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006 TASTE 口にする,賞味する

 翌日、早速双葉を芽吹かせていた苗のいくつかを花壇に移す。


「ポコラは発芽まで最低二日って書いてあった気がするけど……」


 香草や薬草類が育つのは早いのはなんとなくわかる。以前、母親がグランドカバー代わりにあろうことかドクダミを裏庭に移植した際、あっという間に実家の庭を埋め尽くしたのだ。引っこ抜いても引っこ抜いても思いがけない所からも湧き出るように生え、とても大変だったのを覚えている。


 一週間程度で育つというポコラだけは少し離れた所に植えてみる。一週間で本当に育つのだろうか、とその小さな双葉に疑問を感じるが。ともかく楽しみである。食べられる物が増えるのは良い事だ。


 すべての作業を終えても陽はまだ高い位置にあり、今日も探検日和である。


 昨日、作成していた魚用のなんちゃって罠を片手に川に出掛け、途中で良さげな蔓を引っこ抜いて少し補強してから、石を重りにして川の真ん中辺りに沈めてみた。

 これは翌日確認する予定だ。

 大きな川魚がゆうゆうと泳いでいるのを、追いかけてみたものの、手づかみは高難度過ぎて、捕まえられる気配は全くない。

 無駄に服を濡らしただけ終わってしまった。


 大き目の丸い石を向こう岸へと渡れるように配置して、河原と水の中を何度も往復していると、遠くの方で、特徴的な鳴き声が聞こえてくる。


「この声……牛っぽい……野良牛とか……んなわけないか」


 方角的には真反対。家のある方である。


 ちょっと見に行きたい気もするが、今は向こう岸にある赤い実をゲットする為の作業中だ。デニムのスカートもスニーカーもずぶ濡れにしてしまったのだから、作業を途中で止めるのもやるせなく、これが終わったら必ず見に行こうと心に誓う。


 赤い実は、遠目から見た時は林檎のような丸っぽい形にみえたのだが、実際に手にしてみると桃のような形をしていた。植生辞典で照らし合わせると、コロンという果実だという事が判る。


 コロン:

  エオルトリア高地に自生する果実。

  琥珀色をした果肉は甘酸っぱい。

  栄養価が高く、日持ちもする。

  種子・樹皮・葉からは保湿効果のある成分が抽出される。


 実をもぎると、甘い香りがする。

 途端に我慢できなくなって、その場で一口齧ってみると、杏と林檎の丁度中間くらいの食感で、久しぶりに口にした爽やかな甘みに、思わず笑みが零れた。


「おいしーー!」


 たまらず叫んだユウの声に呼応するように、モゥ~という鳴き声が返ってくる。


「あ、ほんとに牛!」


 向こう岸のトリアの花畑に、白黒模様のホルスタインらしき動物が見えた。


 慌てて飛び石を渡って河原を上がる。子牛を連れた立派なホルスタインが、のんびり草を食んでいる。野良牛……は、こちらを襲ってきたりするのだろうか。子育て中の母牛は、もしかしたらそういう事をするかもしれないけど、どうなのだろう。


 ゆっくりと距離を保ちつつ、親子の様子を眺める。と、母牛が顔をあげて、こちらに向かってモゥ~と鳴いた。


 威嚇するような気配はない。

 しばし、母牛はユウをじっと見つめていたが、また草を食みはじめる。


「あの、牛さん」


 思い切って話しかけてみると、母牛が顔をあげる。


「近づいてもいいのかな……」


 今まで犬猫以外の動物と近距離で接した事が無いため、怯えてしまう。じりじりと歩み寄る姿に、母牛はやはり威嚇するようなそぶりも見せず、まるで返事をするように頭をゆっくりと上下に動かした。


「あったかい……」


 牛の首筋にそっと触れてみる。

 びっしりと密な短毛はビロードのように滑らかだった。

 ユウが首筋を撫でても、穏やかなまま草を食んでいる。そして子牛は母牛のお腹辺りに顔を埋めミルクを飲んでいる。思わずその場にしゃがんでその様子を暫く見守っていたのだが、ついに母牛に向かって懇願した。


