豪邸探索
ヒコさんの案内の下、天蓋を失ったツムリの街を歩きしばらく。
空色も夕暮れもすっかり夜へと姿を変えた頃、どうやら目的地である大きな豪邸の前に辿り着いた。
うーんすごい、家から門まで実に立派な豪邸だな。
以前押し入ったネトリンの屋敷に比べれば流石に規模は劣るが、それでも立派なことには変わりはない。これだけの家に住めるのだから、ナオはさぞお金を持っている一家のお嬢さまだったのだろう。
偉い人達は自らの地位と権力を表すため、自らの家をより大きく立派なものにするらしい。
その辺、村育ちの俺にはよく分からない価値観だ。
広すぎると住みにくいし掃除も面倒……ああ、お金持ちは家政婦だのメイドを雇うんだったか。つくづく世界が違うな。
「……なんでたった一日程度の付き合いしかない子の家、簡単に突き止められるんです?」
『お前最近敬意が足りないよな。これでも私、世界に名の轟く拒絶の魔女なんだよ? おお?』
互いに軽口を叩きながら、堂々と門を飛び越えて敷地内へとお邪魔していく。
警備システムはあるのだろうが、流石に相手が悪い。
何せ今宵、侵入者を隠す魔法をかけているのはかの拒絶の魔女。古来より名を轟かせる伝説が一つを相手にしているのだから、反応出来ないことを恥じる必要などないとも。
『……まあ、今回はとりわけ簡単だったけどな。隠す気のない小娘の魔力はひどく特徴的だし、ホルーの名は有名らしいからな。数人聞き回るだけで簡単に割り出せたよ』
「ホルー……?」
『お前本当に興味ないと覚えないよな。私いつも言ってるけど、そういうのいつか絶対損するからな? 知』
ヒコ三は肩の上で、心底呆れ果てたと言わんばかりに、くちばしが首元をを掠るくらい首を横に振ってくる。
ナオはナオとしか記憶してなかったが、振り返ってみれば確かにそんな感じの姓を持っていた気がするな。もっとも、だからどうしたって話ではあるが。
『あの小娘、ホルーという姓を名乗っていただろう? ホルーというのはな、百年ほど前からツムリの街を統治する町長、マギアという一族を支える四つの家系の一つ。あの小娘はそこの一人娘で、つまりは生粋のお嬢さまというわけだ』
「はえー、そういうの、どこで調べてくるんです?」
『行きつけの店でちょいちょいとな。まさお前なんぞの頭とは出来も年期も違うからな、調べ物なんて遊んでいても行えるんだよ。すごいだろう?』
まるで褒めろよばかりに、鳥の姿でも一目瞭然なほど、自信満々な面持ちをしてくる。
しかしそんなこの街でも最上位に位置するお嬢さまが魔法を使えず、ガグン魔法学園では落ちこぼれ扱い。……なるほど、それなら確かに家の名とコネだけの女と、余計なやっかみを生むかもな。
姓を聞いたことで学園で落ちこぼれされていたのを思い出し、納得しながら家の扉へ手を掛ける。
鍵は既にヒコさんが解錠しており、力を入れる必要もなく中へと入ることが出来る。
夜ということもあり、広々とした玄関だというのに、まるで誰も住んでいないかのように静かで真っ暗だ。
『随分閑散としているな。まあ夜の屋敷などこんなものか、興醒めだ』
「知りませんよ。熱烈な歓迎でも求めてたんです?」
『それもありだ。そういえば昔、所用があってある屋敷に立ち寄ったんだが、偶然にも主が廊下でメイドに腰を振ってる場面に出くわしてしまってな。そのとき姿を晒してやったときのあいつらの顔といったら実に滑稽で──』
はいはい。相変わらず趣味悪いですね。さすヒコさすヒコ。
しかしそうは言っても、こうまで人の気配がないとは想像していなかった。
もぬけの殻。こんなに堂々と歩いていても侍従の一人とさえすれ違うことはなく、部屋の中からそういった気配さえない。
ヒコさんの違和感拒絶魔法も完璧ではなく、その場にいること自体が不自然だと誤魔化しきれない場合があるから見られないに越したことはないのだが、それにしたって少し妙だな。
「……そういえば、昔から気になってたんですけど、こういう偉い家の使用人って、仕事終わったらどうしてるんです? 職員専用の寮とか、そういうの?」
『時代と立場、主の方針によるな。下位であれば外に家があったり、庭の小屋や離れを与えられたり、地下に押し込められたりするが、重宝されれば専用の個室を設けられ、家族同然の扱いをされることだってある。無駄に広い家ってのはな、意外に理にかなっていたりするもんだ』
