045 TABLE FOR
ユウは、カイとの再会から数日後も、地道にギルドの依頼をこなしていた。
午前と午後に一つずつ、薬草採取の依頼をこなし、着実に実績を積み重ねていく。
「ユウさんは、また薬草の納品依頼ですか? 本登録まであと少しになりましたね」
顔なじみの受付官は、ユウの真面目さに感心しながらそう言った。
「はい。少しでも早く、旅の資金を貯めたくて」
カイとの会話で出てきた、王都という言葉が、ユウの心の中で、ひとつの目標へと変わっていた。
王都へと戻ったロシュディからは、遠距離通信網の発達していないこの国では、当然のように便りも無い。話に聞くと、王都フェリアはエオルトリアから早馬で駆けても十日以上かかるほど離れているらしい。
ならば、テンシアからなら七日位だろうか。普通の馬車ならその倍、徒歩なら更に倍くらいかかるかもしれない。
「ユウさん、おめでとうございます! これにて仮登録期間終了、本登録完了です!」
受付官の言葉に、ユウは思わず小さくガッツポーズをとった。
冒険者ギルドテンシア支部所属の身分証を受け取ったユウの手は、少し震えていた。自分の力で、やったのだ。その達成感は、ユウにとって、何物にも代えがたいものだった。
宿に戻ると、朝から別行動をとっていたアルジェントもちょうど部屋に帰ってきたようだった。
「これで、もう安心じゃな」
孫を褒める様な手付きで、おかっぱ頭の少年はユウの頭をひとつ撫でた。
そして唐突に、いつか街道で拾った丸い鏡のような物を、机の上に置く。
「ユウよ、ワシは少し移動せねばならん。それも急ぎで」
アルジェントは、至極真面目な顔をしている。
「えっと……どの位急いでるの」
「其方が、ここでの身分証を得たら出立しようと考えていたところじゃ」
「えー、めちゃくちゃ急!」
「その前に、コレについてワシの考えを伝えておこうと」
コレ、と少年が指で突いた丸い鏡のような金属。
表面は何やら蔦が這うような模様があり、ちょうど中央には窪みがある。裏返すとつるつるとした表面は鈍く反射しているだけだ。まるで、手のひらサイズの銅鏡みたいだなという印象。
「商会の男、カイという奴が青い石について話していたじゃろ」
「うん」
「確か、大きさは爪程度の石で、その辺で拾ったと」
「アルジェントさんが拾ったこの……道具? と関係があるの」
「恐らくの、この中央に嵌っていたのはその石では、と感じるんじゃよ」
「考える、じゃなくて、感じる?」
「ワシらは、思考よりも感覚と親和性が高いからの」
アルジェントの言葉をイメージするのは難しい。
ユウは複雑な顔つきで、机の上の金属の板と少年を交互に見る。
「魔力をため込む性質……だっけ?」
「魔力が結晶化されていて、出力されない、じゃ」
うろ覚えの情報は、完全に違う内容だった。
最初は独学で魔力に触れており、教えを乞うようになったのは、ごく最近なのだから、仕方は無いのだが、アルジェントは机の上の道具を憂鬱そうに眺めており、ユウは軽口を返さず、神妙に頷く。
「結晶化されてるってことは魔石で、合ってる?」
「まあ、そうじゃの」
「えっと確か、魔道具屋さんで視てもらっても正体不明って言われたってカイさんが」
「魔石の構成をしているのに、一般的に普及している魔道具では出力不能なら、確かに正体不明の石ころじゃろう。持っていても何の役にも立たんからの。……まして魔石そのものからなんの媒介も使わず魔力や魔術を行使する存在なんて、ワシの同類か、余程潜在魔力値が高い魔術師――」
そこで言葉を区切り、ユウに視線をあてる。
「――魔女位じゃ」
「私、関係ある?」
ふと、自然に魔女=自分であることを認めてしまうような発言をしたことに、ユウは気が付いた。
「無関係じゃの」
「なんだ……深刻そうな顔してるから、アルジェントさん」
アルジェントはテーブル上にある道具を取り上げ、表面の模様をユウに見せつけるように持った。
「これに刻まれているのは、特定の生物を誘因させる魔術式。シェル・グロウは水に呼ばれる。青い石は水の魔力に満ちていたと……思うのじゃ」
困ったように、眉を下げたアルジェントは、いつも以上に人間くさかった。
「本来ならば……ワシらはあまり人の世の理には触れないのじゃが……ずっとこちらに居ると少々肩入れもしたくなる。ワシは、お前たちの生き方が好きじゃからの」
