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【完結済】異世界移住パッケージ~保証付きスローライフだと思っていたら拾った男が訳アリ王族でした  作者: 水月A / miz
事端編*暁の境界

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086 TRANSPIRE 起こる,生じる,明らかになる

 夜明け直後の空気は、火の消え残りの匂いと、砂が冷えるとき特有の金属めいた冷たさを含んでいた。 


 崩れ落ちた星環遺構の残影は、淡い朝光に照らされて白く霞んで見える。


 昨夜あの場所で起きた光の奔流が嘘のように、世界はどこまでも静かだった。

 

 ユウは、少し離れた岩の上に腰掛けて、ぬるくなった水を口に含んだ。

 喉を通る温度はほとんど感じなかったが、それでも胸の奥がじんわりする。

 

 ――自分の中から、まだ魔力の余韻が抜けきっていない。


 手を見つめると、微かな震えている。

 そんなユウの背後に、ひそりと気配が近づいた。


「……眠れなかったのか」


 ロシュディだった。

 声はいつも通り淡々としているのに、ひどく柔らかく聞こえた。


「いろいろあったし」

「いろいろ、では済まない儀式だった。生きていてくれて、よかった」


 その言い方が、胸のどこかを強く締めつけた。

 ユウは視線をそらし、俯く。


「……ロシュディさんは、眠れた?」

「俺は慣れている。戦場上がりの人間は、湿った土の上でも眠れるものだ」

「そういう意味じゃなくて」


 ロシュディはわずかに目を瞬いた。

 そして、ユウの横に静かに腰を下ろす。


「……ああ。正直を言えば、心は落ち着かなかった。君が……」


 言いかけて、口をつぐむ。

 言いすぎた、とでも思ったのだろう。

 ユウの胸の奥が、熱を持ったようにじんと疼く。


「……ありがとね。心配してくれて」


 ユウがそう言うと、ロシュディは短く息を吐いた。

 ほっとしたような、照れたような、複雑な表情だった。


「君は自分のことを軽く見すぎる。誰かのために命を張る時くらい、自分の価値を考えろ」

「はあい」


 小さく返した声は、朝の空気に吸い込まれるように消えていった。

 太陽が昇り始め、ふたりの影が長く伸びる。


 アーディナは、崩壊した石柱の前に立ち尽くしていた。

 ソルディアが、少し離れた場所で姉の横顔を見守っている。


「私……自分を許せなくて……償わなければ、って、そればかり」


 アーディナの声は震えていた。

 風に揺れる銀髪の奥で、まつげが濡れている。


「姉上はもう償いました。充分に。誰よりも」


 ソルディアの声音は、いつになく大人びていた。

 アーディナはそちらを向き、弟の成長をはっきりと感じたようだった。


「……前より強くなったわね」

「姉上が守ってくれた分、僕も強くならないといけないと思ったんです。もう、姉上だけに重荷を背負わせませんよ」


 アーディナの肩から何かがふっと抜け落ちた。

 緊張でも、罪悪感でもなく――長年まとわりついていた、影のようなものが。


「ありがとう、ソルディア」

 

 彼女は弟の胸に額を寄せた。

 ソルディアは驚いたが、そっと両腕を伸ばして姉を支える。


「これからは、僕だって姉上を支えますこうやって」

「……ええ。心強いわ。王族がまっさきに逃亡するなんて、情けない。終わりの次に待つのは始まりね。私たちの戦いが」


 陽が昇り、崩れた遺構が金色に染まった。

 新しい一日の光が、二人の影に優しく重なる。


 ロシュディとユウが戻ると、仲間たちは片付けの準備を始めている。

 エミールは魔力の残滓の調査を終え、ルクスとシェルダンを交え何やら議論している。遠くではグレイドが、ルネとディエゴと揃って周囲の警戒を確認していた。


 世界が少しだけ、軽くなったように見えた。

 

 ――この世界で、生きてみてもいいのかもしれない。

 

