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7.Roma

人生には自分ではどうすることもできないことが降りかかる。誰かに言われなくてもこんなことしてちゃいけないことよく分かってる。でも出来ない時ってあるよね。結婚を機に彼の勤務地についていく為、仕事を辞める決意をし最後の出勤を終えた。これから幸せが待っていると思ったら、どん底の現実に直面した彩菜。本当はこんなはずじゃない。こんなことしている場合じゃないし、こんなことしてちゃいけない。どうにもこうにも現実に向き合い切れない彼女が逃げた先はイタリア。偶然の優しい出逢い・不思議な縁によって癒され、新たな一歩を踏み出す物語。

 7.Roma


 イタリアのカラッと明るい雰囲気はまるで我が家に帰ったような落ち着きを与えてくれた。空港からローマへ向かう途中、帰りのフィレンツェ行の電車の時刻を調べていると

「彩菜さん、もしよかったらコロッセオ見てから戻ってもいいですか」

と健人が話し掛けてきた。

「どうしたの?」

「日本に帰国すると思ったら、急に観光したくなって。実は僕、映画『グラディエーター』が好きで一度行ってみたいと思ってて。時間、そんなに無いですかね」

「ちょっと待ってね。テルミニ駅から地下鉄ですぐコロッセオまで行けたと思うよ」

テルミニ駅に着くと僕らは地下鉄に乗り換えた。地下鉄B線コロッセオ駅まではテルミニから二駅、乗ってしまえばほんの五分の距離だった。コロッセオ駅で下車し、地上を出るとすぐドドーンっと巨大なコロッセオが目の前に飛び込んできた。

「うわぁー!本物だ。やっぱりデカっ。彩菜さん、やっぱり本物は凄いっすね」

健人がダビデ像と対面した時のように驚きをあらわに興奮していた。


「コロッセオ本当に大きいね。迫力もすごいね」

「近くまで行ってみてもいいですか?」

「もちろん。中にも入る?」

「いや。いいです。お腹ペコペコなんで、何か食べませんか?」

「そうだ。それならカルボナーラ食べに行かない?」

「カルボナーラ?」

「そう、ローマ名物だからさ」

「彩菜さん、詳しいですね」

「私、イタリアが大好きなんだ。それなのにこんな形でイタリアまで来ちゃって、好きなのにここに居るのが辛くなってきて、イタリアまで嫌いになりそうで怖かったのかもしれない」

「僕もイタリア、好きですよ。さぁ、カルボナーラ行きましょう。アンディアーモ」


 ローマ名物カルボナーラとカルチョーフィ・アッラ・ジュディーアを注文し、辛口スピマンテで乾杯した。強い炭酸がシュワシュワと喉を通り抜け、カラカラの砂漠でようやくオアシスにたどり着いたかのよう、スーッと全身に染み渡っていくのを感じた。よっぽどお腹が空いていたらしい。会話するのをすっかり忘れ、一目散にぺろりと残さず平らげてしまった。最後の料理がなくなりフォークを置くとあー美味しかったぁと、声を重ね、互いの顔を見合わせコロコロ笑った。まだ少しいけそうなのでデザートのティラミスを追加し、甘いドルチェを頬張りながら、ローマ名物の料理の感想を語らずにはいられない。


「ペコリーノ、美味しかったよね」

「日本のカルボナーラと全然違いますね。なんだろう、クリームパスタなのに重く感じなかったし、パスタもスパゲッティじゃないですよね」

「これね、ブカティーニだよ。メニューにブカティーニ・アッラ・カルボナーラって書いてあったから」

「ブカティーニ?」

「穴の開いたパスタなの。分かり易く言うと、見た目はスパゲティみたいなんだけど、水道管みたいにね、中心が円形の空洞だから濃厚なソースがよく絡むようになってるの」

「へぇ、そんなパスタがあるんですね。初めて知りました」

「色んなパスタがその地方ごとにあるもんね。それより私たち、相当お腹が空いてたんだね」

「あはは。そうかもしれないっすね。いっぱい食べましたね。カルチョーフィもこんな食べ方初めてっすよ。パスタと一緒に炒めたのは知ってたけど、揚げたカルチョーフィも美味かったなぁ」

「イタリアの揚げ物はオリーブオイルで揚げるからなのかなぁ。カラッとパリパリした食感がたまらないよね。美味しかったぁ。カルチョーフィは春のお野菜だから食べられてよかった。イタリアって旬の食材って季節がズレるとメニューから消えちゃうもんね」

