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【完結済】異世界移住パッケージ~保証付きスローライフだと思っていたら拾った男が訳アリ王族でした  作者: りわ あすか
事端編*暁の境界

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066 TENTATIVE〔形〕暫定の,仮の

暫くの間毎日更新(予約投稿 12:20)します!

 王城の最奥、玉座の間は夜の帳に沈み、燭台の灯が金の装飾を淡く照らしていた。

 静寂の中、フェルギス国王オレリアスは座していた。

 その沈黙そのものが、王威であるかのように。

 

 彼の前にはひとりの男が立っていた。

 名を、ロシュディ と云う。

 前王の庶子。今は彼の養子だった。 


「暗黒領域との結界の破損が、予想以上の速度で進行中。このままでは北域の境界が消滅する可能性が」


 ロシュディの言葉に、王はわずかに目を細めた。彼の手元の地図には、印がいくつか刻まれている。いずれも王国の防衛結界を支える骨格点である。


「その件については――新しい情報がありますぞ」


 低く、しかし明瞭な声だった。王の横に控えていた老臣――宰相ビングルが一歩進み出て、封蝋の施された文を差し出す。ロシュディがそれを受け取りさっと目を通した瞬間、彼の眉がわずかに動いた。


「――再起動の儀……とは?」

「始祖の理を再び呼び覚ますことで、結界を再生できるという特別な理式で――」


 ロシュディの喉がひくりと鳴った。

 伝承に類される単語を聞いた瞬間、胸奥に潜む古い記憶が疼く。


「再起動の理式は、破損箇所を一度に修復する最も効率よく、有効的な手段――とあります」


 ビングルの説明にロシュディは眉根を寄せる。


「しかし……それは未検証の伝承では……しかも記されている理式は、結界そのものを一度壊してから再構築する手順じゃないか。もし失敗すれば、王国全ての防壁が消滅し……」


「……無論、承知の上だ」


 王の声には微かな苦味があった。


「お前も知っていよう。今の王家には、始祖の血を継ぐ者はいない。――ただ一人を除いてな。真に再起動が可能ならば、お前の血統を媒介にしか発動できぬ」


 酷く重い沈黙が落ちた。

 アルジェントがロシュディの背後から思慮深い視線を上げる。


「オレリアスよ――誰がこの再起動を進言したのじゃ?」


 その問いに、王は一瞬だけ目を伏せた。


「隣国カーネリアから。王権安定のために協力を申し出てきた」


「ふむ、ずいぶん都合のいい話じゃの」


 アルジェントの声音には冷ややかな刃が混じる。

 ロシュディも静かに口を開いた。


「――彼らが本当に協力を望んでいるのかは、疑うべきです。式の施行が敵の思惑なら、再起動は結界の終わりを意味します。国は防御結界を失い、国防の手段を失いかねない」


 王はゆるやかに立ち上がり、玉座の前に降り立った。

 柔和な顔つきには似合わぬ静かな威圧があった。


「ロシュディ。私は王位に執着せぬ。だが、この国を守る理を外に預けるわけにもいかぬ。結界を修復すると同時に、王家を正しき血統へと戻す。お前が始祖の証を継ぐなら――この命を受けよ。その為に呼び戻したといっても過言ではない」


 命令。それは、臣下としては拒めぬ響きだった。

 ロシュディは膝の上で拳を握り締め、短く息を吐く。


「……承知しました。ですが――この儀式、危険があれば中止を進言します」


 王は頷き、わずかに口角を上げた。


「構わん。未来は若き者達の手に」


 その言葉に、ロシュディは頭を垂れる。


 王位が欲しくて、戻ってきた訳ではない。

 壊れてゆくのを見たくなかった――それだけだ。


 そのためなら、使えるものは何でも使う。

 しかし今、彼の胸中では、警鐘が鳴り響いていた。


 ――再起動して一気に修復させるなど、あまりにも馬鹿げている。


 結界が弱体化したこの瞬間に、都合よく持ち込まれた協定書の提案。


 そして始祖の血という、正しい道を望む王を動かす言葉。


 誰かがこの均衡を……壊そうとしている。

 それは彼の求める穏やかな安寧からは、かけ離れた現実だ。


 アルジェントが微かにロシュディを見た。

 視線が交わり、互いに言葉を交わさぬまま、恐らく理解が流れた。見えない敵は結界を破壊し、新王権を崩すための導火線を差し込んだのだ。


 その夜、ロシュディはしばし窓辺に立ち尽くしていた。

 王命を受けたというのに、胸の奥は奇妙な静けさに満ちていた。

 風が塔を包み、遠くの灯を揺らしている。


「アルジェント」


 呼ばれて現れた小柄な小姓姿の少年が、月明かりの中に姿を見せた。


「迷いがあるな」


 ロシュディは短く息を吐く。


「命には従う。だが――」


 言葉には、かすかな決意の棘があった。


「ユウを巻き込む気はないのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前も、それを知っているはずじゃ」