呟くようにそう言って、アルジェントが懐に道具をしまい込む。
アルジェントの言葉は、まるで永遠の別れを告げられているようで、胸騒ぎが止まらない。
「あの……また会えるよね……?」
「ワシは、ロシュディの僕でもあり友でもある」
言葉の真意は解らない。
「そして……この国の創生に関わった神獣じゃ」
アルジェントは、少しだけ目を細め、静かにつづけた。
「あの若者は、この国を、何としても守ろうとしておる。その健気さには、敵わんのう」
「……王都……ロシュディさんの所?」
ユウの問いに、アルジェントは曖昧な笑みを浮かべた。
ゆるゆると少年の輪郭が世界に溶けていく。
黒い小さな龍が両翼を伸ばす。
『然り』
ロシュディに続いて、アルジェントとも別れて行動をするのは、とても寂しい気がした。テンシアで、初めてこの世界での公的な身分証を得た、喜ぶべき日だというのに。
ここから先、エオルトリア高地に戻って、春になるまで提示されている課題に向き合うか、麓の村に身を寄せるか、薬師見習いの冒険者としてテンシアで活動するか、王都まで足を伸ばしてみるのか。
選択するべき道が多すぎて、すぐに判断がつかなかった。
自分はこんなに弱い人間だっただろうかとユウは思う。
そして、元の世界でも、いつまでもうじうじとして決断を先延ばしがちだったのを思い出した。多少は変わったという小さな自負はあるのにも関わらず、本質は変わっていなかったという事か。
しかし、このまま立ち止まっているわけにはいかない。
一歩でも前に、進まなければ。
「よし!」
ユウは、大きく深呼吸をし、吐き出す。
そして、宿屋の扉を開け、迷うことなく一階の受付に向かう。
今日の宿代を清算し、テンシアの街の石畳へと踏み出した。
◇◇◇
冒険者ギルドの裏通りにある、小さな定食屋。
木洩れ日亭、と書かれた看板は、かすれて読みにくい。
その下の貼り紙のほうが、余程濃い字で書かれてある。
急募。春までの短期、給仕。賄い付き。住み込み可。
ユウが店の前で立ち尽くしていると、中から威勢のいい声が聞こえてきた。
「おーい、運んどくれ! こっちは出来上がったよ!」
ユウが中を覗くと、年配の女性が、厨房で忙しそうに鍋をかき混ぜている。
心臓が、高鳴った。これだ。宿代を気にせず、食事の心配もない。
しかも、ギルドでの依頼と両立すれば、旅の資金も着実に貯められる。
ユウは、意を決して扉を開けた。
「あの、すみません」
遠慮がちな声に、女性は顔を上げる。
その顔には、年季の入った皺が刻まれているが、その目には愛嬌があり、活気に満ちている。
「なんだい、嬢ちゃん。まだ開店前だよ」
「いえ、あの、貼り紙を見て……住み込みで、働かせてもらえませんか?」
唐突な言葉に、女性は一瞬だけ、目を丸くした。
そして、ユウの顔をじっと見つめると、不敵な笑みを浮かべた。
「お前さんみたいな娘に、給仕なんてできるのかい?」
「はい! ちょっとだけ……」
学生時代のアルバイトは、実務経験があるといっても差し支え無い筈だ。
「ふうん」
女性は、とりあえず、といった様子でユウを招き入れた。
「身分証はあるのかい」
そして、検分するよう上から下までユウを眺めまわし、掌を上に向けて促される。
「あ、ギルドの、あります」
手渡された登録証をためつすがめつした女性は「なんで、薬師見習いさんが……あんた……ワケありなのかい」と、若干眉を潜めた。
「家出とかじゃないですよ!」
つい慌てて両手を振る。ユウの言葉に女性は片眉を跳ね上げ、しばし考え込んだ後「……この所団体さんの受け入れが多くて人手が足りないんだよ。本当に給仕やったことあるんだね?」と念を押すように続けると、メニュー表を押し付けてきた。
「うちはプレート一皿に大盛りがメイン。酒は出さない。重いよ? あんた名前は」
「ユウです!」
「私はエレナだ。そっちが通いで来ているマリィ。夫はゼリスの大災厄で亡くしているから、店の上に住んでいるのは今の所私だけ」
厨房の奥から、おさげ髪の少女が、顔を覗かせ、ひらひらと片手を振った。
今までと全く違う雰囲気の空間だ。しかし二人とも女性のせいか、なんとなくほっとする。エレナはぶっきらぼうな口調だが、世話焼きタイプのようだった。
そして、この場所での幾つかの出会いが、ユウの新たな旅路を決定づけることになるのだった。




