↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒曜の髪 蒼玉の瞳 ~輪廻の先で出会った君を救うため、僕はこの世界で生きると決めた~ 転生医師の異世界奮闘記  作者: 神崎水花
第一章 転生で初めて人の温もりを知る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/100

第5話 魔人、そして希望の光

「アンリエッタさん、この字はなんて読むのかな?」

 僕は机の上に広げた本の、ある文字を指さし示す。


「お姉さまにおまかせあれ」

 彼女は少しおどけたように微笑むと、そっと僕の隣に寄り添う。いつものように髪をかきあげながら本を覗き込むと、普段はきっちり纏められている黒髪が、その仕草で、一筋、二筋と、パラリと零れ落ちた。その様子があまりにも美しくて、思わず言葉を失ってしまう。


「歴史書をお読みなのですね」

「う……うん」

 質問した側であるはずの僕の反応の悪さに、少しだけ怪訝な表情を浮かべながらも、優しく教えてくれるアンリエッタさん。

「これは、『魔人』と読むのですよ」

「魔人!?」

 え? いま魔人って言いましたか? 黒髪の素敵なお姉たま。


 思わず聞き返したくなるような、衝撃的なお言葉。

 驚きのあまり、勢いよく彼女の方へ顔を向けると、想像以上にお互いの顔が近くてまたまたビックリ。不意打ちのドアップは心臓に悪くてよ。アンリエッタさん。

 パラリからの連続コンボは最高でしたわ。ええ。


 それにしても魔人かぁ……驚いたな。何とも強そうで悪そうなネーミングじゃないか。そんな奴本当にいるのかな? いたとしたら怖すぎでしょうが、異世界さんよ。

 おっと、こ(・)こ(・)に(・)女(・)神(・)様(・)がおわすのだから、魔人がいてもしょうがないかもね~。くふふ。

 

「……ぼっちゃま?」

 アンリエッタさんが不思議そうに僕を見つめているけど、吐息がかかりそうな距離にドギマギする。さっきから近いんだってば。

「空気が美味しい気がする」

「へ?」

 連続コンボにやられっ放しの僕の思考は、もう完全に湯だってしまい、纏まることがなければ最早締めようもない。緩みっぱなしなのであーる。アンリエッタさんが変顔できょとんとしていたけど無視、異世界『初』無視よ。


 平静を装いながら、精一杯の質問を絞り出すと、残りかすのように言葉が出た。

「その……魔人って、本当にいるのかな?」

「どうでしょう、大昔は有名な魔人がいたそうですが、近頃はとんと聞きませんね。それよりも……」

 アンリエッタさんはそこで言葉を区切ると、悪戯っぽい表情を浮かべて続ける。

「魔人なんて怖い存在、ぼっちゃまには知って欲しくありませんでした……」

 

 ……いや、表情がもうね、どう考えてもビッグ釣り針なんよ。

 だけど、それはそれは美しい釣り針なんよ!

 ええい、釣られるしかないじゃないか。


「どうして? 知ってはいけないことなの?」

 僕の反応を確認したアンリエッタさんは、耳元に薄く艶やかな唇をそっと寄せると、まるで二人だけの秘密の話をするように、小さな声で囁いた。


「だって、夜中におトイレへ行けなくなってしまうでしょう? うふふ」

 あ、やられた!?

 くぅぅ、彼女の方が一枚も二枚も上手だった。

 中身は三十代なんだよ? そんな訳ないのに!

 言えないもどかしさが辛いし、何だか腹立つぅ。


「アンリエッタさん! からかって!」

「からかってなんて、いませ〜ん」

 アンリエッタさんはそう言うと、とても楽しそうに笑うのだった。

 

「そうそう、夜中に起こしてくれても構いませんからね?」

 去り際に放たれる彼女の追撃に、僕はツーンと横を向く。

 この人生で二度目の無視を、黒髪の妖精さんにお見舞いしてやった。


 ◇ ◇ ◇


 ある昼下がり、僕とアンリエッタさんは、庭の中ほどにある大きな石へ腰掛けた。

 手入れの行き届いた庭は、初夏の柔らかな日差しを浴びて、様々な緑が鮮やかに輝いている。


「ぼっちゃま、では始めますね」

 アンリエッタさんが、静かに口を開く。

「お願いします」

 少し緊張しながらそれに答えると、僕の返事を待っていたかのように、彼女はそっと右手を前に差し出す。そして、静かに何かを唱え始めた。

 

