あらしのまえぶれ②
「うん」
ピタチマルの言う通りだとしたうえで、エヴァンスは答えた。
「唯一の存在になると思われるよ。ただ──唯一は悲惨だな。
これは人族が見世物小屋に出品したがるだろうからね。
地上での悲しき物語が一つ増え、さらに悲劇は長きに渡るかもしれませんよ。
生まれたての人族の赤子ぐらいの身長でずっとそのままなのか、ミジュ?」
チビだというので察するに人の赤子ぐらいだったかと、エヴァンスは緑眼のエルフ・ミジュに直接確認を取る。その様子を視認したのは彼女なのだからな。
エヴァンスの問いかけにミジュは女神の前で姿勢を低くしたまま、返答をする。
「はい、エヴァンス様! そのようなのです。
泣きわめく様子からして自力では元に戻れないみたいです……」
ふむ。
エヴァンスは軽く頷く。
豪華なソファの上で組んでいた足を床に降ろして、ピタチマルのほうへ姿勢を正した。
どう思うかというピタチマルの問いかけには答えた。
このままでは見世物として、人族に人生を弄ばれることになるだろうと。
その種が唯一というのであればの話だ。
なにせ女神の口ぶりからも未確認であることは充分に窺えるのだから。
天界でも前代未聞ということ。
「エヴァンス……」声を掛けたのはピタチマルだ。
名を呼ばれるも、エヴァンスは微動だにしない。なにのリアクションもない。
耳さえあれば言葉は拾える、と言わんばかりに澄ましている。
ピタチマルは何かを思い返しすように目を細める。
「以前に【神眼宮の窓辺】から眺めていた天体の中に、遺伝子操作を研究する惑星人がいなかったか?」
ピタチマルはエヴァンスのすまし顔を気にも留めず、声を飛ばす。
ピタチマルも尋ねたいことがあるから名を呼んだのだ。黙っていればピタチマルが質問をすることが判るので返事をしなかったのだ。クールな男のようだ、エヴァンスは。
「どこかの異世界におとなにならない品種改良ペットがいると君から聞いた覚えがあるんだけど」
彼はエヴァンスにそうぶつけてきた。
エヴァンスも、ハッと思い出すように口を開く。
「それ! 別天銀河の第三惑星という座標だよ、ピタチマル。
ここじゃない。この世界にはそうまでして他種、同族をペット化しよう者などいないではないか。無論地上にはそのような技術もまだないが。
生涯をそんな姿のまま過ごすことは……。
きっと差別と好奇の目に晒されつづけて終わらない悪夢と化すだろうね。
ひどいことをする人族の星もあるが。所詮、異次元の話だと思っていました」
「こっちは言葉を交わし社会で暮らす、れっきとした人類なのだ。
亜人ではないんだよ! おっとミジュ、亜人を否定するわけではないのだ。
あらぬ誤解は持たないでくれ。(そんな侮蔑の目で見つめるのはやめろ)」
二人の聖天使の会話はミジュの長耳には痛かったようで、その表情が悲しみに満ちた。
ふくれっ面のミジュがピタチマルを恨めしそうに見つめる。
切り出した話題が彼女の心の不安を煽ってしまった。ピタチマルは女神の手前、慌てて緑眼のミジュに慰めの言葉を試みる。
「ミジュ、その子は病の可能性もある。生まれつきの病なら稀にあるし、種族の里から出なければそう案ずることもないさ。親御や族長には子を守る義務がある」
「どうしましょう、女神様っ!?
あの子、……あの子がかわいそうで。ミジュはもう見ていられませんっ!」
激レアではなかったのか? ピタチマルは不服そうに漏らした。
悲しんでいたようには見えなかったぞ。
そうですね。
どうしてあげれば良いと皆は思いますか?
女神は彼らに向けてもう一度、意見を出すように求めた。