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【完結済】異世界移住パッケージ~保証付きスローライフだと思っていたら拾った男が訳アリ王族でした  作者: 水月
移住編*エオルトリア高地の魔女

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9/90

009 TEA お茶,<スラング>秘密

 爽やかな香りがロシュディの意識を緩やかに覚醒させた。

 昨日、命からがら辿り着いたこの場所で、見慣れない女に出会ったこと、そして言葉を交わしたところで意識が途切れたことを、朧げに思い出す。


 全身を蝕んでいた痛みが薄れ、指先にじんわりと温かい血が巡る感覚があった。


 薄目を開けると、視界の端に女の姿が映る。

 昨日と同じ、向かいの椅子に座り、まだ薄闇が残る窓の外を眺めている。手元には、昨日彼が口にしたものと同じマグカップ。その佇まいは、ふと懐かしい絵画を思い起こさせた。


「あ……目、覚めた……覚めました?」


 女の優しい声が、耳に届くのと同時に、ロシュディは体の強張りが解けるのを感じた。


「ああ、世話になった」


 掠れた声で礼を述べると、女はくるりと顔を向け、その大きな瞳がロシュディを捉えた。


「身体大丈夫ですか? どこか痛いところは?」


 矢継ぎ早に心配する声に、ロシュディは小さく首を振る。


「いや、むしろ驚くほどに体が軽い。貴女の淹れてくれた茶の効能か?」


 ユウは困ったように眉を下げた。


「お茶って言える感じのものかは判りませんが、ソテリアっていう薬草です。鎮静効果と抗炎症作用があるらしくって……ダメ元というか、あ! 実験したわけではないですからね!」


  ロシュディは、慌てた様子の言葉に、僅かな違和感を覚えた。

 しかし、それを深く追求する余裕は、まだ彼の疲弊した体にはなかった。


 ユウは立ち上がると、台所から温かいスープの入った木のお椀を二つ運ぶ。


「よかったらどうぞ。調味料とかあんまりないので苦手だったら無理しないでくださいね」


 言いながら、ロシュディの目の前に置かれた椀からは、香ばしい香りが漂い、自然と彼に空腹を覚えさせた。疲弊した体に染み渡る優しい味が、胃を満たしていく。


「うまい」 素直な感想が口をついて出た。


「あの、もしよかったら、お名前聞いても?」


 そんな問いに、ロシュディは少し迷う。

 迂闊に自身の身分を明かすべきではない。しかし、救われた命でもある。完全に隠し通すのは、騎士としての矜持が許さなかった。


「――ロシュディだ」

「ロシュディさんですね。私はユウです。えっと、あなたはどこから?」


 真っ直ぐな瞳に、ロシュディは僅かに躊躇し、言葉を選ぶ。


「俺は、ここから南東にある、王都フェリアから来た――騎士だ」


「フェリア……? って遠いんですか? ごめんなさい、私、この小屋の付近の大雑把な地図しか見たことなくて」


 フェルギス王国領の辺境とはいえ、此処を住処とする人間が、王都を知らぬとは思えない


「この、高地――は、元より人里離れた場所だ。知らぬのも無理はないかも知れない」


 しかし、ロシュディが浮かばせた剣呑な空気をものともせず、ユウは納得したように頷いた。


「ところで、ロシュディさん」


 ユウは昨日、自分を認め呟かれた単語を、頭に思い浮かべる。


「聞き間違いじゃなければ……私のことを『マジョドノ』って言っていたかと思うんですけど……魔女ってあの魔女のことですか? 魔法使う感じの」


 ユウの言葉に、ロシュディは訝し気に眉を潜める。


「俺は……貴女が触れるだけで、炎を操った事を、見た。そして、この傷が、このような短期間で癒えることは、常人の手では不可能であろう」


  ロシュディは、ユウの右手が触れた竈の跡に視線を向け、昨日ユウが火を熾した時の光景を鮮明に思い出す。


  ユウは否定するように首を振る。


「えっと、それは、魔石っていう道具を使ったんですよ。ほら、これ」


 言いながら、気軽にポケットから取り出したモノにロシュディの視線が、釘付けになる。魔力を内包する魔石。 在りえないほどの大きさで、今迄目にしたこともないほどの魔力が練り上げられた紅色の球である。


「これを使って炎を想像したりすると、火が出るんです。でも、あれは魔女の力とかじゃなくて、たぶん……道具の力じゃないかなあと?」


 ユウは困ったように説明する。


「魔石を――使いこなすだと?」


 ロシュディの言葉に、ユウはあっけらかんと答える。


「火傷しないかヒヤヒヤしますけど……熱くないんですよこの炎」


 彼女は頑なに自分の力を否定する。魔女である事を認めない。

 それは彼にとって仇名す事なのか、覚醒して半刻もたたぬ彼にとって、判断するのは難しい。


「それに、私、ロシュディさんの怪我を癒したわけではなくって。応急処置っていえば良いんでしょうか……薬草を貼っただけですし」


 あくまで薬草の効能だと言い張る女に、額に手をやる。

 あれ程の深手を負った自分の身体が異常な速度で回復しているのを実感している、彼にとって、ユウの落とす言葉のひとつひとつが、魔女が自らの能力を隠すための常套句にしか聞こえない。


