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【完結済】異世界移住パッケージ~保証付きスローライフだと思っていたら拾った男が訳アリ王族でした  作者: りわ あすか
事端編*暁の境界

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080 TURN OUT (to be) ~ ~であることが判明する

 晩鐘が遠く鳴り、謁見の間には冬の名残となる光が沈みはじめていた。

 磨かれた石の床に、訪問者の影が長く落ちている。


 カーネリアからの使節団は行程の予定をこちらに知らせると同時に、フェルギスに到着した。


 通常ならば、あまりにもフェルギスを軽んじた行いに、抗議の書状とともに突き返してもおかしくない。しかし、この場に立つフェルギスの人間は皆、自尊心を飲み込み、重い沈黙を保っていた。


 魔術大国カーネリア――その使節団を率いるのは、三十代にして炎天の魔導士の異名を持つ魔導士ゼルキオンだ。


 彼の背後には、従者に囲まれた銀色の姫君が伏し目がちに控えていた。片手程の使節団がまとう魔力の密度は、フェルギスの有する王立魔術研究所の魔術師団が束になっても及ばないだろう。

 少数精鋭で構成された部隊の利点は、何と言っても機敏性に富んでいる点だ。


 大陸において、どちらかというと、軍事寄りの中堅国家であるところのフェルギスが、魔術に関する運用面において、いかに劣るか、誰もが知っていた。


 まして、技術と魔力の粋を集めたカーネリアを相手に、()()()()()()()()()だけでも、後に致命的な報復を受ける可能性がある。


 謁見の間の中央、一段高い玉座の前に立ったゼルキオンは、威圧的な沈黙を破り、挑戦的な笑みを浮かべた。


「フェルギス王よ。ご多忙の折、このような強行日程で申し訳ない。カーネリアは急を要する案件を抱えており、貴国を長く待たせることは、双方の時間を奪うに等しいと判断した」


 その言葉は、まるで上国が属国に対して与える通達のようだった。

 彼の瞳には、フェルギスの王と、その背後に並ぶ大臣たちに対する明確な侮蔑の色が宿っている。

 王は顔色一つ変えなかったが、その固く握られた拳は、フェルギスの民の誇りがどれほど踏みにじられているかを物語っていた。


 カーネリアの目的は、友好ではない。

 明白な要求あるいは脅迫を突きつけるため、この威圧的な振る舞いを選んだのだ。


「我々は共に緩衝地帯の治安維持に努めてまいった。無論、誠実に対応する所存だ。まずは長旅の疲れを癒していただきたい」


 王が絞り出した言葉は、精一杯の矜持を保った外交辞令であった。

 しかし、ゼルキオンは小さく鼻で笑う。


「お言葉、有難く頂戴いたしますぞ」


 謁見の間に、凍り付くような緊張が走る中、使節団の中央で白銀のドレスをまとった王女——アーディナの視線は、終始、床を彷徨い、唇は固く引き結ばれている。


 ロシュディは階段の下でそれを観察していた。

 王族としての訓練を受けた者の、立ち居振る舞いではないのは明白。

 

「ようこそ、カーネリアの王女殿下。遠路の労をねぎらおう」


 静かな声に、アーディナと呼ばれた彼女はびくりと肩を震わせた。


 アーディナは唇を震わせ、言葉を探すように口を開く。


「わ、わたくしも……フェルギス王国の……ええと、繁栄を……」


 彼女の傍らに下がったゼルキオンが何事かを囁き、続きを促しているようだ。

 

