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それから仕事の説明を済ませて、近場でソフィアの生活用品を買い集めてきた後。

家に戻ってきた二人は夕飯までの時間を持て余し、ミリナの提案でしばらく話をすることにした。

わざわざ『話をする』という動作を大げさに扱っている辺りがミリナの人付き合いの下手さを感じさせるのだが。


人間関係があまり得意そうではない雰囲気はソフィアにも伝わっていたようで、

どこかぎこちない感じで誘ってきたミリナに対して「大丈夫ですよ」と言いたげにこくこくと頷いて返す。

ミリナもそんなソフィアの反応にだいぶ救われたらしく、安心したように笑顔を見せていた。


そうやって二人が落ち着く場所として選んだのはミリナの自室。

まだ入ったことがなかったソフィアは扉の先へ踏み入れてすぐに「うわぁっ……!」と声を上げる。


「ミリナさん! これ全部ミリナさんの本ですか?」


決して狭くはない部屋を取り囲むように配置された本棚、そこには数多の書籍が収められていた。

ベッドと机、それからクロゼット以外にはほとんど家具もなく、さながらミニチュア版の図書館といったところか。

全体的に茶色で統一された内装も図書館という印象を更に促しているようだった。


「そうですよ。実家から持ってきたものもあれば、王都に越してきてから買い足したものも結構あります。

 半分以上は魔法関係の本ですけど、残りは小説とか実用書とか色々です」

「もしかしてこれ全部読んだんですか……?」

「流石に全部じゃないです。8割くらいでしょうか……ゆくゆく読もうと思ってるのが残りの2割ですね」


数百冊では足りないほどの本の山は、もはや蔵書と呼んでも差し支えないほどだった。

よくよく見てみるとジャンルや学問ごとにきっちりと整理されていて、それだけでミリナの几帳面さが窺えた。


「わたしも、自分の部屋は本がたくさんあったんですけど、この部屋ほどじゃなかった、ので。

 ……あっ、この本、わたしも読んだことあります! 『大陸地理学入門』、わかりやすくまとまってて読みやすかったです」

「本当ですか!これいい本ですよね、初心者にも優しい語り口で要点も纏まってて入門書のバイブル、って感じです。

 特に地理的な特徴を解説した上でそこから派生する他ジャンルにも手を伸ばしていて総合的な学習への入口に最適だと思うんです。

 私なんかは第3章で取り上げられていた主要産業のパワーバランスによる政治的な駆け引きなんかにものすごく面白さを感じてしまってこれを読み切った後はしばらく政治学の入門書に手を付ける日々が続いて睡眠時間がなくなるくらい熱中したんですよ魔法の勉強が少しだけ疎かになった時は魔法愛好家としていかがなものかと自問自答を繰り返してしまうほどでしてあと他にもs」

「えっと! ……あの、ミリナさん」

「…………あっ、す、すいません、喋り過ぎました……」


見事なまでの饒舌っぷりだった。そしてそれに気付いたミリナはほんのり頬を赤らめて恥ずかしそうにしていた。

こほん、と咳払いをひとつしてから改めて喋り出す。


「えっと、本の話もしてみたいのはやまやまなんですが……私、ソフィアさんに聞いてみたいことがあるんです。

 椅子は……一つしかないので、ソフィアさんはベッドにでも座ってください」

「は、はい。じゃあ、お邪魔します」


ぽふんとベッドの端っこに腰を下ろすソフィア。

改めて見回してみてもすごい部屋だ。ベッドが置いてある側にまで本棚が据え付けられている。

今はまだ空いているが数年後数十年後にはぎっしり埋まっているのだろうか。そんなことを考える。


ミリナも椅子に落ち着くと両手を膝の上で揃え、何やら改まった様子でソフィアの方へ向き直った。


「こんなに大変なことになって、まだ1日も経ってないのに申し訳ないんですけど……この先のこと、決めておきたくて」


その言葉にソフィアもはっとする。

充実した日中を過ごしたせいで忘れていたが、自分は今帰る場所を失った身なのだ。


「正直なところ、ソフィアさんのご両親を見つける自信はありません。どこに住んでいたかもわからない、周りの環境もわからないとなると、手掛かりがなくて何とも……」

「そう、ですよね……」

「ただ、仕事柄この国の中は飛び回ってますし、少しなら役人に顔が利くところはあります。ソフィアさんと同じような状況に巻き込まれた人がいないか、私も調べてみようかと思っています」


「そこまで調べてもらえて、すごく、ありがたいです。たぶん、本来わたしは孤児院とかに行くものなのかな、って思ってました」

「今役所にソフィアさんを連れていけばそうなるでしょうね。この国の福祉は悪くないので相応の生活は送れそうですけど、それで何かご両親のヒントが見つかるかと言えばそうでもなく」

