017 TOGETHER 協力して,共同して,力を合わせて
我ながら、このローストチキンの仕上がりは、素晴らしいものだと思う。
ユウは心の中でひとりごちた。
ロシュディは暖炉に火を入れる作業をしている。
一度も使用したことのない造作物の為、ロシュディにお願いしたところ、二つ返事で引き受けてくれた。
初めてこの高地に足を踏み入れた時に比べると、朝晩が冷えるような気がして、暖炉の稼働を決意したのだ。
「これは……見たことのない構造だ。煙突が内部で二重になっている……。この住居には、奇妙な仕掛けが多いな」
ロシュディは暖炉の奥を覗き込みながら、その複雑な構造に唸った。
ユウの家にある暖炉は、現代日本でも多く見られる効率的な暖房システムを備えていたため、彼にとっては未知の技術だったのだ。
「よくある形の暖炉なのかなって思ってました」
ユウが首を傾げると、ロシュディは複雑な顔をした。
「俺の知るものとは根本的に構造が異なる。熱効率を極限まで高めていると見える。王都でもほとんど見かけない」
言いながら、薪を炎にくべる。
竈ではなく、暖炉に火が入ったことは、彼らの生活を向上させた。
常に飲料用の湯を沸かしておくこともできるし、ユウからすると、火を熾すたびに、恐れたような視線が飛ばされるのに、いちいち心を痛めずにする。
「そういえば西の方に、狼の足跡があった。直接この家に向かっているわけではないが、警戒はした方がいい」
「了解です。……あ、よかったらお茶淹れてありますよ」
ユウがカップを差し出すと、ロシュディは一瞬だけ目を細めた。
たまにこういう表情を見せるようになった。感情が表に出るようになった、というのか。
「……ありがとう」
「どういたしまして。お肉焼けるのもう少し待ってくださいね。野生肉だし中までしっかり焼いた方がいいかなと思って」
「……ユウ」
「はい?」
「この家は、やけに静かだな」
「そうですね……都内で社畜していた頃は、四六時中ガチャガチャ音がしてましたから、それと比べるととても静かです」
「社畜というのは、かつての所属組織か?」
「……まあ、ざっくり言うと、そうなりますかね」
「俺も似たようなものか」
ロシュディが、ぽつりと零すように問う。
「その生活は、君にとって幸福だったのか?」
「……うーん。正直、あんまり。でも、自分で選んだ道だったし、途中で逃げなかったのも、私なんです。だから……後悔は、ちょっとだけってことで」
「強いな」
「えっ、そう見えます?」
「俺の傍にも強者を演じていた者はいた。だが、君の言葉には妙な重みがある」
「……ほめてます?」
「もちろん」
その返事に、ユウは思わず茶を吹きそうになった。ロシュディの口から「もちろん」なんてあっさり出てくる日が来るなんて、想像もしてなかった。
日が傾きはじめたころ。
ロシュディは、静かに庭に出て、追加の薪を取りに行った。
ユウは食卓に皿を並べ始める。いつも通りの、変わらない時間。
でも──ほんの少しだけ、違っていた。
気づけば互いのことを少し、知ろうとしていた。
無理に踏み込むわけじゃなくて、ただ、相手がどういう人なのか、少しだけ。この森の生活に、自分だけじゃなく、彼も少しずつ馴染んでいるのだと思う。
「……この静けさは、悪くない」
「……私も、そう思います」
焚き火のはぜる音と、ハーブの香り。
ゆるやかな距離が、少しだけ縮まった気がした。
◇◇◇
「――が――――知――――」
黒く獰猛。賢い獣の首に腕を回し、白金髪の男は何かを短く告げる。
勾玉の様な光彩が刹那拡大し収縮する。
離陸に道は必要ない。大きな翼を広げ浮遊すると、水圧から川魚が水面を跳ねた。
夜天に忽ちのうちに姿を溶かしていく。
ロシュデイは最早、点にも見えない影を、焦がれるように見送った。
月明りだけが見ている。
風の囁き声も聞こえない夜だった。
◇◇◇
夜明けの色が谷あいに差し込む頃、深い霧がエオルトリア高地の小屋を包んでいた。
ユウは窓辺に視線を向けた。
「……ロシュディさん、妙に森が静かじゃないですか? なんか、鳥の声も聞こえないような」
