」

「……」

「だがマニス、お前が足を止めるのだけは許さない。そうでなくば、夢を追うお前の光は、お前という絶対は無価値なほどにくすんでしまう。私が期待する、私のお前ではなくなってしまう。ゆめ心に刻め。お前はいつの日か本物のマジカルチ◯ポを完成させ、必ずや私に終わりをもたらすのだと」


 酷く抽象的で回り道ではあるが、要は迷うなと、言っていることはいつもと何ら変わらない。

 分かっている、分かっているとも。

 この言葉だって、根本的には自分のための言葉。ヒコさんの求める俺。如何なる形であれ、いずれ自分を殺し解き放つ誰かのための言葉であり、俺だけのために吐かれたものではない。

 

 それでも、嗚呼、まったくもって恨めしい。

 本物のマジカルチ◯ポを俺の次に焦がれ、手を差し伸べ、一緒に夢を見てくれるただ一人の魔女。

 そんな彼女の言葉を前に、どうして迷うことなど出来ようか。

 

 そうだ。俺は本物のマジカルチ◯ポを手に入れるために、全部を懸けて生きているんだ。

 幼き頃に心奪われた神話、混沌の女神を堕としたマジカルチ◯ポ。

 どうして欲しいのかも、手に入れてどうしたいなんて先もないけれど、それでも手に入れたいマジカルチ◯ポ。


 村を、両親を捨てた。

 魔女の弟子になった。

 千年に一度の大雷霆を浴びて、親にもらった体さえも失った。


 それでも後悔なく、一切の揺らぎなく求めるからこそ、俺は今ここにいる。

 生まれを捨て、過去を捨て、それ以外を捨て。

 それでも手に入れたいと、夢だけに生きている。それだけが、俺が俺であるただ一つの根源なのだ。

 