「はい、そう思います」


ちなみにフォルシア王国は介護や福祉にも力を入れていて、税金の用途の一つとして子供や高齢者に対する保護が手厚くなっている。

そういうわけで孤児院とはいえ一般の生活水準と大きく変わることはない。ミリナがこの国が好きな理由のひとつでもある。

ただミリナが言ったようにそれで問題が解決するわけではない。


「ソフィアさんは、できることならご両親と再会したい……ですよね?」

「はい。難しいとは、思うんですけど……できれば、会いたいです」


それを聞いてミリナは安心したように頷く。


「それがはっきりしていれば方針も自ずと見えてきます。ソフィアさんは私の仕事を手伝いながら家に住み込み、私は仕事の合間に手掛かりを探します。これでよいでしょうか?」

「はい。もちろん、です。こんなに良くしてもらえて、すごくありがたいです」

「ありがたいってさっきも言ってましたよね。ソフィアさんは律儀だなあ」

「えっ、あっ、そ、そうでしょうか……」


ちょっぴり照れてみせたソフィアの様子にミリナの心も和らぐ。

朝から見せていた小動物のような仕草に、年相応の恥じらった表情も加わり、ミリナの心境はすっかり保護者気分だ。


「とりあえず、ここまでの話がちゃんとできてよかったです。ソフィアさんも多分不安だったと思うので」

「えっと……わたしは、ちょっと忘れかけてました」

「いや忘れないでください割と大事なことです」

「そ、そうですね、はい。……あと、わたしも聞いてみたいです。ミリナさんのこと」

「……私ですか? 別にそんな面白い話は出てきませんけど……」

「ミリナさんの今までのこと、知りたいです。せっかく助けてもらったので、どんな人なのかなって」


要するにミリナの身の上話を聞いてみたいというリクエスト。

詳細に話すほどの義理があるわけではないのだが、長い付き合いになりそうだし知ってもらうのも悪くないかなとミリナは思う。


「えーと、じゃあ掻い摘んで私のこれまでのことをお話ししますね。生まれはこの国の北端の町です、名前は……あれ、なんだっけ」

「…………生まれ故郷のこと、忘れたんですか」


なんだか冷ややかな目で見られているような気がしてミリナの額を汗が伝う。


「私、魔法に脳の容量を割かれてるのか昔のことがどんどん抜けていくんですよね……ははは……」

「とりあえず、ミリナさんが魔法が好きなのは、よくわかりました」

「あっ、思い出しました。マーリヌってところです。そんなに大きくはないけど田舎って程でもないかな……そこで12歳まで過ごしました。

 昔から魔法が好きで、自分で言うのもなんですけど結構才能もあって、勉強も得意だったので町の学校を飛び級で卒業しました。そのまま王都に引っ越してきて、国立学院の魔法科に入学したんです」

「飛び級……っていうのは、学校を早く卒業する、ってことですか」

「そうです、本来は15歳まで掛かるところを3年早く卒業しました。それで両親も勧めてくれたので魔法科に入って4年間勉強して、卒業したのがちょうど1年前です。あ、ちなみに今は17歳です」


外の世界を知らないソフィアでも、そこそこ優秀な人なんだろうという気はしていたが実際に本人の口から聞くと驚くところもある。

それと同時に良い人に助けてもらったな、とも思う。


「ミリナさん、すごい人なんですね」

「魔法だけに関して言えばそうかもしれません。私が操縦しているスカイレイクもほんの一握りの人しか操れないようなものなんですよ……まあ、それはさておき今ですね。卒業してからご存知のように運送屋を始めました。

 1年経って大分軌道に乗って来たので収入も上々。日々の生活には特段困ってもいないので、ソフィアさん一人養うのも全く問題ありません」

「養うって、なんだかこう、わたしがミリナさんの娘みたいですね」

「そうですか? 私は従業員を養っている経営者の気分ですけどね……」


意外とミリナさんはドライなところもあるんだな、と思う。

そういう人だからこそ過剰に入れ込まずに関わってくれるのかなと考えたりするソフィア。


それから普段の仕事の話なんかを詳しく聞いているうちに日が暮れ、昨日と同じようにプリドールで夕食。

帰ってきてからはお風呂に入って、あとは買ってきた生活用品を整理して、ベッドに入ったのが22時。


長いようで短いような一日。

初めて出る外の世界の暮らしに不思議な充実感を覚えたソフィアはベッドの中で今日のことを反芻する。

新しく覚えたこと、初めて行った買い物、そしてミリナとの時間。


これまでずっと家の中で送ってきた暮らしも決して悪いものとは思っていない。

けれど、今日一日は今まで過ごしたどんな日よりも満ち足りていたと思う。


この気持ちの正体はまだよくわからないけど、不思議とこんな日々が続けばいいなと思う自分がいた。

そうやっているうちに入った眠りの世界はとても心地よいものだった。

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