 その言葉に、ロシュディは一瞬、目を閉じ、低く答える。


「叶うなら、あの人には外から、この国を見ていてほしい。それが、俺にできる最後の守りだから」


 アルジェントは静かに頷く。

 黒髪が夜風に流れ、月光がその輪郭を細くなぞった。


「ならばわしもまた見届けよう。この国の理が、どこへ流れていくのかを。いつでも選択するのは、お前たち人間の仕事よ」

「頼む」


 ロシュディの声は、夜の静寂に溶ける。その眼差しの奥にあったのは、決意でも哀しみでもなく――ただ、祈りに似た光。


 月が雲間から顔を出す。

 窓を照らす月光が二人の影を長く伸ばし、床に淡く滲んだ。

 その静けさの下で、国の運命を変える最後の連鎖が、音もなく動き出していた。


◇◇◇


 王都の朝は薄曇りだった。

 灰色の光が魔術研究所の壁面に揺れ、石造りの回廊に湿った風を吹き込んでいる。

 重厚な扉が開かれ、リーグベルが積み上がった報告書を無造作に机へ投げた。


「……やれやれ。夜のうちに古文書解析の急な仕事が舞い込んだと思ったら、今度は再起動だとさ。誰が言い出したんだ、こんな物騒な真似を」


 低い声には苛立ちと、ほんの少しの興味が混ざっていた。

 対面に座るグレイドは、湯気の立つ茶杯を軽く揺らし、穏やかに微笑んだ。


「王命だそうだ。――隣国カーネリアからの協定写し付きで」

「カーネリアぁ? 隣の魔術国家だろ。あそこが首を突っ込むときは、だいたい碌でもねえ」


 リーグベルが大きく息を吐くと、書類の束が風でぱらりとめくれた。

 その中の一枚、黒い墨で描かれた円環の図式が露わになる。


「……再起動の儀、だそうだよ。始祖の理を再生し、結界を修復する。壊れた箇所を含め全てを壊し直すってことだ」

「うーん、再生って名の自壊だろ、こりゃ」


 リーグベルは呆れたように鼻で笑い、窓辺へ歩く。

 魔力に集中し目を凝らすと、王都の北の空には、まだ薄く、結界の光の帯が見えていた。それは国を包む加護の象徴――だが、ところどころにほつれた裂け目が滲んでいる。


 暗黒領域の結界騒動から始まり、大街道に設置されていた魔物召喚具が時限的に発動し、王都を守る防御結界にまで、破損が入りはじめている。


「……どうも話が早すぎる。修復に関する再提案書を出した翌日に、隣国から再起動の術式が届く。出来すぎてるだろ」

「やはり、そう思うか?」


 グレイドの声は柔らかいが、瞳は冴え冴えとしていた。

 リーグベルは肩をすくめた。


「思うさ。おまけに媒介は殿下なんだろ? つまり始祖の血。――成功すれば何某かに乗っ取られていた王家は、正統に戻り、失敗すれば王もろとも全部吹き飛ぶ。得をするのは誰だ?」


 沈黙が落ちた。

 外の風が強まり、窓を打つ。


 グレイドは茶杯を置き、ゆっくりと指先で机を叩いた。


「陛下とその養子を同時に盤上に乗せる手。盤の外に立っている者にとっては――一石二鳥」

「そりゃあまりにも乱暴だろ……」


 グレイドは立ち上がり、壁際の書棚から一冊の古文書を抜き取った。

 表紙には見覚えのある印章が刻まれている。

 禁書であるはずのそれを気軽な感じで手渡されたリーグベルは、呆れたように相棒を見やる。


「百年前の防御結界動揺期に、同じような再起動が試みられている。――不可侵を表では謳いながら、大規模な結界維持には魔女の軛無しに成り立たんとは、皮肉すぎる」


「――胸糞悪い話だな。先人たちも、理も知らずに道具を酷使し続けた結果か……」


「再起動は途中で中断。儀式観測者含め全員、跡形もなく消滅」


 リーグベルが低く唸った。


「それにも関わらず、王都の防御結界が作動し続けているという事は、その時に多少は()()()()()()()()()()()ってことか。大街道の魔導灯は相変わらず毎晩規則正しく点灯するしな」


 グレイドはリーグベルの手から書を抜き取ると、閉じ、視線を王城の方へ向けた。


「――魔女の力でなんとか百年維持した基幹に、始祖の血を継ぎ足して補強もしくは再生。それで本当に成功するなら、救いだが……再起動した所で、我々より未来を生きる者達に、この罪の尻ぬぐいが回るだけだろうに。永久に、人ならざる者の手で回り続ける。何もかもが風化して朽ちるまで」


「……お前さ、どっちに賭ける?」


「知っているだろう? 私はいつも、動く方に賭けるよ。ロゼと息子を守るためになら」


 ふっと笑ったグレイドの横顔に、魔道灯の光が淡く射した。

 その笑みの底には、裏が無い。


 外から遠雷が響いてくるのが聞こえ始めた。

 まだ雨は落ちていない。だが、季節の境目に似た、妙なざわめきが風の中に混じっている。


 リーグベルがばたつくカーテンを押さえながら、ぼそりと呟いた。


「この揺れ……気持ち悪いな。魔力の流れが変だ」


 リーグベル程の魔力を有していないグレイドは返事をせず、机上の書をもう一度めくる。紙の端に、淡く光る魔術式の痕跡。封印されていた古文書の写しには、誰かの手によって加筆された線が重なっていた。


 見慣れぬ古い署名がある。

 王の筆跡ではない。研究所の書記官でもない。

 グレイドは指先で紙をなぞりながら、低く呟いた。


「……古い声が混じっているようだな。警告か注進か」


 室内の灯が一瞬揺らぎ、空気がひやりと冷たくなる。

 窓の外では、王都上空の結界がかすかに明滅していた。


 何かが世界の裏側で目を覚まそうとしている。

 それが敵の仕掛けなのか、それとも別の意志なのか――まだ何もかもわからない。


「……リーグベル。念のため、始祖の血の系譜をもう一度洗い直したい。王家だけじゃ足りん。魔女の側の記録もだ」

「まさか、またあの禁書庫に潜ろうって?」

「それ以外あるのか?」


 あっさりと答えたグレイドは立ち上がり、外套を肩に掛けた。

 リーグベルは小さく舌打ちし、後を追う。


 建物を出る二人の背後で、魔術灯が再び点滅し――机の上の日報が、ひとりでに風にめくれた。


 風は、紙の上の文字を微かに震わせ――

 

 ――世界が、息を吸い込んだ。


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