エルジュの交渉
「せっかく、ただ飯食えると楽しみに来たのに飲食を後回しにしろだと?」
ランブルが見繕ってくれた冒険者がエルジュに仏頂面を見せて文句をいう。
図体の大きな戦士タイプの男だった。
エルジュは「そこをなんとか」我慢してくださいと頼みこむ。
「そうでなきゃ、回復しちゃう傷もあるかなって思ったから。お願いです!」
冒険者の前で手を合わせてペコペコ頭を下げるエルジュ。
「ランブルさんのたっての頼みだから、相手をしてやるだけだぞ。なにが出来るようになったんだ? エルジュ」
早速ランブルの根回しの恩恵で冒険者が一人、エルジュと話を始めた。
二人は酒場の奥の部屋を借りて談話をしている。
奥の部屋も客をもてなすための食事処である。テーブルの上には酒と料理が運ばれている。もちろんその冒険者のためにランブルが気を利かせて用意したものだ。
「わあ、戦士のナルケルさんか! ちょうど良かった。魔力を持たない脳筋のほうが魔法の凄味が伝わりやすいから助かります!」
「おいおい、そりゃいったいどーゆー意味だ? 無能なチビ助が脳筋だとかよくも言うてくれるよな? 俺はこの道10年でレベル30は行っている熟練冒険者だぜ? 回復なんてポーション爆買いでどうにでもなるんだよ」
「うわあ、そうなんだ! もっと助かったー!」
「あん? なにが助かるんだ?」
「オレはいま文無しだからです」
「おい、おまえ。俺から金をせびろうってんじゃねーよな? あ? ここの代金はランブルさんのおごりだとすでに聞いてるんだぜ」
ナルケルはグイっとエルジュにクマみたいな顔を近づけてにらみを利かせた。
金を貸せだとか、あらぬ誤解であるとエルジュは彼の面前で大慌てで否定した。
「そんなことじゃないよ! 余計な勘違いに脳をすり減らさなくても大丈夫だよ」
「ふん、笑わせるな! 前衛とは言わねえが同レベル帯で使える凄腕の魔術師の知り合いぐらい、いくらでもいるんだぜ? 俺ぐらいになりゃあ、PTにだって引く手数多だから回復役には困らなくなったんだ。さあ、どんなイリュージョンを見せてくれるんだ?」
エルジュもこうまで言われることは想定の範囲であるだろう。
なにせ5年も酒場通いをしてきたのだから。数多くの冒険者を眺めて暮らして来たはずだから。
なにより相手の名もジョブも知っているのがいい証拠だ。
「きっとナルケルさんは重宝されること間違いなしだよ」
「途轍もない自信作みたいに聞こえちまうんだが、俺の空耳だろうかな?」
相手は完全にエルジュのことを見下して見ているようだ。