「小さき炎よ、我が指先に宿りて光を放て【ルイン(灯火)】」

 次の瞬間、アンリエッタさんの長く美しい指先に、小さくも明るい炎がポッと現れる。まるで、大きな蝋燭の灯火のように穏やかで、温かい光が。


 その炎は、周囲の緑を背景に、ひときわ鮮やかに揺らめいていた。

 いつか見た、あの不思議な光景。

 映画やゲームでしか見たことのない魔法が今、現実に目の前で再現されている。


 震える声で尋ねずにはいられない。

「やっぱ凄いや、これが魔法なんだよね?」

 アンリエッタさんは、優しく微笑んで頷いた。

「はい、魔法です。以前お教えすると約束しましたよね」

「覚えてくれてたんだね」

「当然です」

「僕にも使えるかな?」

 期待と不安が入り混じった声で彼女に尋ねると、アンリエッタさんは少しはにかんだ面持ちで、

「ぼっちゃまなら大丈夫かと。なぜか、そんな気がするのです」

 と、今日も当然のように僕を肯定してくれる。

 

 ただ肯定される。

 たったこれだけのことが、どうしようもなく嬉しい。

 前世の親父は否定するばかりだったから……。


 彼女の優しさに感謝する心と、女神が降臨したかのような美しさを持つ彼女への憧憬(しょうけい)。そこに『魔法があるなんて信じられない』という驚きに不安。

 欲が深いのか、そこに『もしかしたら自分も?』という期待までもが合わさってしまって、様々な感情が胸の中で渦巻き、どうにかなってしまいそう。


「魔法を使うには、まず、自分の体の中にある『魔力』を感じる必要があります」

 アンリエッタさんはふわりと立ち上がり、静かに僕の正面で膝をついた。木漏れ日が、彼女の黒髪をキラキラと輝かせている。そんな中、まるで壊れ物に触れるように、そっと静かに僕の胸に手を当てた。

「えっ?」

「いまから魔力を流してみますね。何か温かいものを感じたら、それが『魔力』です」

 アンリエッタさんの少し冷たい指先が、薄い服越しに僕の胸に触れる。その瞬間、心臓がドキリと大きな音を立ててしまった。彼女に、もし聞かれていたら? と思うと何だか耳が熱くなる。


 ほんの僅か、お互い何も発さない時が続いた。

 短くも長い長いひと時。

 美しい女性が凛とした面持ちで目を閉じて、自分の胸に手を当てている。

 そんな静寂を、とても神聖な時間なのでは? と錯覚すらしてしまいそうな刻を打ち払うのは、僕の一言が切っ掛けだった。


「ごめんなさい。何も、感じない……かも」

 僕は、正直に答える。

 彼女に応えられない自分が何とも不甲斐なく、情けない。


 閉じられていた長い睫毛が震え、瞼がゆっくりと持ち上がる。深い輝きを放つ蒼玉の瞳が穏やかに僕を見つめていた。

「魔封じのせいで、私(わたくし)がぼっちゃまに送れる魔力は少ないですから。わかり辛いのは仕方がないかと。ぼっちゃまのせいではありません。大丈夫ですよ」

 そう言い終えると彼女は、今度は両の手で僕の胸に触れる。

 まるで、宝物に触れるかのように。そっと、優しく。


 確かに、アンリエッタさんの手の平から、僕の胸の奥へと、じんわりとした熱が伝わってくるような……? まるで小さな太陽が、胸の中で僅かに燃えているかの如く不思議な感覚がやってくる。

「……なんとなく、わかる、かも」

「本当ですか? それが魔力です。しばらく送り続けますから、その感覚をしっかりと覚えてくださいね」

 