私が見た中で一番面白かったのは、獣耳のカチューシャと尻尾の強制している屋敷だったと。
その光景を思い出したのか、ヒコさんはくつくつと、心の底から堪えるのに必死だってくらいの笑いを念話に乗せてくる。
こんな最低最悪な魔女の弟子として、被害者一同には心の底から同情してしまう。
それが不貞だったとしても、例え人に言えない趣味の発露であっても。
自分の家でやっているのだから、侵入してきた魔女に弄ばれる謂われはない。この場合、誰が一番悪いかと言われれば、間違いなくヒコさんなのだから。
『そうだマニス。この部屋開けてみろ』
「嫌だ。どうせ何かあるんでしょう?」
『ああもちろん。良いから開けてみろって、師匠からの命令だぞ?』
そうして歩いての探索を続けることしばらく。
一切自分で動こうとせずに肩に乗っていたヒコさんは、まるで何か思いつきでもしたかのように、その鋭いくちばしで今し方通り過ぎようとしていた扉を差してくる。
長い付き合いで培った経験から、何となくだが察しが付く。
こういう場合、絶対に碌なことじゃない。間違いなく暇潰しのいたずら、弟子いびりだ。
ともあれ、どうせ嫌だと首を振ってもヒコさんが折れてくれることはない。
更には駄々をこねたから実験に付き合えなどと。
いつかのように怪しさ満点の薬を飲まされるのも勘弁なので、仕方なく扉のノブに手を掛け、ゆっくりと警戒しながら開いていく。
最悪即死のトラップがあるかもと。
細心のを払いながら、ギギギと軋む扉の音と共に開いてから部屋へと入るが、何が起きるわけもない。
窓から零れる月の光が差し掛かる、部屋の端にある机。
小さめのタンスに天蓋付きのベッド。
少し押せばゆらゆらと揺らめき始めるであろう、そんな安楽椅子。
人の姿は疎か、気配の一つさえない空の部屋。
こんな何もない部屋に入れなどと、ヒコさんにはどういう意図があるのだろうか──ん?
『くくっ、くくくっ、あー引っかかった! 流石は私の娯楽、実に良い反応をしてくれる! 何かあると見せかけて、実は何もないただの部屋だってのに、くくくっ!』
……。
「……ヒコさんって本当にヒコさんですよね。いつも最高にヒコさんしてる」
『くくっ、実にいい褒め言葉だ。私が私でなければ、私はこんなに苦労してまいよーだ』
わざわざ肩から離れ、俺の顔の前に姿を晒して面白がるヒコさん。
目の前で悪戯の成功を心より喜ぶ、そんなはた迷惑な魔女を睨み付けるも、どこ吹く風とせせら笑うばかり。
どうせ何言ったって無駄だと諦めながらナオ捜しを続けようとしたが、ふと部屋端の机に目がいってしまい、吸い込まれるように近づいてみる。
机の面を軽く擦ってみれば、指先には白い埃がこびり付いてくる。
何の変哲もない机もそうだが、ベッドも、床も手入れされている様子は見られない。
随分と年季の入った、清掃のされていないこの部屋は、誰かの名残を残そうとしているみたいだ。
「これは、絵……?」
『写真だな。カメラという媒体を用いて場面を絵に収めるのだが……人の手でもここまで高精度の撮影が可能になったのか。ガグンの魔道具に限るのかもしれんが、中々にやるじゃないか』
ふと目に入った、机に乗っていた一枚の写真が収められた額縁。
ちょうどこの部屋で撮られたであろう、安楽椅子に座る一人の女性とそれを支える男の写ったそれを手に取ると、ヒコさんは感心とばかりに頷いてみせる。
例えばヒコさんであれば、魔法で目の前の場面や自分の記憶や投影し、より正確に出す事は出来る。
だがそれはあくまでヒコさんがヒコさん、拒絶の魔女と謳われるほどに卓越した魔法の腕を持つ魔女だからこそ。
これほどの写真を投影出来る魔法使いや魔女が、一体この世界にどれだけいるのだろうか。
そう考えれば、人の技術というのは、本当にすごいものだな。
いつか魔法においても魔女を超え、魔法を使わずとも魔法を凌駕する時代が来るかもしれない。まあもっとも、それさえも超越してこそ、俺が求める本物のマジカルチ◯ポというものだがな。
……それにしても、この写真の女性の方。心なしか、どこかで見覚えが……?
