大・惨・事
誰しもの知っている当たり前の事実だが、全ての人間が魔法を使えるわけではない。
確かに生命であれば、例え限りなく微量だったとしても魔力を宿すものではある。
だが魔法とは想像を形にする特別な力。小さな火を起こすのだって相応の魔力を要求され、日常生活、戦闘や冒険に活用できる量を自力で賄える者などそう多くはないのだ。
確かに魔法とは特別な力。けれど同時に、それ以上でもそれ以下でもない力。
例え魔法がなくたって、人は自力で火を起こし、獣を捕らえ、剣を振って誰かを守る事も出来る。
あればもちろん便利だし重宝されるが、別になくたって生きていける。けれど敵に回すと非常に面倒臭い。そんな程度。
魔女でさえ心惹かれるこの魔法の街のように、魔法を日常レベルにまで活用しているのは最早特有の文化とまで言えてしまうほどなのだから、一般的にはそんなものなのだ。
長くなってしまったが、だからこそ、こうしてはっきりと憂いざるを得ない。
今まさに追ってきている探偵のような魔法抜きでシンプルに強いやつと、よりにもよって魔法の街で衝突することになるなどとは、この瞬間まで予想さえしていなかったと。
「……速いな。酒癖といい、探偵より冒険者の方が似合うんじゃないか?」
「嫌れすよ、あんな野蛮な連中の仲間入りなんてねえ! ヒック!」
日も昇り始め、ようやく人々が起き始める頃のツムリの街の中で。
上手いこと注目を引けたようで、野生の獣みたいに執拗に追ってくる探偵ショロンの手錠を躱しながら、どうやって逃げたものかと思考を回していく。
これで相当に酔っていてパフォーマンスを発揮出来ていないとしたら、まさに脱帽の一言しかない。
立ち止まればふらふらと千鳥足。どことなく焦点の合ってない黒い瞳。ふっわふわな言葉。
はたから見れば捕まえる気などなく、飲んだくれに追い回されてるだけにしか思えなさそうだが、追われてる身としてはちゃんと逃げてるのに振り切れない事実はどうにも歯痒くて仕方ない。
ヒコさんはちょっと行きたい所があると、早々にいなくなってしまったので助力を頼めず。
チ◯ポのカバーを外し、魔力の制限を解くのは問題になるだろうから選択肢に入れられず。
だからこその膠着状態。いや時間が経てば経つほど注目を集め、不利になるのは俺の方か。
いい加減眠くなってきたし、ぐうぐうとお腹も鳴りだしてきたし、ここらでさっさと撒いて朝食と仮眠を取りたいのだが、どうしたものか──あっ。
「はいゲットぉ! 今度こそ逃がさん、逃がさんぞうちの収入ぅ……ヒック」
家の屋根を蹴って空へと跳躍し、空中で一つ避けた途端に飛んできたもう一つの手錠。
今の今まで隠し持たれていた二つ目を回避しきれず、再び手首を繋がれながら、小さな公園へと着地させられてしまう。
幸いなことに人気はなく、早朝によくいる散歩中の老人の姿もない。
走って撒ければそれで良しと思っていたが、大人しく観念して、ここいらで決着を付けて振り切るとしようか。
「あー頭くらくらするし吐き気するぅ。もうとっとと捕まってくれません? お礼にカツ丼くらいなら差し入れてあげますんで、それで手を打ってくれません?」
「魅力的な誘いだけど、朝食はさっぱりとしたものを食べたいんだ。カツ丼は少し重い、かなっ!」
一瞬、頭の中に湯気立つカツ丼を想像してしまい、口内に涎が溜まりそうになるがそれはそれ。
ありがたい申し出を断り、敢えて力を緩めながらも地面を強く蹴り、彼女の引っ張る力も利用した勢いで飛びかかる。
これで不意が突けてひとまずダウンさせられれば御の字。駄目でも主導権は掴めると。
そう高を括った初動だったが、目論見は簡単に崩れ去る。
探偵ショロンはくるりと、踊るように身を翻しながらも俺の手を掴み、そのまま流れで地面へと叩き付けて来たのだ。
「ぐ、ぐぬぅ……」
「ノッツエクセレント。中々に悪くない前のめりでしたけど、ショロンの一族に伝わる捕縛術を嗜んでいるうちには通じませんよーだ」
どっこいしょと、金茶髪の探偵は仰向けに倒れる俺の腹に跨りながら、ご満悦そうに語ってくれる。
今のは相手の力を利用した捕縛術。それも相当練度の高い、流れるままを体現したような技量。
この期に及んで見誤るとは我ながら精進不足。……それにしても、ケツの面積が広いな。この体が少年レベルなのを加味しても、はみ出すのは中々だと思う。
「それにしても、ヒック、あー実に惜しい。この世界でナンバーワンのエクセレントであろう名探偵ショロンをここまで苦戦させるとは。出会いが違えば君をうちの最強助手に仕立ててあげたのになぁ。惜しいなぁ」
