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黒曜の髪 蒼玉の瞳 ~輪廻の先で出会った君を救うため、僕はこの世界で生きると決めた~ 転生医師の異世界奮闘記  作者: 神崎水花
第一章 転生で初めて人の温もりを知る

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第2話 ボクちゃん

 鏡を見た瞬間、思わず息を飲んでしまう。

 そこに映るは、見慣れない金髪碧眼(へきがん)の美少年だったから。あまりに整ったその顔立ちはどこか現実離れしていて、映像かと疑ってしまったほど。


 試しに、その表面をそっと指でなぞってみる。指には、ひんやりとした硬い感触。見れば縁には細かな植物模様の彫金が施されていて、どう見ても質の良い鏡にしか見えなかった……。

 それにしても、この鏡に映る少年は──可愛らしい美男子(ボクちゃん)という言葉がまさにぴったり。 試しに自分の頬に触れてみると、指先に伝わるのは瑞々しいほどの弾力で、疲れ切った三十代の肌とは、明らかに違う感触だった。


「これが、俺……? 一体どういうこと、だ……?」

 訳のわからなさに頭が混乱し、眩暈すら覚える。

 そのうえ鏡の中の可愛らしい自分の姿は、妙に心までも落ち着かなくさせる。

 胸のざわつきが収まらない。ええい、パニックに陥っている場合ではない。


「いや、待てよ。まさか……」

 男性として最も重要な……アイツの安否が気になった。

 もし、アイツを失ったら俺は、どうすればいい?


 ……いや、それはないさ。

 前世では結局、一度もその真価を発揮する機会に恵まれなかった相棒に、今世では最初から存在すら許さないなんて、そんな悲劇があっていいはずがない! 神がいるなら、そんな無慈悲な仕打ちは絶対にしない。

 それでもするというのなら、俺は本気で神をも呪う。


「ええい、ままよ!」

 ──覚悟を決め、そっとズボンのベルトに手を伸ばす。

 おもむろにズボンを下ろすと、細くて長い息を吐いた。

 あぁそうだよ、見るのが怖いんだ……。悪いかよ。泣くぞ?

 

 下着を下ろしたままの、情けない姿でいる訳にもいかず、意を決して視線を下ろすと(ゴクリ)……そこには確かに相棒がいたよ。随分と小さくなって、頼りない姿に変わり果てた姿のアイツが、所在なさげに鎮座してたさ。チンなだけに……って?

 そも、この体は子供なのだから当然か、と自分に言い聞かせはするも、変わり果てた姿にしばし言葉を失ってしまう。

 

 それよりもこれからだ、これからどうする。

 相棒はそのうち成長するから、この際どうでもいいとして……。

 出来れば元の世界に帰りたいけど、戻る方法なんてあるの、か?

 その扉を開けたら元の世界でした。そんなこと、ある訳がないとわかってはいても、ほんの少しだけ、淡い期待と共にその扉を開けてみる。


 くっ、取っ手がやけに高い。

 はぁ。やはり今の俺は……子供なんだな。

 ガチャ、ギギィ──。

 重い木の扉が軋む音を立てて開く。恐る恐る扉の隙間から様子を窺うと、部屋と同じような古い洋風造りの廊下が広がっていた。壁には等間隔に燭台が掛けられているが、今は火が灯されていない。先ほどの部屋もそうだけど、現代にしては妙に作りが古めかしい。良く言えばアンティークな造りに一抹の不安を覚えてしまう。


 やはり通じていなかったか……。残念すぎる結果に大きく肩を落として、斜めに差し込んだ光が床に格子模様を描く廊下をとぼとぼと歩く。するとコツ、コツと小さな足音が近づいてきた。

「ぼっちゃま、どうされましたか?」

 声をかけられ、思わずドキリとした。

 そりゃそうか、記憶喪失? の子供が一人で歩けばこうなるよな。

「まだ無理はせず、お休みになられませんと」

 心配そうな表情で近づいてくるメイドさんに、元の世界に戻る方法を探してたと言えない俺は、こう答えるのが精一杯。

「何もかも覚えていないんだ、だから冒険してたんだ」

「──まぁ、では(わたくし)がご案内して差し上げましょう。小さな勇者様」

 そんな自分に、憐れむでもなく、ただ悪戯っぽく笑うメイドのお姉さん。

 

 あれ? このメイドさんって、さっきの女性だよね?

 こんなにも綺麗な人だったのか……それに、なんて素敵な振る舞いだろう。この美しくも素晴らしい対応の女性が俄然気になってしまい、心がギュンギュンと弾みだす。そう、こういう人と仲良くなりたかったんだよ。


 このお姉さんは名を何というのだろう、知りたい!