 ユウは、ロシュディの納得がいかないような表情を見て、話題を変えることにした。


「あの、ロシュディさん、どうして私が此処に住んでいるか、説明した方がいいですよね?」


  ロシュディは静かに頷いた。


 ユウは、自分が元の世界から突然この場所に飛ばされたこと、そして「異世界移住パッケージ」という謎のサービスによってこの家が与えられたことを語った。


「それで、この家には、生活に必要なものは一通り揃ってて。このファイルも、この家の備品リストなんですけど……」


 ユウは、テーブルの上の黒いファイルをロシュディに差し出す。


 またもや、女の説明に関して、半分も理解出来なかったが、とりあえず、ロシュディは黒い冊子を受け取り、中を捲った。

 そこに書かれている文字は、彼が知るどの国の文字とも異なっていた。

 まるで古代の秘術書に記されているような、複雑で不可解な文字の羅列。


「……これは、何だ?」


 ロシュディの問いに、ユウは困ったように眉根を下げる。


「えっと……さっき言ったプランTの説明とか、この家の備品リストとか……です」


「この文字は……俺には読めない。まるで古代文字のようだ」


 ユウは驚いたようにファイルとロシュディの顔を交互に見る。


「え、読めないんですか!? 」


 古からの秘術を操る魔女が、ロシュディ含む他者には読めない文字を操るのは、何ら不思議なことではない。

 なぜ、彼女は、自身が魔女であることを隠そうとしているのだろうか。


 エオルトリア高地には魔女の住処が有る。

 それはフェルギス王国民にとっては御伽噺でも何でもなく、常識なのだ。


 ロシュディはファイルを静かに閉じて卓に置いた。


「……分かった。貴女が、自らの出自を明かせぬ理由があるのだろう」


  ユウはぽかんとした表情でロシュディを見つめた。


「え、理由って……」


 ロシュディはユウの言葉を遮るように言った。


「俺も、全てを明かせるわけではない。この高地で、このような姿になった経緯も、今は話せない」


 ロシュディの言葉に、ユウは困惑する。

 自分は一応、この不可思議体験の顛末を全てを話したつもりだったが、彼はそうは受け取らなかったらしい。


「知らないことがあるならば、教えられる範囲で教えよう」


  ロシュディの提案に、ユウの目が輝いた。


「本当ですか!? ありがとうございます! あの、まず、ここは本当にエオルトリア高地なんですか?」


 ロシュディは首肯する。


「ああ。エオルトリア高地は、広大な山岳地帯だ。この場所は、フェルギス王国の最北東に位置する人里離れた場所。そして人が住める限界の地。この先の北部には、暗黒領域と呼ばれる不浄の地しかない」


  ユウは、植生辞典に書かれていた記述が正しかったことに安堵し、また、余り良い響きではない単語に眉を顰める。


「暗黒領域って……」

「詳細は知らぬが、太古の昔、呪いによって不浄の地と化したという噂だ。そこに住まうのは、異形の魔物のみと聞く」


 ロシュディの言葉に、ユウは背筋が凍るような思いがした。


「魔物、ですか……。昨日、黒い、鱗の、大きな生物が、ロシュディさんの上を飛んでいったんですけど……あれも魔物、ですか?」


 ユウの問いに、ロシュディの表情が一瞬硬くなる。


「……アレは似ているが非なる存在だ。この高地には、古くから多くの魔物が棲息している。それらは時に、人里にも降りてきて、被害を及ぼす」


 ユウは、昨日見た漆黒の巨大な生物の姿を思い出し、身震いした。

 あれが魔物だというのなら、ロシュディはその魔物と戦って、大怪我を負ったのだろうか。


「……他にも何か知りたいことはあるか?」


 ロシュディの問いに、ユウはハッと顔を上げた。


「えっと、この世界の常識とか、教えてほしいです!  私、ほんとに何も分からないので……」


「承知した。まずは、貴女がなぜその計画プランとやらを理由として、この地に留まっているのか聞かせてもらおうか」


 ユウは、自分が元の世界に戻る方法が見つかるまで、ここで生活するしかないと考えていること、そして『労働力で返す』というロシュディの申し出を受け入れた理由を正直に語った。


「力仕事……嫌いじゃないんですけど、やっぱり助けが欲しいときあって……牛の柵とか、庇とか、薪割りとか、ちょっと手伝ってほしいなって……」


 その言葉に、ロシュディは少しだけ意外そうな表情を見せたが、すぐに納得したように頷いた。


「俺の身が動かせるようになったら、すべて引き受けよう」


 二人の間に、奇妙な形の合意が成立した瞬間だった。


 ロシュディは、静かに目を閉じた。

 体はまだ本調子ではないが、此処での幾許かの休暇くらいは許されるだろうか。

 そんな自らへの問いが、彼の心に新たな迷いを呼ぶことを、彼はまだ知らなかった。


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