あらしのまえぶれ④
『ミジュ……』
女神は緑眼のエルフに問いかける。
人の本質を見透かすように。
『あなたは、何もしないつもりですか?』
「女神様?」
その問いかけにミジュが首をかしげ、目を丸くする。
『いつも私や二人の天使長のそばにいるために、自身を無力だと錯覚してはいませんか?』
誰かの力を当てにしすぎだとの指摘であることは彼女にも分かった。
だが女神に問われたことの直接的な意味がさっぱり解らず視線を床に落とした。
『その顔を上げて、ミジュも知恵を絞ってみてはいかがですか?』
天使と女神。
その存在はミジュにとってあまりにも脅威であり、同時に憧れでもあった。
いつも傍にいるから、己が無力であるように思いこんでいるとのこと?
だが彼女にはそのような心当たりはなく、目の前の三人より己が抜きんでているはずがないと俯きながら首を横に振るのだ。
この状況で胸を張って顔をあげるなど出来るはずもないと。
女神の問いに対する明確な回答をまだ彼女は持ち合わせていないようだ。
ミジュは頬を紅潮させている。「買いかぶりすぎよ」と。
気持ちの整理がつけられず迷い迷って、取り繕うように女神にすがる。
結局、面を上げるも、
「ああん、女神様っ!
あたしこそ無力の極みでございますよ!
あたしは……割れ物をくっつけて修復するぐらいの非力な風の妖精ですよ。
しかも皆さんが良くご存じのように、まともに修復ができずヘンテコな物とモノをくっつけてしまう「呪い」を掛けられたような出来損ないだと天界に仕えてから判明したじゃないですか?」
物の修復が得意という器用な種族でもあった。
だが、まともな仕事はできず、繰り返された失敗を「呪い」とまで吐き捨てる。
女神とミジュが会話中。
聖天使の二人は口を慎んでいる。感情を表に出さず、まるで彫刻のように佇む。時の経過が消えたような静寂に包まれている。さえずる鳥が棲むわけでもなく、ロマンチックな音楽が聞こえてくるわけでもない。
会話がなければその静けさに心が侵されることもある。
天空は地上とちがい、ほとんど音のない空間。風が吹くことさえ珍しい。
彼女の言い分に女神は静かに耳を傾けているようだ。
立派なヒスイのテーブルに並べられた水差しやティーセット。すべて女神のためだけに用意されたもの。ハーブのような香草も彼女のために添えられている。
誰も何も言わぬとき、その静寂がミジュの心臓を高鳴らせる。
「エヴァンス様とピタチマル様がお手上げだと結論付けられたのに、あたしなんかの出る幕がどこにございましょうか?」
なにか矛盾していないか、と。エヴァンスとピタチマルの瞳が一瞬ギラつく。
微塵も口を挟まぬが、ミジュの言動にイラつきを憶えているのは確かだった。
女神がそっと口を開く。その言葉はどこか幼子を諭すようでもある。
『非力だからと嘆くだけでは何の解決にもなりません。あなたにできることで貢献してこそ生まれてきた意味があるのです。自身の可能性への探求をいとも簡単にあきらめるものではありません』
「ご立派ですね……女神さまは」小さく零すとミジュは目に涙を浮かべる。
ひざまずき、冷たい大理石の床に突っ伏すように手のひらを押し付ける。
悔しさを抑え込むように彼女の指先にグッと力がこもった。
「出来損ないの能力なんて……ゴミも同じです……」
夢静かなる新緑の森。
あたたかな木漏れ日、小鳥のさえずり。隠し秘されし風の谷。
緑眼に宿る微かな景色の断片は、時折、幼い彼女を我儘娘へと変貌させる。