 ——芝居にもなっていない。

 というのがロシュディの意見だった。


 しかし、遠目からも見て取れる怯えは演技では無く、真実であろう。

 短い謁見を終え、客間へと下がる一行を見送りながら、ロシュディは、これから降りかかるであろう新たな問題に、心の内で落胆した。


 フェルギス国王オレリアスは夜半、片腕である宰相、そしてロシュディとグレイドを、私室へと呼び寄せた。

 窓の外には、砕けた月光が薄く広がっている。


「恐らくあれは偽姫だろう」


 ロシュディがため息とともに吐き出した言葉に、老宰相とグレイドは驚愕の面持ちを見せる。

 オレリアスは杯を傾けながら、いかにも疲れたような相貌で見やる。


「王族の影武者にしては、出来が悪すぎるな」

 ロシュディは短く頷く。

「だが、彼女からは悪意は感じられなかった。恐怖と……迷い、といったところか」

 沈黙ののち、オレリアスが問う。

「お前たちはどう思った?」


「カーネリアに関しての最新調査報告によると、魔導院が議会を現在牛耳り、王家は象徴のみ。所謂、立憲君主による政治形態に移行しつつあるという事です」

 老宰相の言葉をグレイドが受け継いで、確認するように言った。

「どう見ても、使節団を率いているのは魔導院。しかも戦闘に特化している第一研究区。その昔、緩衝地帯でやりあったことがありますね。陛下も殿下も」

「あったなそういえば」


「つまり、現カーネリアは、軍事面でより強化された魔術大国という事に――」

 グレイドは自分が発する言葉の不穏さに、途中で言葉切った。


「成程、彼等の目的が、和平などではないことは判っておる」


 オレリアス王は、静かに杯をテーブルに置いた。

 硬質な音が、私室の沈黙を切り裂く。


「ゼルキオンが持ち込んできた追加要求は、何だ?」


 警戒した面持ちで周囲を見渡した老宰相が、声を潜めた。


「我が国の銀鉱脈と魔力結晶の湧出地の協同採掘権です。両方とも、緩衝地帯からは程遠くない場所に位置します」


 ロシュディは顎に手を当てたまま、窓の外の月を見つめた。


「カーネリアは、緩衝地帯の完全な支配を求めているのかもしれないな。平和維持ではなく、軍事的な足場を築くために。銀は潤沢な資金源となり、魔力結晶は新たな兵器開発に不可欠といった所だろうか……」


 四人の間に、長く、張り詰めた沈黙が流れた。

 外の月光は、いよいよ白く冷たい光を放っている。


「ロシュディ」

 王は、静かだが揺るぎない声で命じる。

「まずは、偽姫……に接触せよ。だが、ゼルキオンに気づかれぬよう、細心の注意を払え。あの魔導士の真意が読めぬ。アレは私の方で対応する」


 ロシュディは静かに一礼した。


 翌日の昼下がり。

 ロシュディは、謁見の間の警備の確認という名目で、再びその広間に足を踏み入れた。昨日の緊張感がまだ染みついているような、重苦しい空間だった。使節団が立っていた場所へ向かい玉座を仰ごうとしたロシュディの視界に、わずかな違和感が飛び込んできた。


 銀色のドレスの裾が触れていたであろう場所に、異物が落ちていた。

 それは、細かく砕かれた乾燥した花びらの破片に近かった。


 王宮の花ではないように見える。

 まもなく長かった冬に終わりを告げようとしているフェルギスだが、春の芽吹きにはまだ遠い。


 謁見の間に落ちていた破片を懐に収めたまま、客間棟へと向かう。

 王女アーディナ――と成り替わっているであろう誰かが滞在しているのは、最も警備が厳重な離れの貴賓室である。渡り廊下の先に広がる光景は、ここ数日然程変わらない。


 王都の防御結界はなんとか稼働しているようで、結界の裂け目の修復も進み、外側を覆っていた魔物群も、今は不気味なほど成りを潜めていた。


 カーネリアの使節団が、到着したからなのであろうか。

 追放したマクレイン候とラング候には目立った動きが無い。

 違法に運び込まれていた王都内の物資は軍預かりとなっている。


「カーネリア王女殿下は長旅でお疲れでしょうが、本日は我がフェルギス王家の非公式な挨拶を受け入れていただきたいと、王が仰せです。護衛の魔導士殿には、どうぞ遠慮なく席を外していただきたい」


 ロシュディがそう伝えると、貴賓室の入り口に控えていた若い魔導士は、わずかに目を細めた。


「非公式、ですか……よろしい。ですが、殿下の側仕えが一人、残ることをお許しいただきたい」


「もちろんです」


 ロシュディは涼しい顔で承諾した。

 王宮内の警備が張り詰めていることを理解しつつも、使節団を構成している者達は、王女の身の安全を第一に考えているようだ。


 その行動には、単なる護衛以上の執着が感じられたが、ロシュディはそれを今は追及しない。残されたのは、寡黙な女魔導士だけだった。ゼルキオンは王が呼び出している筈だ。


 ロシュディが室内に入ると、優雅な銀色のドレスに身を包んだまま、窓辺に佇んでいた。アーディナ王女の姿を完璧に模している。しかし、背筋は緊張で固く、窓の外の庭園に向けられた瞳には、どこか落ち着きがない。