「ナオに、似てる……?」
『別におかしくはないだろ。この家の娘であれば、母親であろうその女と同じ血が流れているのは当然……嗚呼、そういうことか。くくっ、なればつくづく好い趣味してるな』
「えっと、ヒコさん?」
『気にするな。私の思考など、どうせ憶測でしかない。多くを語らずとも、深入りする機会があれば嫌が応にも突きつけられようとも』
そら、寄り道はここまでだと。
勝手に一人で面白がり、勝手に納得したヒコさんが肩に乗り直して、早く行けと催促してくるので仕方なく写真を置いてその部屋を後にする。
まあ、俺としては別にいい。
俺としてもこの家での最優先は預けた本の返却、または奪取。それ以外は些事に過ぎない。
ナオの過去に興味はないし、相談する気もないのなら、わざわざプライベートを暴く気はない。俺には俺の、彼女には彼女の人生があり、たまたま交わっただけの他人でしかないのだから。
「……今度はちゃんと、ナオのいる部屋なんでしょうね?」
『さあな。お前も知ってのとおり、探知魔法は基本的に魔力の波形や大きさで生物の有無と個人を測るに過ぎん。故にまったく同じ魔力を放つ個体が二つとあれば、個人の断定は出来ない。あの小娘が二人いるというのなら、或いはここも外れかもな』
無駄に複雑に言っているが、要は早く開けろと。
再び家内を歩かされるも、やはり人と出会うことなく端っこにある扉の前にまで案内された俺は、先ほどと同じようにくちばしで催促してきたヒコさんに大きなため息をついてしまう。
流石に二番煎じはつまらないと本人も分かっているだろうが、ヒコさんは度を超えた気まぐれ。
俺をおちょくりたいと思ったらやるだろうなと、辟易しつつ。
それでも先ほど同様開けないという選択は用意されていないと、ノブに手を掛けて扉を開いていく。
中は先ほど立ち寄った部屋よりも狭く、簡素なベッドと机だけで部屋の半分が埋まってしまっている。
とはいっても、かつての俺の実家やついこの前まであったヒコさんの隠れ家にあった自室よりかは随分と広いのだが、やはりこの豪邸と先ほどの贅沢な広さを考えると、こんな部屋に一人娘が暮らすこと自体が違和感だと思えてしまう。
そしてそんな部屋の中に、目的であった茶髪の彼女は──ナオはいた。
窓際に置かれた古ぼけた椅子に腰掛け、窓から夜空を眺めていたであろう彼女が、不意の来訪者……いや、侵入者が来るのに気付いていたみたいに、驚きから瞠目を向けてきていた。
「おお、本当にいた。良かった」
「え、マニス、さん……? え、え? どうして、こんな所にいるです……?」
「待ち合わせ場所に来なかったからな。預けた物を受け取りに来たよ、ナオ」
相変わらず、違和感拒絶の魔法を意に介さないナオは、決して突然の不審者に大声を上げるでもなく、コトンと小さく首を傾げてくるだけ。
どうやら不慮の事故にあったり、逃走に失敗して捕まったわけではなかったと。
ひとまずそれだけは安心しながら近寄っていき、やがて辿り着いてからしゃがんで彼女と同じ目線へと合わせる。
「ご、ご無事だったのですね、良かったです……!」
「そっちも無事で良かった。それで預けていたブツについてなんだが」
「あ、えっと、実はですね……ごめんなさいです。今、あれはお父さんが持ってて、手元にはないです」
再会もそこそこに、目当てである本にはどこにあるのかと尋ねるが、ナオは申し訳なさそうに頭を下げてしまう。
なるほどな。どうやら本が俺の手に返ってこなかったのは、そのお父さんとやらのせいか。
なら話は早い。
ナオとの話はこれで終わり。この豪邸にいるであろう、お父さんとやらからくすねてしまいだ──。
『おいマニス、誰か来るぞ』
「っ!! お父さんが来るです。お願い、今は隠れてくださいです!」
次すべきことを結論づけた瞬間だった。
ナオがヒコさんが忠告を入れてきたのとほぼ同時に、キョロキョロと見回してすぐ、俺をベッドの下に押し込んできたのは。
まあ今の体でもギリギリってくらい狭いが、誰か来たのなら隠れるのはいい。
けれど不思議だ。探知魔法を使えない俺は気付けていなかったというのに、同様に魔法を使えないらしいナオが気付けたのは、どういうことなのだろうか。
『理由はあるが、単純にお前が周りに興味ないだけだろ。ばーか』
……どうもそういうことらしい。ちょっと解せないが、まあ、納得は出来る答えだ。
「ナオ、一人で何を喚いている。入るぞ」
ともかく、ベッドの下でちょっと姿勢は気になるも、成り行きを見守ろうと息を潜めていく。
三度のノックの後、ナオの返事を待たずに扉は開き、一人の男がズケズケと踏み入ってくる。
ワインレッドのスーツを着た、冷たい目をした長身の男。
目にはもう何日も眠れていなさそうな深い隈、少し窶れ気味で、死んだように光のない瞳をした彼は、無言で見下ろすばかりだった。
「おとう、さん……」
「覚えが悪いな、欠陥品。私を父と呼ぶなと、一体何度折檻すれば理解出来るんだ?」
見上げながらのナオの震えた呟きに、男は一人娘へとは思えないほど冷淡に言葉を投げつける。
何やら険悪な雰囲気が、この小さな部屋に発生し始めるが、そんなことはどうでもいい。
お父さん。つまりはこの男こそ、本を持っているであろう次の目的。
まったく、聞いたそばから実に都合がいい。
ヒコさんのわがまま含め、最近運が悪かったからな。その分のツキが回ってきたと思おうか。