 隣で、ロシュディが独り言を零すように言う。


「……この先にも、いくつも壁が来る。フェルギスもカーネリアも残核の行く末も」

 ユウは彼を見上げた。

「そういえば、さっきので分けられた核のうち二つは消失したって事になると思うけど、のこり三つは?」


「正確に言うと、残りは二つ。一つはアルバス王宮にて保管されているらしい。あの国の魔女は百年近く国を支えている偉大な術師だから、当面は無事だと祈ろう。カーネリアより脱出してきた魔術師の言う、星環遺構にあるとされていたものの行方は俺には分からない」


「じゃあ残る一個は」

 ロシュディの目が、わずかに見開かれ、すぐに静かに細められた。

「暗黒領域の中心に有った」


「有った……今は」

「君なら、もう知っていると思う。誰が所有してるのか」

「もしかして……」


 ユウがエミールに視線を流すと、相変わらず早口のルクスに何かを言われていて、適当にあしらっている様子が見える。


「さーて私の縄張り掃除もなんとかなったし、この後はのんびり温泉宿でも開こうかな」

「温泉! エミール様の温泉! ぜひ、第一号客に!」

「うるさいね、ルクス。あっちへお行き。だいたい元カーネリアの人間が魔女の信奉者だなんて、馬鹿にされるぞ」

「魔女も人間だって、エミール様が仰ったんじゃないですかー!」


 騒がしい会話だが、心地よくも聞こえてくる。


「魔核って、黒っぽい珠……歪界……あ、アルジェントさんがぱかって口からだしたやつ!? あれフェルギスの王位継承のとかなんとかじゃ」

「――喰ったらしいぞ。それで腹を壊してのたうち回ってるところを俺が助けようとして反対に喰われかけた」

「え、神獣って人食べるの!? 怖い! 霞食べてるんだと思ってた……」

「霞ではさすがに動力源にもならなそうだが」


 蒼褪めるユウの横顔に、ロシュディの胸の内には懐かしいものがこみ上げてくる。

 雲間から差し込む朝の光が、ゆっくりと、確かな形を取り始める。


 その時――東の地平が、血のように赤く染まった。

 だが赤かったのは空ではない。

 燃え上がる炎柱。まるで大地そのものが噴き上げたかのように、王都の在る方角から幾筋も立ち昇っていた。


「……あれは、王都方面か!」

 グレイドが声を裏返らせる。

「狼煙っすね」


 ルネが険しい表情を浮かべる。

 ロシュディは、一瞬で顔色を失った。


「陛下は……!」


 一行は、言葉を交わす暇もなく駆け出した。

 風が巻き上がり、灰色の大地を削る。


 エミールの提案で、ユウの書架の門が開かれた。

 お願い、今度こそ届いて。

 再度国内に張り巡らされた転移網は、今度こそ正しく稼働したようだった。


 現出した陣に吸い込まれ、たたらを踏むように足をついたそこは、まだ復興には至っていない王都まで間もない大街道。

 道中、火に追われるように避難してきた民衆が、押し寄せるように逃げていく。


「何があった!」

 ロシュディの声は、焦燥で震えていた。

「か、カーネリアの魔導士たちが……襲撃を!」

「数が多くて……! 炎と氷が、爆ぜて……!」

 ロシュディとグレイドの表情が、刹那、鋼のように硬くなった。

「急ぐぞ!!」


 街の一角が崩れていた。

 石壁は砕かれ、瓦礫が溶け、焦げた匂いが空気を満たしている。

 塔が一本、黒煙の中で折れ、倒壊しかけていた。


 そして、白い石畳の広場では、氷と炎が衝突している。


 魔力が空気を裂く音。

 風圧で、ユウたちの服が激しくはためく。


「あれは、ゼルキオン様……!」


 シェルダンが息を呑む。

 ゼルキオンは、焦土と化した石畳の中央に立っていた。

 その周囲には、三人のカーネリア魔導院使者――エルグレンを含む上級魔導士たち。

 彼らは詠唱を重ね、魔方陣を幾層にも展開しているのが見える。