「ようこそ、ロシュディ殿下」


 震えを押し殺したような、かすれた声で挨拶した。

 ロシュディは深く一礼してから、柔らかな笑みを浮かべ、あえて形式的な会話を続けた。


「王女殿下の麗しさには、謁見の間でお目にかかったときも息を呑みましたが、こうして静かにお話しできる機会を得て、光栄に存じます」


「あ、ありがとうございます……」


 声を掛けられた姫は顔を上げることもできず、手に持ったレースの扇を固く握りしめている。

 ロシュディは室内を軽く見渡し、一つのテーブルについた。


「さて、長旅の疲れを癒すべく、フェルギスの名産である月影の白茶というお茶をご用意させました。是非」


 彼は連れて来た供の従者に目配せし、茶を進める。


「フェルギスとカーネリアは双方ともに古く歴史ある関係ですが、最近は交流が途絶えがちでした。私は、今回の殿下のご来訪が、両国の関係を再び強固なものにする、素晴らしい一歩になると信じております」


「わ、わたくしも、その……心から、和平を……望んでおります」


 茶器を掴む指先は揃えられることなく、無意識のうちに五指を広げ、器全体を包み込むような形だった。それは、女性の、特に王族として教育された筈の姫君のとる優雅で繊細な仕草とはかけ離れている。


 ロシュディは、殊更に、穏やかな声で言った。


「殿下、失礼ですが、一つお伺いしてもよろしいでしょうか。殿下の瞳は、謁見の間で迷いを抱えていらっしゃるように見えました。此度の婚姻に対して――もしくは他に何か心配ごとでも? 何か、私どもにお力になれることはないでしょうか」


 茶器を持つ手が、ぴたりと止まる。

 確かにロシュディの言葉に対する強い動揺が走った。

 傍らの魔導士が、無言の圧力をかけているのがわかる。


 ロシュディは、さらに核心に迫る言葉を続けた。


「殿下。この月影の白茶は、我が国の北境、エオルトリアの山間でのみ採れる茶葉を使っています。淹れる前に、微かな柑橘の香りがするのが特徴ですが、もしや、殿下のお口に合わないでしょうか?」


「……え、あの、柑橘の……?」


 茶の香りを嗅ごうとする素振りを見せ、すぐに思い直したかのように口を閉ざす。

 ロシュディは静かに微笑んだ。


「おや、ご存知ない? カーネリアは魔術大国ですが、茶の文化は我がフェルギスよりは浅いと聞きましたので、失礼いたしました。しかし、アーディナ王女殿下は、柑橘類が好物だと伺っております」


 その瞬間、アーディナの顔から完全に血の気が引いた。

 そして、ロシュディは最後の防衛線が崩れたことを確認した。


 低い声で、囁いた。


「これは純粋な疑問なのですが――あなたは、なぜこのような危険を冒してまで、和平の使者としてここにいらっしゃるのですか?」


 窓の外では、薄曇りの空が沈みきらぬ光を零している。

 その灰色の明るさが、アーディナを偽った何者かの横顔をいっそう幼く見せていた。


 答えを迫るようロシュディは、そっと懐から枯れた花びらの破片を包んだ紙切れを取り出し、テーブルの上に滑らせた。アーディナは虚ろな目でそれを追い、しばらくして動揺したように睫毛を震わせる。


 小さな声だった。


「姉上――」


 それは誰かに聞かれてはならない秘密を告げる声音であり、同時に、告げることで現実となってしまうことへの怯えでもあった。

 ロシュディは、卓の上に指先を置き、静かに続きを促す。


「アーディナ姉上は、三ヶ月前の夜に」


 壁際に立っていた女魔導士が、一歩前に出る気配を見せたが、ロシュディの背後に控える護衛が僅かに腰を落とし、牽制する。

 アーディナを名乗る娘は、震える手で頭の銀色の髪飾りとティアラを乱暴に外し、床に落とした。

 銀髪が解き放たれ、その瞳から大粒の涙が一つ零れる。


「ごめんなさい……本当に、申し訳ありません。僕は……ただ姉上をお助けしたくて」


「殿下。それ以上は、ご自身の立場を危うくするだけです」


 女魔導士はついに口を開く。

 その瞳は、同情にも似た色が浮かんでいたが、警告と、牽制を同時に行っていた。


「でも……ミュラ。僕たちこんな場所まで来てしまったんだよ。姿を偽って」

「殿下、おやめください」


 女魔導士が悲鳴のような声を上げた瞬間、魔力封印の術具を首に掛けられ、昏倒した。

 突然の荒事に、更に委縮していたアーディナは一度ぎゅっと目を瞑り、手を握りこんだ。


「ロシュディ、殿下。僕はカーネリア第四王子のソルディア、です」


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