「本当に。イタリアは旬を大切にしてますよね」

「うん。日本と一緒だね。だからかな、イタリア料理嫌いな日本人と会ったことない」

「そうですよね。後、辛口スプマンテも適当に選んだ割に相性抜群じゃなかったですか」

「流石、料理人が選んだだけあるね。ありがとう、健人」

「からかわないでくださいよ。いいお店に連れてきてくれたの、彩菜さんじゃないですか」

「私たち、お互い褒め合って変じゃない?」

「変ですね」

「やっぱり、イタリア料理は最強ってことだね」

「僕はもうすっかり家庭の味、ってか作れるのはイタリアンだけだし。トスカーナ以外のイタリアンも美味しかった」

「よかった。よかった」

と二人で満足気に微笑んでいたら食後のカフェが運ばれてきた。私が砂糖を入れカフェに口をつけると、健人がバッグからガサガサ何やら取り出しテーブルに置いた。


「彩菜さん、もしよかったら一緒に帰国しませんか?来週月曜の便なんですけど」

そう告げ封筒の中から日本への帰国便の航空券を差し出された。

「来週?えっ。ちょっと待って。もう航空券まで買っちゃったの?」

突然渡された帰国便のチケットにただただ驚いてしまった。お互いようやく帰国する意思が固まったのは認めるけれど、まさかこんな急展開で帰国するとは想像してなかった。

「はい。もう迷いたくなかったんで勢いで準備しちゃいました。驚かせてすいません」

「ううん。ついさっき、今朝カイロからローマに到着したばかりで、次は日本って。ごめんね。ちょっとこのスピードについていけてないだけ。だってまだフィレンツェにも戻ってもないのに。そうだよね、それくらいの勢いが必要なのかもしれないね」

「急かせてすいません。フェデリカと話した直後に航空券チェックしてたら丁度いいのがあって、この流れで帰国しようと。この旅行はプレゼントするって彩菜さんが譲らないから、この帰国便は僕からのお返しです。受け取ってください」

「ありがとう、健人。でも受け取れないよ。逆に申し訳ないっていうか」

「とんでもない。彩菜さんに出逢えたからやっと帰国しようと思えたし。事故のこともフェデリカのことも今回初めてひとに話せました。ようやく重たい一歩を踏み出そうって決心できたんです。彩菜さんには感謝してます。だからって無理強いするつもりはないんで。どうするかは彩菜さんが決めてください」

「健人。逆にごめんね」

「どうして謝るんですか?」

「健人は本当に日本に帰ってもいいの?無理してない?」

「彩菜さん、今更何言い出すんですか?確かに彩菜さんにかなり感化されましたけど、決めたのは僕です。もうこれ以上逃げません。不安が無いわけじゃないし、正直、不安だらけです。だけどいつか終わらせなきゃいけなかったのは分かってたから。きっかけが欲しかったのかもしれません。彩菜さんが勇気をくれました。だから帰国してゼロから、もしかしたらマイナスかもしれないけど、日本でやり直します。もうこんなに傷だらけだし。ここから離れます」

「そっか。健人の決心は固いんだね。それならよかった。良かったね、健人」

「ありがとうございます。僕、エジプトで日本語漬けになってたら、急に日本が恋しくなってきました。彩菜さんと会うまで日本語ほとんど使ってなかったくせに」

「あはは。今更ホームシックなの?とっても短い時間だったけど、千恵子さんと三人で楽しかったね。健人、付き合ってくれてありがとう」

「僕の方こそ、ピラミッド感動しました。コロッセオもカルボナーラも大満足です」

「エジプトらしいもの何もなくてごめんね。わたし、ちょっと変だったよね」

「いや全然。千恵子さんに貰ったお茶、調べたらエジプト土産に載ってて、クレオパトラも飲んでたらしいですよ。エジプトらしいものちゃんと僕たち、飲みましたよ」

「そっかぁ。綺麗なルビー色して本当に美味しかった。千恵子さんから頂けて、一口飲んだら生き返ったように身体がポカポカしてきて、有難かった」

「全部いい思い出になりますね」

「もちろん。いつかきっと全部笑い話になる日が必ず来る」

「笑うしかないですよ。だってエジプトをゼロ泊で行く日本人なんていないですよ」

「こんな新婚旅行なんて、絶対嫌。有り得ないよね」

「彩菜さん、ちゃんと聞いてたんですか。僕、内心ひやひやしてたんですから」

「あはは。千恵子さん、個性的だったね」

「明るくて、親切でいい方でしたね」

「気持ちいいくらいの勘違いが逆に清々しくて。異国の地で逞しく生活されてるんだなって感じた」

「異国の地で生活するって全然お洒落じゃなくて、外国人としてその国にいるって結構、闘いでもあるから強くならざるを得ない部分もありますよ。それもこれも全部いい思い出ですね」

「すべてイタリアでのいい思い出の一ページだね。いい思い出つくったら帰らなきゃね。わたしも一緒に帰る。帰りを急ぐのはわたしの方だし」

「エジプトでパスポートのスタンプ貰った意味なくなっちゃうけど」

「それもそうだけど、まぁ、それはそれとして。ありがとう、健人。私もここでやらなきゃいけないこと、サッサと取り掛かるね」

「彩菜さんは大丈夫ですよ。僕みたいに青あざつくることはないと思うんで」

「あはは。そうだね」

「彩菜さん笑い過ぎですから。僕ホント、マジで痛いの、我慢してるんですから」


 ほろ酔い気分からか、久しぶりに、思いっきり心から笑えた感覚を嬉しく思った。これでやっと、ほんとうに還れる。



読んでくださり、ありがとうございました。わたしが好きな国、イタリアを舞台に選んだ。わたしが生きていてもいいと気づけた街だったから。人生には自分ではどうにもならないことが、否応なく訪れる。そんな時、あまりその出来事にネガティブな意味をつけても、辛くなるのは誰でもない自分だ。いいことも悪いこともすべての出来事の意味づけは自分で決めている。そんな事に気づけたら、少しだけ生きていくのが楽になるんじゃないかな、と思った。「大丈夫、すべてはうまくいっている!」全くそう思えない日でもそう思って生きてける強さを持てたらと思って描いた作品。

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