「……ちょっぴりだけ、感傷に浸り過ぎちゃったようです。まだまだ未熟ですね、俺は」

「ふん、そうだとも。お前はまだまだ未熟。この分だと、もう千年くらいは見習いのままかもな」


 俺が僅かに少しだけ口元を緩めると、ヒコさんが鼻息を鳴らしながら手を離し、ふて腐れたように一人先へと進んでいってしまう。


 ……やっぱりヒコさんは、どこまでいってもヒコさんだな。


 ズケズケとヒコさんの隣へ追いつき、今更だが何かを着てもらうように進言しながら考えを纏める。


 そして少し頭の中を整理したからか、さっきからどうにも心の中に引っかかっていたもやもやの正体に、ようやく見当が付いた。

 なるほど、そうであるのなら、確かにナオに自分を重ねてしまうのは必定に他ならない。

 俺は彼女ほど悲劇の中にいたわけじゃあないけれど、それでも、似ていることに間違いはないのだから。


 そうして久しぶりに人の姿のヒコさんと軽く雑談しながら並び歩き。

 やがて辿り着いた部屋は、如何にもあの男が仕事に使っていそうな書斎であった。


「着いたぞ……どうした、そんなジロジロ見てきて」

「いや、そんな恰好、初めて見たなって」

「ん? ……ほう、お前の好みはこういうだったか? くくっ、あー……ふしだらですよ、ご主人様♡」


 俺の視線に気付いたヒコさんは、扉の前でまるで俺へと見せびらかすように一回転してみせた後、実にわざとらしい猫撫で声とウィンクをお見舞いしてくる。


 協議の末、今回ヒコさんが身に纏ってくれたのは白衣ではなくメイド服、それもえらくスカートの裾が短い、本業の方に職の侮辱だと酷く怒られそうなやつ。

 これも遙か昔、どこぞの街で流行ったミニスカメイドというやつらしいのだが、ヒコさんの長い銀の髪に白く長い手足が何故か非常にマッチしていて、少しドキドキしてしまう。


 一応言い訳するが、別に俺の趣味に噛み合っているのではなく、あくまで新鮮な恰好だから。

 露出度自体は白衣や全裸の方が上で慣れている。だから単純に、見慣れない恰好に、つい不意を打たれただけ。そのはずだ。


「素直じゃないなぁ。ま、そういうサービスはご褒美に取っておくとして……大方、どこかに隠し通路でもあるのだろう。そら探すぞ、何かしら状況の動く前に見つけろよ?」

「ええ……」


 従事する側の服だというのに、ヒコさんはいつもと変わらぬ調子で命令を出してくるので動き始める。

 とはいっても、どこにそんな仕掛けがあるのか見当が付かない。

 隠してあるのなら本棚の裏が一番怪しいなと思って確認してみたが、しっかりと固定されており開く気配は見られない。


「ヒコさーん。時間押してるし、なんか良い感じに巻く方法ないの?」

「別に床を壊してもいいんだが、流石に今かかっている程度の違和感拒絶じゃ誤魔化せないからな。なるべく穏便に事を運びたいだろ?」

「……本音は?」

「前に言った泥棒ものの小説あるだろ? あれにこういうシチュがあったからやってみたかったんだ。よって興醒めしそうな反則はなしだ」


 今回は珍しく一緒に探しているヒコさんに尋ねてみれば、返ってきたのはウキウキとした反応。

 まあ、どうせそんなことだと思ったよ。だってヒコさん、とっても楽しそうに探し物してるからさ。

 

「くくっ、そらマニス。そろそろ答え合わせをしてやる。こういうのはな、本棚で少し浮いている一冊を押すと……あれ、動かないな。おかしいな、あれぇ?」

「外してるじゃないですか」


 五分くらい見回しても何も見つからず。

 ならばと目に付いた机の引き出しを漁っていると、ヒコさんが自信満々に俺を呼び、本棚の一冊──確かに周囲の黒い背表紙に挟まれた、確かに違和感のある真っ赤な本を押し込もうとするが動くことはない。

 

 数秒の沈黙。その後、顔を真っ赤に染めた無言で探索を再開し出すヒコさん。

 恐らくヒコさんの読んだ本ではこうやって突破したんだろうと、何となくの想像がついてしまいながら、特に掛けるべき言葉が思いつかず。

 

 とりあえず俺も再開しようと思った矢先、天井部分の不自然な出っ張りに手が引っかかったので軽く押してみれば、ガタンと大きな音が部屋へ響きながら揺れ始める。

 何事かと思っていると、徐々に部屋の中央部分の床が開き、降りるための階段が姿を現わした。


「……つまらん。早く行くぞ、時間の無駄だ」

「拗ねてます?」

「ばーか! マニスのヴァーカ! 未練がましく筋トレしてるクソちび!」


 自分で見つけられなかったのが相当気に入らなかったのか。

 ヒコさんは俺の背中を強く叩いた後、的確に傷つく罵倒と共に階段を降りて行ってしまう。

 

 やれやれと首を振ってしまった後、後に続いていけば階段は結構長く。

 そして螺旋の造りというわけでもなく、ただまっすぐに進むだけという、どうやって成立させてるのかよく分からない構造だった。


「これ、どこまで続くんですかね。前に見えている出口も、振り返る入り口の景色が全然変わらない」

「なあに、そう時間はかからんよ。空間圧縮の魔法が掛けられていて、距離ではなく移動時間で通過出来るように設定されている。随分古い魔法式ではあるが、実に優れた魔法使いないし魔女によって構築されたらしい……ほら、話していれば何とやらだ」

 

 いつまでも同じ場所を歩いていたはずなのに、気付けば階段は終わりまで差し掛かっており。

 何やら化かされたような感覚に陥りながら降りきると、そこは無数にあるのは円柱の、各種様々な色の水で満たされた水槽の置かれた部屋だった。


「うわ、ひっろ……」

「ほう、家の地下には秘密工房とは、いよいよらしくなってきたじゃないか。悪くないセンスだ」


 想像の斜め上な場所を前に驚愕から立ち尽くしてしまう俺だったが、そんな弟子にヒコさんは構うこともなく。

 いつも通りにくつくつと笑いながら、俺が落ち着きを取り戻すよりも早く、工房の中を進み出した。

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