あらしのまえぶれ①
「ねえねえ、女神様。聞いてくださーーい!!!」
慌ただしくも甲高いその声を響かせるのは緑眼のエルフ。
まだ淑女と呼ぶには程遠い乙女。節度はあるかもしれないが、落ち着きがない。
「地上に超レアの激かわいい、チビーエルフを見つけました!!!」
両手の指と指をがっしりと組み合わせ、祈るような仕草でそばにひざまずく。
どこにいるのですか、そのような種族──
騒ぎ立てる彼女に対し、否定的な発言をしたのは聞き手の女神。
単なるエルフ族の子供ではないのですか?
女神は彼女の見間違いを指摘するように言葉を返した。
珍しく早起きをしてくるから何かと思えば。そんな表情で彼女の話に本気で耳を貸そうとはしていない。
立派なヒスイのテーブルに運ばれてきたティーセット。立ちこめる湯気が緑眼のエルフと女神を切り離すように霧のベールに変わる。
「わが君よ、冷めぬうちに召し上がれ!」
一歩下がって礼を尽くす従者の声、洗練された貴族のごときに立ち振る舞う。
女神は微動だにせず、いつものように朝の憩いを堪能する。
カップに手を添えて口元に運ぶと女神は注がれた紅茶を飲み、はぁっと白い息を吐く。
しかし緑眼のエルフを完全に無視した態度があるわけでもない。
カタッ。誰の耳にも届くこともないほど微細な音。カップをテーブルに戻すと、
『夜更かしをしたのですね、ミジュ?』
完全に寝不足を疑う言葉があった。
緑眼のエルフの名はミジュ。なんとも瑞々しい響きだ。
だが──
そういう悪い習慣が日頃よりあり、癖を指摘するような決めつけた物言いだった。
それに抗うように、再び甲高いミジュの声が室内に響き渡る。
「ち、ちがうんです! ミジュ、寝坊も夜更かしもしてないもんっ!!
じつは、ちょっとした手違いが生じまして……」
手違い? 一体誰のですか?
女神の涼し気な視線が疑問符をつけて緑眼のエルフにやっと注がれた。
二人の間に立ち込めていた霧のベールは女神の意図を組むようにスッと晴れる。
「ただのエルフがチビーエルフになっちゃったんです!」
なんだなんだ?
朝っぱらから神聖なる神殿内で騒がしいな。
女神の座する脇から若い男性のイケた声が入って来た。
振り返らず女神はそっと言葉を添えた。
『ピタチマル……いい所に来ましたね?
ミジュが地上に新種のエルフを発見したと騒いでいるのですが──』
これは女神様、おはようございます!
ミジュの甲高い声で目を覚ましましたので聞いてしまいましたが、と彼はいった。
「手違い……でございますか?
それじゃ、その子は世界で唯一の新種族ということになりますね……」
背中から大きな有翼をのぞかせるその姿からピタチマルは聖天使のようだ。
彼はミジュの言い分を否定することもなく、なぜだか素直に頷いた。
ミジュの言い分としてではなく、女神が投げかけた質問だからか。
事情がよく飲み込めていないが、ピタチマルはそのままそばにもう一人居合わせた若い男性に問いかける。
絶世の美女ならぬ、美男がピタチマルの視線の先に居た。
「やあ、エヴァンス。君はどう思う?」
エヴァンスも有翼人。豪華なソファにゆっくりと足を投げ出し、寛いでいる。
ともに女神に仕える聖天使のようだが。