090 TEAPOT (なぞなぞ:Tから始まりTで終わり、中身にTが入っているもの)
カーネリアの玉座には、今やアーディナが座している。
苛烈さと慈愛を併せもつ新女王の治世は、不思議と人を惹き寄せた。
ゼルキオンはその傍らにあり、王配として影の杖を担っている。
そして、ソルディアは植生の研究に勤しんでいた。表舞台の栄光より、姉の歩む未来の方が彼にとっては大事だったのだ。
フェルギスでは、ロシュディの治世が黄金期を築いていた。
神獣の加護も、臣下の献身もある。
だが、臣下の誰も知らない秘密がひとつだけある。
──彼には、必ず年に数度だけ赴くお気に入りの場所があるのだ。
エミールの温泉宿は、もはや辺境の一旅籠ではなく、大陸で名を知らぬ者の方が少ない観光地となっていた。
看板娘は、相変わらず妙に元気な若手の魔女である。
オレリアスは常連客となり、宿の一角を私物化しつつあった。
誰も咎めない。本人が楽しそうだからだ。
ルクスは毎週のように通っては、エミールを相手に魔道具談義という名の長話をふっかけ、宿の者にほどよく煙たがられていた。
そしてユウは──テンシアの冒険者ギルドに登録している薬師として街と高地を行き来していた。高地ではエミールの片腕として、主に厨房を切り盛りしている。
今日は、川向こうの斜面で薬草を摘んでいた。
髪は心持ち長くなり、その分だけ大人びた影が顔に差し、それでもどこか呑気な笑みを浮かべている。
「今日は何作ろっかな。毛生え薬ってまだだよね。まつげだけ伸ばす薬とか……需要、あるよね?」
独り言は相変わらず。
摘んだ薬草が籠の中で少しだけ香りを立てる。
日が傾き、草地にも長い影が伸びた。
そろそろ客達に夕食の準備を、などと思いながら、今は温泉宿となった小屋へ戻る。
扉の前に、人影がひとつ。
いや、もう見慣れ過ぎた姿だった。
「あ、ロシュディさん! 今回はどのくらいの滞在です?」
「三日」
「わ、けっこう長い」
「ああ。グレイドに無理を言った」
「グレイドさん禿げちゃうんじゃ……」
ロシュディは、ほんのわずかに目を伏せる。
高地の風が二人の間を通り抜け、山の夕暮れは、夜の帳の準備を始めていた。
踏みしめた土の匂い、遠く聞こえる温泉の蒸気の音。
高地の宿は今日も、息をしている。
魔女の営む小さな温泉宿には、今夜も確かに灯りがともっていた。
誰かが帰ってくる場所として。
誰かが戻って来られる場所として。
その灯りは、静かに揺れながら、世界の隅で、永く続いてゆく。
<完>
◇◇◇
これにて、本編完結とさせてください。
読んでくださった方、お付き合いありがとうございました!
そもそもタイトルにThroneを使いたくて、なんとなーくでプランTにしてしまって……各話のTから始まる英語縛りが本編よりきつかったです;;本編書いた後にめちゃくちゃ辞書見てる時間長かった。。




