魔女の忘備録 ~懺悔の魔女~
今回は本当にシリーズ物です。(前回誤って短編作品を違う設定で出してしまった)
一本一本はあまり長くないですがぼちぼちと更新していきます。
特に終わりは決めてないので作品群として大掛かりになるかもしれません。
ー 主に問う、 私の罪は、 許されざるものなのでしょうか。
聖白百合教会は異端とされてきた。しかし、異端者は無垢なる娘と十年の神への祈りによって、後に異端の魔女と呼ばれる兵器を生み出した。全ては”異端者”と呼んできた人間への報復を果たすため、現代最悪とされる宗教戦争の白百合戦争を引き起こした。
これより、記録されるものは異端の魔女、通称:懺悔の魔女の物とされる日記及び、懺悔の魔女と接触した人間への聞き取り。そして、聖白百合教会で当該魔女の育成をしたとみられる人物の遺書である。
白百合戦争最前線配属兵士への聞き取り記録:2008年9月19日記録
「……それで、一体どんな風貌をしていたのでしょうか? 懺悔の魔女は」
「それをいきなり聞くかい…… あんまり思い出したくもないんだけどな、いいぜ、懺悔の魔女の見た目だろ? 筆舌に尽くしがたいほど綺麗だよ。うちの嫁さんより綺麗だった。白い肌は大理石みたいでよ、髪は絹を思わせるようなものだった。声もよ、セイレーンって怪物知ってるか? もしセイレーンが居たらこんな声だと思うほど美しくて恐ろしさを含んだ声色なんだよ」
「それほど美しいのですか、てっきりもっと恐ろしい者かと思っていましたが」
「恐ろしいには恐ろしいぜ、俺と生き延びたジャップが前線で銃を持ちながら鬼女だと言ってたんだが、帰って調べてみりゃ、美しくて恐ろしい女性をそう言うんだそうだな。正しくぴったりな表現だと思ったぜ」
「何がそれほどまでに恐ろしいのですか。すみません、戦争に行ってないものなので」
「ああ、そうか実際にあの場所にいない奴には分からないだろう、あの魔女の恐ろしさは特定の条件で全ての物理現象をもへし曲げる奇跡を起こせることだな。魔女が起こした奇跡だけで最前線の兵力の四割が削られている。魔女の二丁の機関銃も随分イカれてたけどな」
「奇跡を起こすための特定の条件? 一体どんなものなのですか」
「俺たちも、完全に分かっている訳じゃないが、最前線に居た兵士なら恐らく、皆同じ答えになるだろう。魔女の祈りが、懺悔をして赦しを乞うような祈りが行われた後に必ず奇跡が起きていたんだ」
「祈りがトリガー? それじゃあ、まるで……」
「……イエスみたいだな 生まれ変わりなのかもしれないな」
「こちらは悪魔だと聖白百合教会は揶揄したみたいですね」
「案外そうかもな、俺らなんて、日常で平和を望みながら戦争で表情一つさえ変えずに人を殺せてしまうんだからな。……すまない、そろそろ薬の時間だ。情けない話だが、浮気した嫁さんよりもトラウマになっちまった」
約一時間にわたる面接、まともに会話が出来る魔女と接触した人間はいないだろう。ほとんどは戦争で命を落とし、終戦後に自殺したという。また、生きている人でも廃人になってしまった人が主だそうだ。
聖白百合教会教育幹部の遺書
これが誰かの手に渡り、誰かの目に留まっている時、私は既に眉間を弾丸で貫いていることでしょう。ですが、そんな事は些細なものに過ぎません。最も私がこの文章で伝えたいことは私が犯した罪のこと、特に、懺悔の魔女。彼女には悔いて悔やみきれないほど申し訳の無いことをしてしまった。彼女は我々の教会の敬虔なシスターでした。教祖様があのおぞましい計画を見せるまでは。教祖様の計画とは信心深いシスターを神への贄として捧げ、異形の最強の兵士を作り出すことでした。私はもちろん断ろうとしました。ですが、彼が「君が引き受けないなら、私が一人ずつ試すしかないようだ」と確かにそう言ったのです。恐怖しました。たまたま一人目で兵士が作れたなら、まだいい。それが数十、数百と試行回数を重ねようものならどれほどの犠牲を払わなければならないのか。主は決してそんなことは望んでいないはずだ。だから、私は引き受けました。犠牲者を最大限まで減らすために。私が選んだのはメアリーでした。彼女は戦争孤児として我々の教会で拾われ、シスターとして立派に成長していました。齢二十にも満たない子に重荷を課すか、犠牲者を出すだけ出すか。私は二択を迫られた。それほどまでメアリーの信心深さは尋常ではなかった。彼女は主であればどんな奇跡すらも起こしてみせると思っていたようだ。彼女を”魔女”に仕立て上げるまでの教育期間でその事を知った。そして、無事に彼女は魔女として成った。
ただ一つ、私が失念していたことは彼女が極度の戦争嫌いであったことであった。彼女自身、出自は知っていたので何ら不思議なことは無いが、この計画においての最たる不純物であったと言えるだろう。彼女の信じた主の奇跡は、皮肉なことに戦争に駆り出された者の士気を高めるようなものであったことは彼女が可哀想で仕方ないと思っている。純真無垢な彼女を兵器にしてしまったことだけが私の唯一の禍根である。
聖女の日記
ーーーーこんなことなら私は、神様なんて信じなければよかった。
ーーーー無力さを知った。人を殺すことを知った。世界は灰色だった。
ーーーー私はきっと誰にも許してもらうことは無い。
ーーーー私の祈りはこんな私を信じて着いてきてくれた彼等への祈りだ。
ーーーー今日も私は奇跡を起こす。私が現世の神に取って代わる者になるために。
「魔女の備忘録 第2頁~第27頁」より