056 THRILL
宿の朝食を終え、いよいよ出発という時、テンシアの外門にエレナとマリィが駆けてきた。テンシアギルドの面々も顔をそろえている。
彼らと改めて別れの挨拶と再会を誓う。
一人一人から温かい言葉を掛けられて胸がいっぱいになる。気が付いたら、こんなにも沢山の人たちに、自分は受け入れられていたのだ。
泣くのを我慢しながら、ユウは馬車に乗り込んだ。
今回は馬の早駆けではなく、馬車でのんびり進む予定らしい。
ギルド所属の冒険者としてこつこつと依頼をこなし、当面の生活費を手に入れたとはいえ、王都までの旅費も考えると、十日間という時間は、決して短くはない。
早駆けだと約五日強で王都までかかるそうだが、さすがに乗馬未経験者をつれて踏破するのは難しい。ユウはポーチの中の書籍に少しだけ思いをやるが、仕様が不明の為、結局使えない。
いつだって、このクエストに付随する達成報酬というのは、微妙なチョイスで、さながら魔術の修行のようである。
予測し試行する。
だがしかし、今回の達成報酬である国内転移網構築とやらは、精度に難有なので、恐ろしくて気軽に試せるものでは無かった。
それこそ王立魔術研究所に持ち込んで相談したい所だが、なんとなく躊躇われる。もしこの世界の魔術に関する理から外れるものだったら……外に流れる景色をぼんやりと眺めながら、そんな事を考えていた。
「いやー、馬車は良いっすね! お尻が痛くならないし、景色もゆっくり見れるし」
ルネが窓の外を眺めながら、機嫌よさそうに言った。
確かに、馬車は快適だ。馬の早駆けで擦り剝けたお尻も、ようやく痛みから解放されたので、これ以上皮を厚くすることは避けたかった。
「それに、馬車なら、夜も安全だ。街道沿いに野営できる場所もあるからな」
リーグベルが、そう言って、王国地図を広げた。
「なんか、往路よりも街道が荒れてるって聞きましたけど、大丈夫ですか?」
「ああ。だが、定期的に警備軍が巡回している。それに、今回は俺とルネがついているから心配いらない」
リーグベルは、そう言って、にやりと笑った。
しかし、その言葉とは裏腹に、彼の視線は、常に周囲を警戒している。
そして、三日目の夜、不安は現実のものとなった。
野営地で夕食を終え、焚火を囲んで談笑していると、不意に、遠くから、獣の咆哮が聞こえてきたのだ。
「――来たな」
リーグベルが、静かに呟く。
ルネは、素早く立ち上がり、短弓を構えた。
「ユウさんは、馬車の中に!」
リーグベルの声に、ユウが素早く馬車に飛び戻ったのと同時に、茂みの中から、三体の魔物が姿を現した。それは、どこか狼に似ているが、体毛が黒く、その瞳は、赤く禍々しく光っている。そして、その爪には、青白い光が宿っていた。
「ウルグヘムか! ついてない」
ルネが、素早く弓を引く。
放たれた矢は、一体の魔物の頭を貫き、魔物は、悲鳴を上げることなく、その場で崩れ落ちた。だが、残りの二体は、ルネを避けるように、ユウが乗る馬車へと向かってきた。
「くそっ!」
リーグベルが、魔道具の指輪をした方の拳で、魔術を放つ。
だが、魔物は、それを避けるように、素早く動き、ユウが乗る馬車の扉に、その鋭い爪を立てた。ガリガリと、木が削れる音が、耳障りに響く。
ユウは、思わず目を閉じた。
その刹那、頭の中に、あのナビゲーション音声が響く。
【サブクエスト発生:戦闘救援】
【達成報酬:思わぬ拾い物】
無意識に、アイテムポーチから、薬草の入った袋を取り出し、魔物に向かって投げつけた。
「ユウさん!?」
リーグベルが、驚きの声を上げる。だが、魔物は、ユジェレの袋に気を取られ、その動きを止めた。
ユウは、その隙を見逃さず、杖を構え、魔力を放つ。
力の奔流は、魔物を包み込み、魔物は、悲鳴を上げる間もなく、粒子となって、消え去った。
「助かった……」
ルネが、安堵のため息を漏らす。
馬車からそっと外に出たユウは、地面に落ちた袋を拾い上げ、中身を確認した。中身はどす黒く変色していて使えそうも無い。だが、その隣には、青白い光を放つ、小さな石が落ちていた。
それは、エオルトリア高地で見つけた、魔力が結晶化した青い石と、同じような光を放っていた。そしてすぐ横に地面に埋め込まれた銅鏡のような丸形の金属板が埋め込まれている。
「リーグベルさんこれ……」
険しい目で、ユウが指差す先を観察していたリーグベルが、無言で屈みこみ、金属板を掘り起こす。
「王都に着いたら、調べる。 ウルグヘムの属性も水だな」
◇◇◇
ユウたちが乗る馬車は、王都の城壁が見える位置まで来ていた。
遠くからでも、街の賑わいが伝わってくる。
ユウは、窓の外に広がる壮大な光景に、思わず息をのんだ。都の外周をぐるりと囲う壁は三重だ。一番検問が早いとされている大南門は、一定の身分以上の者しか使えないらしいのだが、リーグベルの身分証であっさりと通過出来た。
どうやら王立研究所に所属している魔術師というのは、かなりの身分を有しているらしい。ルネがこっそり「あの人、ああ見えて貴族っす」と耳打ちしてくれて、ユウは思わずリーグベルの横顔を見てしまう。
頬を斜めに切り裂いている傷跡は、古そうだが、もしかしたら、魔物との戦闘などで傷ついたものなのかもしれない。
王都までの行程中、魔物の直接的な襲撃は一度だけだったのだが、道中、テンシア付近で見た戦闘の痕跡よりも、ずっと多くの惨状が確認できたのだ。魔物による襲撃というのは、この国の人間にとっては、ユウが考えているよりもずっと、身近な出来事のようだった。
最後の門での検問を終えた一行は、王都の内部へと進んでいく。
テンシアの構造物とは違い、どの建物も三階建て以上。道は広く綺麗に整備されてあり歩道もある。街灯の数もテンシアよりずっと多く、すっかり日が暮れてしまった今時分でも明るかった。
分厚い門のトンネルの下。ユウが歩いている通りは、中央にそびえる尖塔に向かって真っすぐと伸びている。先には、色とりどりの屋台が両側に並び、人々は、楽しそうに笑っているのが見える。
「明日から、春霊祭だからな。一年で一番賑わう時期なんだ」
リーグベルが、そう言って、満足そうに笑った。
「俺は、一度、直接報告に行く。ユウさんは、少し宿で休んでいてくれ」
ユウは、リーグベルの言葉に頷いた。
「じゃあ、俺はユウさんの護衛で!」
「は? お前も報告だろ」
「いーや! 俺は魔女さまの護衛を仰せつかったんです! それに、魔女さまと前夜祭見て回りたいっす!」
ルネが、リーグベルに反論する。
「あ、私もお祭りちょっと興味あります」
「まあ、いいだろう。だが、くれぐれも、ユウさんから離れるなよ」
「分かってますって!」
ルネは、そう言って、リーグベルに向かってにこやかに微笑みながらも、手ではさっさと行けと言った具合でひらひらとさせている。
「さあ、ユウさん。王都フェリアへようこそ」
リーグベルは、芝居がかって、片手を外に広げた。
彼女の冒険は、今、新たなステージへと進むのだった。
【――――メインクエスト進行中】




