027 TASK 課題,作業,任務
「準備はいいか」
ロシュディが静かに尋ねる。彼の視線は、奥深く、地下へと続くであろう未知の空間に向けられていた。
「うん、大丈夫。行きましょう」
ユウは、彼の瞳を見かえし、力強く頷いた。
中途半端に床に空いた穴をあけっぱなしにしていても、気持ちが落ち着かない。
何としても秘密を解き明かす必要があった。
話は一時間ほど遡る。
蜜蝋で封をされた手のひら大の木箱。
達成報酬とやらで貰った、書棚拡張キットである。
この森の小屋の中で書棚が置かれてある場所といえば、物置しかない。
近頃は、村との物々交換に近い交易で手に入れた雑貨が多少増えたものの、片側一面はユウがこの世界に来てから、まったく変わり映えのしないラインナップである。
植生辞典や香草辞典。薬草辞典。それからロマンス小説の類。
ロシュディの話によると、フェルギス王国内では、あまり書籍は普及していないそうで、壁面にこれだけの書物を並べる事が出来るのは、王宮内、研究機関、豪商か貴族階級の邸宅でしかみられないとのことだった。
それを拡張できるというのは、ユウにとって非常に興味深かった。
小説の半分ほどは読み終わったが、続刊があるのならば読みたいし、入門編から進んだ中級編の植生辞典や薬草辞典があるのなら、読んでみたい。
あくまでのこの異世界移住パッケージプラン内で得た報酬なのだから、恐ろしい展開がこの先に待ち受けているとは思わなかった。せいぜい、魔導冷蔵庫が拡張された時のように、新しい部屋ができるのかな、と安易な期待をしていた。
封蝋を開いたとき、さながら昔話に出てくるような白い煙が辺り一面に立ち込めた。が、煙を吸って息が苦しくなるとか、そういった身体的に影響を及ぼす状況には陥らず、ただその煙がすべて消え去った後、地下へと続く隠し階段のようなものの見える穴が、床に開いたのだっだ。
二人は慎重に地下へ降りた。
細く狭い階段を抜けると、そこには石造りの何もない空間が広がっていた。
最奥に石扉が一つある。
警戒しながら近づくと、音もなく開いた。
蒼白い光を放つ巨大な水晶がひとつだけ、薄暗い空間に静かに鎮座している。
ロシュディは、水晶の台座を注意深く調べた。足元、一見すると何の変哲もない石板が、他の床とはわずかに異なる色合いをしていることに気づいた。
「これは……」
ロシュディが石板に手をかけると、わずかながら抵抗があった。ユウは後ろからロシュディの手元を覗き込む。
カチ、と小さな音が響いた。
現れたのは、更に地下へと続く暗い階段だった。
冷たい、湿った空気が、階段の奥から吹き上げてくる。ユウは、夜光苔を詰めたガラス瓶で、階段を照らす。
「気をつけろ。何があるか分からん」
ロシュディは、ユウの前に立って、慎重に階段を下り始めた。ユウも、彼のすぐ後ろに続いて階段を下りる。
地下の空間は、想像以上に広かった。いくつもの通路が迷路のように分岐しており、壁には、様々な文字や図形が刻まれている。埃とカビの匂いが混じり合い、どこか生命感を感じさせる、奇妙な空間だった。
「すごい……まるで、巨大な研究室みたい……」
ユウは、驚きと好奇心に満ちた目で周囲を見回した。壁には、見たことのない植物の標本や、奇妙な鉱石が展示されている。棚には、様々な種類の液体が入った瓶や、用途不明の道具が所狭しと並べられていた。
ロシュディは、周囲を警戒しつつも、壁に刻まれた図形や紋様に目を凝らした。
奥に向かって空間は広がり、まるで隠された庭園のように、小さな泉があった。泉の水は澄み切っており、そこから穏やかな温かい香りが漂っている。水面には、ほのかに青白い光が揺らめき、その底からは、かすかに魔力が放たれているのを感じた。
「これは……高地の魔力を凝縮した場所か……?」
ロシュディは、その泉に近づくと、自身の血に眠るわずかな魔力が、泉の魔力と呼応し、微かに熱を帯びるのを感じた。彼は、自身の掌を水面にそっとかざしてみる。すると、水面に映る光の波紋が、まるで彼の指先から広がるように、わずかに強くなった。
箱庭の様な光景に、ユウはあっけにとられていた。
泉の横のに小さな東屋があり、白い鉄製の丸テーブルと、向かい合うように二対の椅子が置かれてある。
空間全て大きさの違う石が積み上げられて構成されているにもかかわらず、ツタのような模様が描かれている箇所以外は、磨いたように滑らかだった。
「これ……」
その時、ユウがテーブルの上に置かれてある厚い革の冊子に視線を落とす。
埃を被っているが、表紙には、ユウにとっては既に非常になじみ深くなった文字で『異世界移住一括処理計画』と書かれている。
「これ、あの黒いファイルと同じだ……」
ユウは震える指先で冊子手に取った。ページをめくると、緻密ながらもどこか飄々とした手書き文字が並んでいた。それは、この冊子に記録した者が、この世界でどのような研究を行ってきたのか、その詳細が記された貴重な資料だった。




