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003 THINKING 考える,思索する

 翌朝、日の出と共に、自然に覚醒した。

 酷く喉が渇いていて頭も痛い。

 細い雨音がしていた。

 そういえば、自分は気圧に弱い性質である。

 のろのろと起き上がり、光景を確認。不可解な状況に、


「うん、変化なーし」


 自分を鼓舞するように声に出してみたものの、続けて溜息が零れる。

 起き上がって、何か口を潤すもの、と考える。


 昨晩、手近にあったものを雑多に詰め込んだスーツケースを開くと、有難いことにコンビニで買っていたお茶と菓子パンが出てくる。それをもそもそと食べ、お茶を飲みながら、室内を改めて確認する。


 石造りの厨房。といってもいいのだろうか。予想に反さず、二口のかまど形式だ。その脇にはそこそこ立派な薪オーブンが見える。流しの横には金属製の手押しポンプがついており、それを押すと、濁りのない水が、流しを濡らす。


「湧水がどうのって書いてあったっけ……?」


 煮沸した方がいいのかもしれないが、今すぐ火を沸かせる状況にない。指で触れてみると、心地よい温度だ。ついでに顔をばしゃばしゃと洗うと、頭痛が少しだけ和らいだような気がする。


 振り返ると玄関の前に昨夜苦労して運び込んだベッドマットレスが、出入りを塞ぐよう鎮座している。その奥に大きな平テーブルと長椅子。最初の部屋にあるものはそれがすべてだった。


 続けて一つ目のドアを開けてみる。そこも石造りの壁で、六畳ほどの部屋。片側の壁には備え付けられた寝台があった。


「寝るところ、ちゃんとあった……」


 とはいえ、寝台も石で作られており、残念ながらリネン類の類は無く、クッションだけが三個ほど並んでいる。苦労して持ってきたベッドマットレスが活躍しそうだ。そして出窓には、素朴なランプみたいなものがあるのを確認し、心底安堵する。家があったとしても灯りが一つもないというのは、心もとない。


 衣食住は確保されているプランじゃないの!?

 と、心の中で突っ込みつつ、後でファイルを熟読しようと心に誓う。


 次の部屋も似たようなサイズ。

 正面に出窓があるのは先程の部屋と同様だが倉庫のような印象を受ける。

 左手には木製の大きな棚があり、籠や木製の桶や箱、棒や刃物っぽい道具類らしきものがところ狭しと並べられている。そして向かう合う壁面にも、棚があり下段は引き出し。そして上段には分厚い本が何冊も並んでいた。


 表紙の文字は見た事がないものなのに、読める。

 タイトルの雰囲気からして、物語や小説の類のようだ。


 これは……都会の喧騒から離れた森の家で読書などのスローライフを送るのは如何、的なプランなのかもしれない。


 どちらかというと読書好きなユウだったが、社会人になってから小説の類を二行以上読んだ記憶が無い。部屋を自分好みに飾り、庭造りなどもして、読書三昧みたいな生活をする事も可能。


 いくらなんでも、こんなに長く続く夢は無いだろう。

 というか、あの破壊された自分の部屋を見た後に、そしてこの家に足を踏み入れた瞬間から、無意識のうちでは理解をしていたのだ。これは夢ではなく、現実に起こっている事だ。


 部屋を出て通路の突き当りの戸を開くと、トイレがあった。洋風の形に安堵しつつ中を覗き込むと水が流れていた。どういった仕組みなのかは判らないが、レバー等が見当たらない為、常に流れっぱなしな水洗なのかもしれない。


 そしてトイレと直角に位置している戸を開くと、半屋外になっており、手前は三畳ほどの滑らかな石の床。そして反対側には楕円形の石造りの浴槽。なんと湯が溜まっている。浴槽の隅からはお湯が流れ落ちており、


「温泉付き!って書いてあった!! しかも源泉かけ流しっぽい!!」


 ユウは身に着けていたものを反射的に脱ぎ、浴槽に飛び込んだ。


「生き返る……」


 温度は少し高めだが、昨日はあのまま着替えもせずに倒れてしまった。日本人としては毎日風呂には浸かりたい。

 無色透明な泉質で、匂いは無く、湯の感触は柔らかかった。


 木々の隙間からは陽光が差し込んでいる。緑の匂いをいっぱいに吸い込み、頭を浴槽の縁に預ける。ぱんぱんに張っている腕や足から力が抜けていく。


「うん、こんな生活、悪くないかも……朝っぱらから温泉とか、ありえないもんね」



◇◇◇



 温泉に浸かって少し気力を取り戻したユウは、部屋づくりに取り掛かった。


 寝台のあった部屋にはマットレスを運び込む。土だらけになった足は取り外してマットレスだけを寝台の上に乗せようとしたのだが、そうすると腰かけても足が届かないため、結局、寝台と反対側の壁にマットレスを寄せ、寝台の上には直ぐには使いそうもない冬布団を積み上げた。


 細々とした生活用品はそれぞれ適した場所に配置する。キッチン関係は厨房に、浴室関係は浴室に。段ボールの中は殆どが春秋冬の衣類なので、そのまま倉庫の隅にでも置いておこうと考える。元々荷物はそれほど多くない。


