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【完結済】異世界移住パッケージ~保証付きスローライフだと思っていたら拾った男が訳アリ王族でした  作者: 水月A / miz
事端編*暁の境界

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88/90

088 TRADEMARK めじるし

 オレリアスの退位式が、近づいてきたと同時に、グレイド邸に居候を決め込んでいたエミールが、旅立つことを告げた。


「私は開店準備に出立するよ」

「温泉宿? 本気だったんですか?」

「のんびりとした余生を送るには、温泉が一番だろ。アレルギー用の素材も色々揃えられたしな。残りは採取」


 エミールは、新しく手に入れたらしい、魔導灯付き杖を北へ向ける。


「国境近くの北の高地に、そこそこ良い場所があるらしい」

「それって……」


 エミールは、唇を釣り上げて笑う。


 ルクスは、フェルギスの民として認定を受け、王立魔術研究所の嘱託研究員に就くことが決まった。

 身元引受人はリーグベルだった。


「僕、頑張ります!」

「ルクス、落ち着いてください」

 シェルダンが苦笑する。

「いやあエミール様の魔道具を研究できるこんな素晴らしい機会は――」

「あの方は、もう出発されましたよ」

「追いかけます! 休暇ごとに! なんせ信奉者なんで」

「それは、ご迷惑では……」


「それで、そっちの兄ちゃんはどうする?」


 リーグベルの問いにシェルダンは、懊悩を滲ませる。


「私は……カーネリアに戻るべきなのか、それともここに留まるべきなのか、悩ましいです……一番は、償いを。私が関わった研究が、多くの人を苦しめました」


「んー、なら、その償いができる場所に行けばいいんじゃねえの?」

 気軽にかけられた言葉に、シェルダンは瞠目しリーグベルを見つめ返し、それから研究所の室内をゆっくりと見渡した。

「償いができる場所……そうですね……許されるなら、カーネリアに戻ろうと思います。ゼルキオン様を手伝い、魔導院を改革するお手伝いをさせていただけるなら」


 一週間後に、オレリアスの退位式と新王の即位式が静かに執り行われた。

 招待客も居ない、簡素で、あくまでも儀礼的な式だ。

 式典が終わると、オレリアスは私服に着替え、小さな荷物を持って、商人用の通用門から王宮を出る。


「陛下……いえ、オレリアス様」

 グレイドが、感極まった声で呼びかけた。

「長い間、お疲れ様でした」


「お前には、世話になった。老いぼれの我儘を許せ」

「これから、どちらへ?」

「北だ」

 オレリアスは、雲行きの怪しい空を見上げた。

「旧知が、温泉宿を開くらしい。押しかけてやろうと思う。あいつ私の顔を見て舌打ち一つだけ寄越したのよ」


「エミール殿ですか」


「説教しにいくつもりだ」

 オレリアスは、心の底から愉快そうに笑った。

「たまには、誰かに叱られるのもいいものだ」


 王都の外門に、見送りにきたのはユウだった。


「オレリアス様、お元気で」

「ユウ殿。貴女も、エオルトリアに戻るのだろう?」

「はい」

「ならば、いずれまた会うかもしれんな。エミールの宿で」

「その時は、美味しいお茶を淹れます! 美味しいパンも焼けますよ!」


「楽しみにしている」

 オレリアスは、ユウの頭に軽く手を置いた。

「ロシュディを、頼むぞ」


「え?」

「あいつは、不器用だ。一人で全てを背負おうとする。だから時々、思い出してやってくれ。あいつにも、茶を淹れてくれる誰かが必要だということを」


 馬に乗ってユウより一足先に王都を後にしたオレリアスの背中は、もう王のそれではなく、ただ自由を得た一人の男のものだった。

 ユウは、その姿が見えなくなるまで見送り続けた。


 それから数日、王都は戴冠式の準備に追われた。

 ロシュディは、連日の会議と式典の練習に疲弊していた。


「……こんなに、面倒なものだったのか」

 新宰相となったグレイドが、資料の束を持って現れる。

「殿下、こちらが明日の式次第です。それから、招待状の返信リスト、警備配置図、そして――」

「待て、グレイド。少し休憩を」

「休憩? しかし、式典まであと三日しか――」

「だからこそ、休憩が必要だ」


 ロシュディは立ち上がり、窓を開けた。

 外からは、準備に奔走する人々の声が聞こえる。

 その中には相変わらずルネのねじの外れた言動や、叱責するディエゴの声も混じっている。なぜかアルジェントまで忙しそうに走り回っており、胡乱な目でそれらを眺めた。


「……賑やかだな」

「ええ。皆、殿下の戴冠を心待ちにしています」


 その頃、ユウはグレイド邸の客間で最後の荷造りをしていた。


「これで……全部かな」


 薬草、道具、着替え、杖。

 アイテムポーチにすべて収納してしまえるため、持ち物は、少ない。


 ロゼ夫人が、瞳に涙を湛えながら部屋を訪れ、ユウに縋りつく。


「ほ、本当に戴冠式を見ずにお帰りになるの?」

「人混みが苦手なんで」

「でも、ロシュディ殿下に……殿下とは、ちゃんとお話したんですかっ」


「お話……したかな……」

 ユウは、曖昧に濁しそれからとびきりの笑顔を作る。

「きっとまた、会えると思います」


 何か言いたげだった夫人は、やがて諦めたように肩を落とした。


「……そうですか。なら、せめて見送らせてください。王都の可愛い物、美味しい物、たくさん詰め合わせるんで、高地でも流行らせてください!」

「高地は正直……人殆ど住んで無いんで……でも、交易都市テンシアに寄るので、お土産一緒に考えて貰っていいですか!?」

「もちろんですわ!」


 翌朝、ユウは静かに王都を出た。

 見送りに来たのは、リーグベルとグレイドとその夫人だけ。


「ロシュディ殿下には、伝えますか?」

 グレイドが尋ねる。

「いえ、いいです。今は、式典の準備で忙しいでしょうから」

「しかし――」

「大丈夫ですよ」


 会いたい。

 でも、会えば、きっと言葉にしてしまう。

 まだ、言葉にしてはいけない想いを。


 ユウは、北へ向かって歩き出した。

 まず、テンシアを目指す。

 帰りの旅路は、商会のカイと一緒だ。


 奇跡的に古びた結界を維持し続けていたテンシアの街に、大きな被害は無かったという。大街道は修繕が急がれているものの、損壊している箇所がまだ多く、彼女たちの旅路は幾度となく足止めされるだろう。


 けれど、急がなくても良い。急がなければいけない理由が無いのだから。


 そんな報告を受けたロシュディは、王宮の窓辺に佇んでいた。

 小姓姿に変化している神獣黒龍アルジェントは、傍らの手摺りに片膝を立て座っている。


「……行ってしまうのう」

 呟くアルジェントの声は、寂しげだった。

「お前、かなり気に入ってるな? ユウの事」

「あれくらい魔力量が強いと、ワシの腹持ちがいいからのう」

「喰ってるのか!? 魔力」

「おすそ分けというやつじゃよ、駄々洩れしとる魔力の再利用じゃろ。感知されぬよう制御するといった小手先の技は教えなんだ。目印になるしの」

 威張るように胸を反らすアルジェントの横顔を、ロシュディは呆れたように見下ろす。

「だからといって、魔核に喰らいつくのは悪食過ぎる」

「あれは流石に不味かったの」


 追わなかった。追えなかった。それが彼女の選択だから。


「……いつか、また会おう。ユウ」


 窓を閉じる音だけが響いた。

 戴冠式まで、あと二日。


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