「貴様、やはり裏切ったか!」


 エルグレンの声は、怒号というより憤怒の刃だった。


「裏切りではない」


 ゼルキオンの声は氷のように静かで、それが逆に恐ろしく響いた。 

 手には、灼熱を纏う紅蓮の剣。

 彼がそれを振るたびに空気が焼け、煙が立ち昇る。


「正義だ。お前たちの狂気を、これ以上見過ごすわけにはいかない」


 エルグレンの掌から、禍々しい紫電が奔った。

 氷片を纏わりつかせた雷撃が一直線にゼルキオンの胴を狙ったように見えたが、その直前でゼルキオンの足が地面を砕いた。

 次の瞬間、彼の姿は空間の歪みに溶けたように見えなくなる。

 雷撃が外れ、地面を焼き抉る。

 

 続けざま、ゼルキオンが背後から炎剣を振り下ろす。

 エルグレンの防御障壁が砕け、二人の術師が吹き飛んだ。


「我々は王宮へ!」


 広場を駆け抜ける。

 そして、ロシュディは最奥にある、謁見の間へ駆け込んだ。

 焦げた帳、砕けた床。

 だが、玉座の前に在るオレリアス王は、剣を手に立っていた。


「陛下!」

「ロシュディ……無事で何よりだ」

「奴らの野望は、すでに――」

 オレリアスの目が、窓外の赤煙を映す。

「カーネリアは、力で我が国を屈服させるつもりだ。言葉が通じぬ」


 その時。

 空が鳴った。

 否、鳴ったのは世界そのものだった。

 空間が軋んだ音をたてて、裂けるような響きが耳を刺す。


「これは……」


 ロシュディが胸元を押さえ、膝をつく。

 身体の奥、骨の髄のさらに深いところで、何かが呼応していた。


「殿下!」


 グレイドが駆け寄る。

 ロシュディの身体から、光が滲み始めた。

 金色と漆黒が混じる、不穏で荘厳な色合い。

 光と、闇。

 魔力の圧が場を支配する。

 光の中を、ゆるゆると黒い影が姿を取り始めた。

 影は大きく伸び、広がり、巨大な翼を形作る。

 咆哮。古の大地を震わせた獣の声。


 姿を現したのは、神獣黒龍。

 黒龍は、ロシュディの周囲を一度ぐるりと旋回して、そのまま溶けるように彼の身体に吸い込まれた。


「くそ……! 何を考えているんだ」


 その一言とともに、ロシュディの身体が光に包まれ、壊れた窓から空へ飛び出す。


 黒龍の咆哮が天頂を震わせた。

 その姿は夜明け前の影のように、王都の空を舞う。


「な……龍……黒龍!?」

「フェルギスに、神獣が……現出! そんな話聞いておらんぞ!」


 カーネリアの魔導士たちが、恐怖で魔力を乱し始めた。

 だが、黒龍の威圧は、術式を崩壊させていく切っ掛けのひとつに過ぎない。


 ロシュディは張りぼてを動かしているような妙に冷めた気持ちで、世界を見下ろした。

 動いているのは、叫んでいるのは、戦っているのは、すべて人間だ。


 ゼルキオンが氷の刃を押し返したその時、エルグレンが歯噛みした。


「撤退! 今日のところは退く!!」


 魔導士たちは混乱しながら転移陣を展開する。

 そして、戦いは、急激に、嘘のように終息した。


 王都の火はまだ燻っていたが、空気は静まりつつある。

 ロシュディは瓦礫の上に立ち、遠くの空を見ていた。

 アルジェントの気配は、雲散し既にどこにもない。


「……アルジェント。出しゃばり過ぎだ」


 その声は、戦いの熱が冷めきる前の、ひどく静かな寂しさを孕んでいた。

 それは、力を使役する者だけが背負う宿命の重さでもあった。



※捕捉:魔核は無意識下のうちに高出力魔力を求めているので、失われたとされる黒星石(21話で初出)を取り込んでいた←それをまるごとアルジェントが補給のために食べた→お腹の中で変な分離反応みたいなの起こし、シルヴェリアの核は壊れて黒星石だけ残った。という感じです!

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