「……今からでも解放してくれれば、友達くらいにはなれると思うが?」
「友達、ああ友達! 魅力的な響きだけどさぁ、今は明日のご飯代優先だからなぁ。それにほら、捕縛専門の名探偵ショロンと言えば、解いて捕まえてチヤホヤされてが華……ってごめん急に動いたからすごい吐きたくなってきちゃった。ごめん、いい?」
え、やめて、まじでやめて。百歩譲って吐いてもいいから、俺の上では止めてくれ。
このままだと尊厳の危機。……仕方ない、こうなれば後先考えずに最終手段を使うしかないか。
今にもお腹へ嘔吐しそうな探偵のせいで、残された猶予は僅かだと。
一瞬にも満たない間で覚悟を決め、小さく息を吸い、そして吐いてから己に魔力を通していく。
魔法を使えない、魔法を扱う適性とセンスがまるで欠けている俺でも魔力はある。
混沌の女神がもたらした厄災とされる大雷霆に打たれ、チ◯ポがマジカルチ◯ポ(全年齢版)となり、師匠である魔女ヒニグをして無尽蔵と言わしめるほど膨大な魔力。
その制限を解き、ネトリンを倒したときのように、向上した身体能力で拘束を解いて逃走する。
そんなつもりだった直後。チ◯ポのカバーが蓋が外れたように一気に魔力が溢れ出て、俺の制御さえ効かないほど一気に放出されてしまったのは。
「うっ!?」
「え、なにこ──!」
膨れ上がりながら萎んでいく身体。
無限と見まごうはち切れんばかりのエネルギー。
押さえ込めないほどの魔力放出。
天へと迸る魔力の光は、ツムリを囲う天幕を貫くだけに飽き足らず、ひたすらに突き進んでいく。
数秒を超え、十秒経過してもなお止まることなく。
一分ほどの放出を続けた後、ようやく少しずつ魔力は収まっていき、ようやく完全に出し尽くした。
「……ふう」
全身にのしかかるのは、久しぶりに感じる魔力が空っぽになったとき特有の脱力感。
けれども妙にスッキリと晴れやかな、心地良い気持ちで心を満たしながら、どっこいせと立ち上がる。
すっかり魔力が落ち着いてしまったのか、体はマッスル状態ではなく、元の金髪美少年。
着ていた服はマッチョになって弾けたのか、魔力に耐えられなかったのか分からないが見事にはち切れ、ヒコさん特製のチ◯ポカバーも今の魔力で完全に消失してしまって完全裸。
まあ、そんな程度のことはいいとして。
魔力に耐えきれなかったのか、壊れてしまった手錠の残骸を外しながら改めて空を仰ぎ見てみるが、あまりに綺麗に空いた大穴に何も言えなくなってしまう。
まさかカバーを外しただけでここまでの大惨事とは、ちょっと想像を超えすぎてて怖くなってしまう。
今回はたまたま仰向けだったから良かったが、これがうつぶせだったり普通に立っているときに起きていたらどれだけの惨事になっていたことか。正直ちょっと考えたくもない。
これはあくまで推測だが、このボディの性能の高さ故にまともに魔力を使う機会がなかったり、カバーで無理矢理に魔力を抑えていたからというのもあるのだろう。
思えば最後にちゃんと魔力を解放したのはあの愛奪の魔幹部、ネトリンとの戦い以来か。
苦戦せずに倒したせいで麻痺しそうだが、あれもそこいらの魔女とは比較にならない怪物だった。未だに正体が分からないが、本当に何者だったのだろうか。
「んへ、んうう…」
とりあえず、これからはこういう暴発をしないように定期的に魔力を抜いておこうと。
天井に空いてしまった穴を見上げて罪悪感を抱きながら、あとでヒコさんに相談しようと、心に決めていると呻き声が聞こえてくる。
先の魔力放出で天井に並ぶ最大の被害者、先ほどまで俺の上に乗っていた探偵ショロン。
そばに倒れる彼女はベレー帽を地面に落とし、コートをボロボロにしながらも、女性が人にお見せしていいとは思えないほど恍惚で緩みきったにやけ笑いを浮かべながら眠りに就いている。
……良かった。相当にタフなのか、どうやら死んではいないらしい。
別に命の奪り合いをしていたわけでもなし。もしもあんな事故みたいな暴発で殺してしまっていたら、ちょっとどころか結構後味が悪くなりそうだからな。良かった良かった。
「……なんかごめん。今度会ったらなんかお詫びするから、ほんとにごめんな」
予期せぬ結果に心から申し訳ないと詫びつつも、まあ生きているのならそのままでも平気だろうと。
十中八九騒ぎになり、すぐに人が押し寄せるであろうこの場所から駆け足で逃げ去っていく。
本当に、どうしてこんなことになってしまったのやら。
俺はただ初めての大きな街の観光を楽しみながら、理想のマジカルチ◯ポの手がかりになりそうなものを見つけられればなと思っていただけなのに……はあっ。




