第1話 灰の星、眠る火
砕けた地表には灰が積もっていた。
かつて鉱山だったはずの惑星《デトリス=ライン》の中緯度帯。今は誰も正式名称で呼ばない。傭兵たちの間では「灰の谷」と通称されている。
岩肌に残る爆裂痕、錆びたパイプライン、引き裂かれた鋼板の影に、死者はいない。ただの風の音と、そこかしこに眠る無人兵器の残骸。それだけだ。
──システム起動、確認。コア温度、安定。補助AI、沈黙。
鈍い電子音と共に、地面の下から一機の中量級機体が姿を現す。
黒に近いグレーの装甲。左肩のエンブレムは塗り潰され、機体番号は読み取れない。
だが、その動きは鈍重さとは無縁だった。ゆっくりと立ち上がり、足元の砂塵を吹き飛ばす。
「……予定どおり。十時方向に廃構造物、対象はその内部」
コクピットの中、男は短く呟く。ヘッドセット越しの雑音に軽く眉を動かすだけで、感情らしきものはない。
名をスレッド・バーンという。もちろん偽名だ。
本名も過去も、彼の記録にはない。必要なのはそれを知る者も、探す者もいないという事実だけだった。
《グレイハウンド改》──彼の現在の機体は、旧式のC-R09型を独自にカスタムした代物だ。
量産型よりも出力はやや上、だが戦場で無双できるような性能ではない。あくまで「生き残る」ための足。
使い込まれた関節部が金属音を響かせながら、廃構造物の陰に沈み込む。
「ターゲット確認……PMC残党、四機」
照準が重なる。情報と違う。正規軍ではない。だが──。
通信は開かない。名乗らない。忠告しない。
スレッドは引き金を引いた。
EMP弾が一点突破で炸裂し、続く機関銃掃射が一機を無力化する。煙と火花。
残る三機が反応するより早く、グレイハウンド改は既に間合いを詰めていた。
パイルシールドが敵機の胸部装甲を抉り、衝撃波が辺りに赤黒い土を舞わせる。
わずか七十秒。戦闘は終わった。
しかし彼の視線は、その先にあった“構造物の地下”に向けられていた。
──奇妙な電波ノイズ。古い断罪機構の通信形式。
「……まだ生きているのか、あれが」
抑揚のない声が、静かに砂に消える。
かつて彼が手放した機体、《JDG-013 オーバーレッド》。
処分命令を受ける寸前に遺棄し、この星へと逃れた。あれから三年。
火は消えたと思っていた。だが──。
コードXは、まだ燃えている。