 いつも素敵な振る舞いの女性が、懸命に魔力を送ってくれていた。

 前世なら、誰もが羨むような見目麗しい貴女が、地に膝を付いて。

 そんな彼女の首筋を汗が伝う。

 風に流された艶やか黒髪は、パラパラと僕の周りではためいて、共に流れてきたであろう花の香りが僕の鼻腔をくすぐる。


 僕はこの光景を、生涯忘れることは無いだろう。

 彼女の献身を、温もりを、優しさを──。

 

「──ふぅ、少しでも魔力の感覚を掴めたならよいのですが……」

 アンリエッタさんは僕の胸からそっと手を離すと、少し疲れた様子で言の葉を吐いた。ゆっくりと再び僕の隣へ腰を下ろすと、指先に小さな炎を灯す。

「体の中にある魔力を指先に集中させて、炎の形や大きさを、具体的にイメージするのです。詠唱はその手助けにもなります。さあぼっちゃまも、やってみてください」

 

 くっ、うぐぐぐぐ、上手くいかない。

 たかだか小さな炎一つが、灯せない。

 気合の入れ方が空回りしている。力の入れ方が違う。そんな感じがしてしまう。

「だめだ、できないよ」

 思わず弱音を吐いた。


「最初は目を閉じた方が、イメージしやすいかもしれません」

 彼女のひんやりとした手のひらが、僕の視界を塞ぐ。

「わかった」

 言われた通りに目を閉じた。

 

 あの時、胸の奥に感じたアンリエッタさんの魔力を、小さな煌めきを。

 今は拡散して消えてしまった、彼女の温もりを探すんだ。

 こと彼女が残してくれたモノを探す一点において、自分より上手い奴は存在しないだろう。なぜか絶対的な自信があった。

 そして集めて、灯すイメージを思い描くんだ。


「小さき炎よ、我が指先に宿りて光を放て【ルイン(灯火)】」

 ……何だか、目蓋越しにほんのり明るい気がするし、なんなら指も少し暖かい。

 恐る恐る目を開けると、僕の人差し指の先には、小さな初めての炎が頼りなげに揺らめいていた。


「すごーい、 ぼっちゃま成功です!」

 アンリエッタさんが、まるで自分のことのように喜んでくれている。

「ああっ、でも、すぐ消えちゃう……」

 彼女の残滓(ざんし)を追い求めるように探して灯した炎は、ほんの一瞬で消えてしまった。


「最初は誰だってそんなものです。むしろ、教わった日に成功するなんて凄いんだから! きっとすぐに上達しますよ」

(魔力を送り続けても底が見えないような、人族らしからぬ魔力の器だった気がするのだけど、気のせいかしら……。首元に嵌めたコレのせいで魔力を一気に送ることができないから、感覚が狂ってしまっているのかもね……)

 

「本当に?」

「ええ、本当です。さあ、もう一度やってみましょう」

 それから日が暮れるまで、何度も何度も魔法の練習を繰り返す。

 アンリエッタさんは根気強く、丁寧に魔法の基礎を教えてくれた。

「慣れてきたら炎を大きくしたり、小さくしたりと、形を変えてみてください。同時に何個か灯すのも良いですよ」

「うん、頑張って続けてみるね」

 

「ぼっちゃま、今日はもう終わりにしましょう。とても、お上手でしたよ」

 夕焼け空の下、アンリエッタさんが慈愛溢れる笑顔で僕の頭を撫でてくれた。

 何だか恥ずかしい台詞とともに……。そんな、僕なんて……。


「ありがとうアンリエッタさん。……もっと練習して必ず上手くなるからね」

 ま、ま魔法のことだからな! ええい。

「ええ、楽しみにしています」


 その日の夜から、僕はベッドの中で、何度も魔法の練習を始めることとなる。

 間違えて家を燃やさないよう、極限まで小さくした炎でね。

 指先に灯るとても小さな炎は、まるで希望の光のように、僕の心を温かく照らしてくれた。


 僕も、魔法使いになれるかもしれない。いいやそれ以上に、彼女の期待に応えられることが嬉しいのかもしれない。

 そんな想いを胸に、僕は深い眠りにつくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
歳を経ると誰しも子供の頃の純真な心を忘れ、賢しくなって行くものかと思います。フェリクス君もおじさんなので同じかと思いますが、アンリエッタさんの存在が子供の純真な心を思い出させているのだと感じました。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。