第2話 記録されざる物
火が止んでいた。
短く、鋭く、冷たい戦闘だった。
倒れた四機の残骸は、それぞれが不自然な沈黙を保っている。爆発もせず、信号も残さず。
まるで最初から、ここに“死んだ機械”しか存在しなかったかのように。
スレッドは機体を降ろし、残骸の一体に接近した。
《グレイハウンド改》のセンサーが、機体表面に隠された異常な材質反応を検知する。
「……断罪系のアーマーか。見た目だけの盗掘屋じゃないな」
破損した装甲の裏側には、企業製の識別コードが刻まれていた。
クロノス=リンク社。表向きには和平中の企業連合の一員。だがその名は、スレッドの記憶にも深く刻まれている。
何より、この手口に見覚えがあった。
敵機の一体は戦闘中、EMPを瞬時に回避し、なおかつパイルブレードを迎撃してきた。
その回避軌道──まるで、かつての《JDG-005:ヴァーチャー》の戦術パターンと一致する。
「……模倣か。記録ログの再現AIか?」
スレッドの声には驚きも怒りもなかった。ただ確認し、記憶と照合し、事実として受け入れる。
だが、その胸の奥に微かに揺れるものがあるのも、否定できなかった。
断罪機構は、記録されていないはずだった。
それこそが、あの機体《JDG-013 オーバーレッド》が危険視された理由だ。
唯一、戦術記録のバックアップが存在しない機体。AI中枢は封印され、作戦記録は手動削除された。
だからこそ、「制御不能」とされ、処分された──はずだった。
にもかかわらず、何者かが「断罪の記録」を再現している。
“誰かが”、あの火を蘇らせようとしている。
スレッドは残骸の内部データバンクを強制解放した。
そこには、ただ一つだけ、再送信を試みていたログがあった。
> TO: CENTRAL/NODE SIGMA
> PROBE-04: JDG013反応シグナル、局所起動あり。記録再送中。
> 第二世代断罪機構、起動計画進行中。
スレッドは目を細めた。
“起動計画”。
企業はすでに知っていた。オーバーレッドが、この星にいることを。
そして、奴らはただの回収ではなく――“再設計”を目論んでいる。
火は、消えたのではなかった。
記録されず、裁かれず、ただ灰の下に眠っていただけ。
静かにグレイハウンドが立ち上がる。灰が舞う。
「……全てを燃やす準備をしているのか」
ヘッドセット越しに風が唸る。誰も答えない。だがスレッドはもう、知っていた。
この星は、ただの墜落地ではない。
ここは火種だ。
そして、自分こそが──その記録されなかった業火の証人。
静かに、背部の排気口から赤い蒸気が立ち上がる。
グレイハウンドのブースターが点火し、音もなく灰の谷を去っていく。
戦争は終わってなどいなかった。
火は、まだ消えていない。