 これから色々買おうと思ってたんだよね。


 キッチン小物や調味料を並べながら、ふと気が付く。

 ――食材が無い。


 非常食としてカップラーメンが数個あったが、主食になりそうなものは、五キロの米、ホットケーキミックスが一箱、パスタの乾麺。これは非常にまずい。森の中で食べられそうなものを探そうといっても、知識が全くない。茸類は毒を持つものが多いし、生態系がどういう感じなのかも知らないのだ。


 そもそもここが何処なのか。明らかに自分の居た日本とは違う。そもそも地球では無い気がする。ファンタジーでしかお目にかかれない『異』世界なのだとは感じているのだが、答えてくれる者も無いので確信が持てていない。だがしかし、ここで生活していかなければならないとしたら、非常に大切な事である。


 衣食住の食が、現状欠けている。


 そして、もう一点……ユウは竈を深刻な表情で見つめていた。


 なんとなくのイメージとしては、この下の焚口部分にいれた炭か薪に火をつけ、鍋やフライパンを置いて使用するのだろう。が、肝心の炭も薪もそして火種となりそうなものもない。


 残念ながら文明の利器であるマッチ―やライターといったものも所持しておらず。と、なると有る物で工夫して火を熾すか、原始的に熾すかの二択位しか思いつかなかった。


 面白そうだし、という理由で細い棒を板切れに摩擦する方法をやってみようと、さっそく外に出る。幸い周囲は森である。枝や木の類は簡単に手に入った。部屋のあった周辺には建物の残骸が散らばっている。引っ越して間もなく残骸となった新居は鉄筋コンクリートのマンションだったが、壁や床板は立派は廃材になりそう。


 森の真ん中にぽつんと取り残されているユニットバスの風呂釜が、かなり自己主張をしていた。せっかくなので使えそうなものは凡て再利用する!と意気込み、風呂釜の中に木切れや窓ガラスの破片、置きっぱなしだったものを、ぼんぼん放り込んでいく。


 真夏の日本に比べてかなり涼しいと感じていたこの場でも、流石に無心で慣れない作業をしていると額に汗してくる。目につくものをいっぱいに突っ込み、ユウは満足そうに自分の仕事ぶりに笑みを浮かべた。


 営業での外回りとは違う肉体作業は、想像以上に心地よかった。

 スローライフ?と問われると少し疑問ではあるものの、こういった作業にもしかしたら向いているのかもしれない。強制的な移住パッケージに登録させられた状況にも関わらず、微妙に馴染み始めている自分は、案外能天気なのかもしれない。


 ベッドマットレスを押したり引っ張ったりするよりか、風呂釜を押したり引く方が幾分マシである。と、どうでもいい知識が増えた。地面に底が広く接している所為か、あまり土に引っかからず、滑らせることができる。とはいえ、亀よりも遅い速度ではあるが。


 小路に辿り着いた時には、すでに太陽が真上に見えている。体内時計で数時間かけて押した成果は、森の中にある部屋の跡地から小路まで大地をしっかりと踏みつけ、明らかに何物かが行き来している獣道のような形を作り上げた。


 森への出入り口の目印としていたカーテンはいらないかもしれない。

 あの建物にそういう布類は、ユウの衣類やタオルを除いて殆ど無い為、これも何かに活用しようと取り外す。代わりに、木の幹にガラスの破片で×印を付けておいた。


 スローライフよりかは若干サバイバルじみて来たなとユウが思いはじめたのは、原始的な火熾しに取り掛かった頃である。


「指も掌も痛い!」


 頭の中でイメージしていたのは、細長い棒を平たい板切れにぐりぐり回しながら摩擦させる火熾しだ。摩擦し続けていると、なんとか煙までは出る、がそこから火にならない。ほくちになりそうな細かい木くずを集めて置いているのだが、少し焦げる程度だ。


 せっかく竈やランプがあるのに火が無いと活用出来ない。家の周りをぐるぐると回る。建物の正面左手はちょっとした庭の様になっている。花壇はあるものの、何の植物も植わっていない。裏手には温泉の湧く石造りの湯舟。そこそこ湯自体は高温だったが、地面に手をあてても直接その温かさを感じる事は出来なかった。これが地上すぐの所まで湧き上がっているなら地熱を利用出来たかもしれないが。


「うーん……虫眼鏡とかあったら良いんだけど、そんなのないしね……」


 小学生の時の理科の実験を思い浮かべる。割れた鏡の破片はいくつかあるけど発火するほど光を集めるのには程足りない。ペットボトルに水を入れてレンズ代わりにするというのも何かの動画で見たような気がするものの、いまいち思い出せない。


「やっぱり地道にやるしかないかな……」


 が、結局、幾らやっても焦げ目しか作ることが出来ず、腕の筋力が早々に根をあげたので、明日また挑戦する事にし、再度温泉に入る。お腹は空いたが水があるだけマシだと、結局キッチンのポンプからでるお水をがぶがぶ飲み、その日も陽が落ちると共に、寝てしまった。



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