「私にもミルクくださいっ」


 牛に話しかけている姿を誰かに見られたら、まごうことなく変人と思われてしまうだろう。

 だがしかし、ここにはユウ以外誰も居なかったのである。



◇◇◇



 この一週間で日ごとに背を伸ばしたポコラは、ユウの肩のあたりに届きそうな背丈になった。

 大ぶりなシダのような葉っぱの根元に、楕円をした紫色の実が房状で成っている。

 収穫する時に、ポコっと気持ちの良い音がする。

 この音が、ポコラと命名された理由かもと思いつつ、どことなく甘い香りをさせはじめた庭の匂いをくんくんと嗅いだ。


 本日で二回目となるポコラの収穫量は上々。

 一週間如きでまた同じような実が成るのだろうか、と最初は疑っていたが、特に何も手を加えなくても、無事大きな房を付けた。


 このエオルトリア高地は、植物栽培に適した地なのかも。と、花壇に植えたポピュラーな野菜達を眺める。きゅうりやトマト等はユウのあやしい記憶が確かなら最低でも二ケ月はかかる筈だった。

 が、ポコラ同様日に日に背を伸ばし、今やトマトは碧い実を鈴なりにさせて熟すのを待つ状態であるし、きゅうりとピーマンも昨日収穫したばかりにも関わらず、既にまた実がなっている。


 香草薬草類は言わずもがな。

 種を植えてから今日で三週間。庭の花壇はふさふさ状態である。


 この辺りの探検もだいぶ進み、川魚と沢蟹は毎日のようにあのしょぼい罠にかかってくれるし、野良牛はミルクを分けてくれるしで、ユウの貧しかった食生活はかなり充実している。


 毎日のルーチンとしては、日の出と共に起床し、まず朝風呂。

 温泉に浸かってのんびり。


 それから朝食。

 ポコラが収穫できるようになってからは積極的にポコラを使用して調理している。

 バナナと芋の中間のような食感と味をしており、そのまま焼いても食べられるし、乾燥させて粉状にすると小麦粉の代用のような使用方法もできる。もちろん生でも美味しい。


 だいたい朝はポコラ粉のパンケーキである。乾燥させて粉状にするのはひと手間かかるが、一番この食べ方が気に入っている。お水でもいいが、ミルクで練ると風味が増す。これにコロンの実を煮詰めて作ったジャムを添える。


 朝食の後に軽く庭仕事をして、再びお風呂。

 午後は読書してのんびりする日もあれば、鉈や斧を片手に勇ましく出掛ける日もある。出掛けた日の帰り道には川に寄って、コロンの実やトリアの花、タケノコを籠にいれて、設置済みの罠をチェック。


 牛たちはだいたいトリアの花畑か、ユウの部屋のあった残骸付近に居る事が多い。


 ユウの部屋が倒壊した際に踏み散らした黄色い花は、非常にレアな薬草だった。

 エオルトリア高地にしか自生しない野草で、その根は他の薬草と合わせると薬効を大幅に増加させる効能があるらしい。ユジェレという名の植物は、もちろん単体でも薬効を持っている。可愛らしい花弁は整腸に、細い葉茎は不眠にといった具合だ。


 貧弱な腸をもつユウにとっては、無くては成らない薬草の一つとなった。

 この三週間で禿げた大地も復活し、また黄色い花を咲かせている。


 ちなみにほぼ毎日といって良いほど母牛からはミルクを分けて貰っている。人に慣れてそうな雰囲気があるから、はぐれてしまった牛と予想して、庭の隣のスペースに簡単な竹垣を制作して水場を作ってみると、夜の間はそこに戻ってくるようになった。


 そして夜は、薬草類を加工したり、チーズやバター作りに勤しんだり、道具類の作成に励む。


 因みにここ数日で作成したのは、薬研である。漢方薬などをすり潰したりする道具で、なんとなくいい感じの形をした石を河原で発見した為、受け皿はそのまま石を使用している。

 これを作ってから乾燥ポコラを粉状にする手間もだいぶ減ったし、薬草や香草を細かくするのにもとても具合が良い。


 なので、毎日の様に、滋養強壮薬だ、鎮痛剤だ、疲労回復薬だの制作に励んでいる。

 種が入っていた瓶が再利用され、今ではそういったものがずらりと戸棚に並び、自分で眺めても、なかなか壮観だった。



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