向かいに座るロシュディはうなずき、乾いた皿を片づけながら眉を寄せる。
「尾根にいた狼の群れが気配ごと消えている」
「牛は?」
「敷地から外には出ていない」
「嵐の前のしずけさ、とか」
「断言はできないが、森全体が何かを避けているな」
そのとき、裏庭から硬質な高音が届き、二人は小さく顔を上げた。
地面に打ち込まれた銀の杭。その先端が、淡い青白い光を放ち始めていた。
「あれ……あの杭、前からありました……?」
ユウが椅子を離れ、戸口に歩み寄る。
【外部魔力反応を検出。警戒レベル:中】
【ご安心ください。異世界移住パッケージプランTは、快適な生活環境をサポートします】
玄関が開く。
ロシュディはすでに外套をまとい、腰の剣をわずかに引き抜いて刀身の感触を確かめている。
「西の木立に複数の影。姿は見えないが、気配がぶつかっている。結界を探っているのだろう」
「こちらを試している、ということですか」
「ああ。反応を見ている。今はまだ侵入していないが――」
言葉の途切れを埋めるように、杭がさらに強く光り、地面がわずかにせり上がった。石台から伸びたのは小型の砲塔。銅色の砲身が静かに旋回し、西方へ照準を合わせる。
【自動迎撃システム起動】
【キャンペーン期間中のため、無料で対攻城戦防衛パックを適用します】
淡い魔力の粒子が砲口に集まり、空気が震えた。
ロシュディは砲塔の術式を凝視し、低く息を吐いた。
「王都の魔導工房でも見たことのない……構造だ。衝撃を偏向し、同時に対魔障壁を展開する――高度な重層結界」
彼は視線をユウに向ける。
「この水準の防衛を個人が所有する例は、まずない」
ユウは大きく首を横に振り、言葉を選んで口を開いた。
「私は、この施設に付帯している機能のすべてを把握しているわけではないので、何を聞かれても判りません!」
それでも、胸の奥に揺れる不安は否応なく伝わった。
その時、森の奥で光が弾けた。
霧を割る白い閃光――結界を叩いた衝撃波が、杭から走る紋へ吸収される。
黒い影の輪郭が一瞬浮かび上がり、霧の中へ溶けていった。
素人の目にも理解できる。そこに何かがいる。
【迎撃完了。結界の突破は不可能と判断。警戒を継続します】
ナビゲーションの宣言とともに光沢が収束するが、鳥の声は戻らなかった。
小屋に戻ると、薪のはぜる音だけが響く。
ユウは湯気の立つカップを両手で包み、低く息を吐いた。
本当に何もかもが良くわからない。
異世界移住パッケージとは。
「……それかここまで強力な防衛結界が必要だということは、狙われる価値を持つ何かがここにあるとか……」
ユウの心の声はそのまま音として漏れてしまった。
「それは俺にもまだ分からない。ただ、一つだけ言えるのは、もしそれが、俺の問題だとしたら君を巻き込みたくない」
ロシュディの言葉には硬い決意が宿っている。
「私は……いまのところこの場所以外、帰るあてがないので……」
ユウの声は穏やかに揺らいだが、その奥に明瞭な意志を宿していた。
「危険を前にしても、留まるほかありません」
ロシュディは軽い驚きとともに微笑み――しかしすぐ真剣な眼差しに戻った。
「君の決意を尊重する」
夜、結界の薄明かりが再度小屋を包み、霧の向こうで影が蠢いている気配がした。
ユウは暖炉の前で書き留めていた生活記録――いわゆる日記である。のペンを置き、静かに呟く。
「――平穏に、暮らしたいだけなんだけどなあ」
彼女の声に、ロシュディは剣を壁に掛けたまま応じた。
「夜が深いほど、光は遠くまで届く。焦らず進もう」
ランタンの柔らかな火が揺れ、外部からの音の一切しない夜だった。
それでも小屋の内部には、互いの存在を確認し合うかすかな安堵が満ちていた。
危険は去っていない。秘密も解けていない。だが――闇を裂く刃と、霧を照らす灯が、同じ屋根の下にある。
二人の静かな誓いを包むように、深い森は再び沈黙を抱いた。
【サブクエスト達成:王子様の信頼度がわずかに上昇しました】
【生活クエスト更新:守りたい日常】
【報酬:薪一束(自動搬入)】