 俺のスペシャルな好奇心が、俺史上初めて火を噴いた。


「お姉さん、お名前を教えていただけませんか?」

「わたくしですか?」

「ええ」

(わたくし)はアンリエッタと申します。以後よろしくおねがいしますね」

 名乗りを終えると、彼女はまたニコリと微笑む。

『本当は知ってるくせに』と思われても仕方がない状況で、医者が言った言葉(記憶喪失)を信じてか、ちゃんと名乗ってくれるんだぜ? 素敵がすぎるってもんよっ。

 

 それからは、アンリエッタさんと二人で館を隅々まで探検したね。食堂には、使い込まれて艶の出た大きなテーブルと、揃いの頑丈そうな椅子が並び、すぐ隣の居間の壁にはなんと煉瓦(れんが)で組まれた立派な暖炉が! 深緑色のベルベット生地で覆われた、体が沈み込むほどふかふかなソファがとても気持ちよさそう。

 手洗い(トイレ)を含めた、ひとまず生活に必要な場所も、併せて知ることができ一安心。


「このお部屋は書斎でございます。ご主人様が在宅の時は、ここでよくお仕事や調べものをなされてますよ」

 扉を少しだけ開けて、中を覗かせてくれる彼女。一際目を引く大きな棚には、よく整理された書類のようなものと、革で装丁された重厚な本が数冊並んでいる。奥の大きな机の上にはインク壺と羽ペンが見えた。

 ふぅ。どうやら先ほどの男性はいないようで、ちょっと一安心。

 

 しかし、暖炉に羽ペンか……。本の革装丁や箔押しも気になる。それに、どうやら電気も無さそうだぞ? 文明レベルは中世あたりといったところか……。


「へぇ、なんだか難しそうな本が並んでるね」

「旦那様が大切にされている本ばかりです」

 アンリエッタさんは、優しく微笑みながらそう言った。


「アンリエッタさん、色々とありがとう」

「どういたしまして。冒険したくなったら、またお誘いくださいね。(わたくし)も、またご一緒できるのを楽しみにしています」

 こんなにも綺麗で優しくて、受け答えまでも素晴らしいお姉さんと別れるのは名残(なごり)惜しいけど……よくよく考えると、彼女はこの館で働いていたはず。なんだ、またすぐに会えるじゃないか。


 部屋に戻ってベッドで横になった俺は、改めて先ほどの探検に思いを馳せた。

 初めて彼女を見た時は、訳の分からない状況に気が動転してしまい気づかなかったけど、落ち着いた今ならわかる。アンリエッタさんは美しかった。なんと説明すればいい? 彼女は、俺と同じ人間とは思えないほど美しいんだよ。わかる? あんな綺麗な人は大学や職場にも誰一人としていなかった。


 黒く輝く、艶やかな長髪はまるで黒曜石(こくようせき)のようで、その奥に蒼く輝く瞳は、サファイアを連想させるほど美しく(きら)めく。肌は雪のように白くて、触れると溶けてしまいそうだった。ぷっ、まるで売れない小説家みたいだな。

  

 あれ? ちょっと待てよ。

 そういえば……耳が、尖っていたような……?

 アニメ好きの同僚が熱く、いや、うざったいほど語っていたのを思い出す……。彼女のように美しくて、耳が尖ってる人を表す言葉があったはずなんだ。エ、エ、エロフ? こんなにも人に言い辛いネーミングだったか? 何かが違う気がする。

 駄目だ、思い出せない。まぁいいか、いずれ本人に直接聞けばわかることさ。


 とりあえずだ、異世界転生なぞありえん! 今すぐ帰せ! と思っていたけど、アンリエッタさんに免じて少し猶予(ゆうよ)してやる。


 さて、今すぐ元の世界に戻る方法がないのであれば、方法が見つかるまで、この世界で生きていかねばならない。なぜか言葉だけは理解できるが、文字がさっぱりなのは非常にマズい。


 転生って、もっと何かこう、すごい恩恵とか能力を貰えるのではないのか?

 疑問に思った俺は、シュッシュッとボクサーのように、空に拳を放ってみたけど普通に子供のそれだった。正真正銘のヘナヘナパンチ。


「うーん……」

 悩んだところで、このボクちゃんボディには強さの欠片もありはしないし、異世界お決まりの「ステータス」と呟いてみても、何の変化もない。それどころか、文字の読み書きすらできないときたもんだ。ただでうまい話などないのは、どこの世界も同じ……か。

 

 能力云々より切実なのは、価値観や常識の欠落かもしれない。

 これらを理解していないのは非常に危険だ。元の世界でもあったろ? ヌード雑誌を持ち込んだら逮捕とか、酒を飲んだら死刑とか、未婚の女性とハグをして鞭打ち百回の刑を言い渡されたサッカー選手もいたはず。


 それらが悪いと言いたいのではなく、国や地域、そこで暮らす人々が変われば価値観や常識、社会通念に倫理観はそれこそ千差万別だ。

 元の世界では『親切』とされていた行為が、この世界では『迷惑』や『侮辱》』にあたる可能性だってある訳で……。

 

 ああ、ややこしい。

 そんなことをグルグルと考えていたら、なんだか眠くなってきたよ。

 ボクちゃんボディのせいかな?

 今日はもう寝よう。おやすみ、アンリエッタさん……。


 厚いカーテンが引かれた窓の外からは時折、風の音か、あるいは遠くで何かの鳴く声が聞こえる。ふかふかのベッドに身を沈め、彼女との探検を思い浮かべながら、次第に重くなる瞼に身を任せた。

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― 新着の感想 ―
仔細なアンリエッタさんの描写によって、この先の物語の中のアンリエッタさん像が脳内にインプットされました。美しい!! しかも、アンリエッタさんの優しさや聡明さが伝わってくるしーんがちらばめられて… 鼻…
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