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その光は緊急事態に飛び起きた王都の住民も、王都の周辺で暮らしている人々もはっきりと捉えていた。
真夜中にはありえない、月の光でも街の灯りでもない異常ななにか。
その光源は誰にも見えなくて、誰にも正体が掴めなくて、それはその場に居合わせた人間も同じで。
だからその光が収束した時、中心に二人の少女が変わらず佇んでいたことに全ての元凶たる魔法使いは驚愕したのだった。
「なっ、何故―! 何故貴女が生きているのです!?」
「おあいにく様、私は魔力の吸い上げっていうのが特技でね。ソフィアに注がれた魔力は私が半分もらいました。……おっと、逃がすとまずいね」
「ミリナ、次元魔法であいつの動きは止めておいたよ」
魔力の吸い上げ。それはこの国でミリナが初めて成し遂げた魔法技術の極致。
他者の魔力を無色透明なまま吸い上げて自らの魔力と為す、もはや反則に近い行為。
200年生きた魔法使いでもその域には至っていなかったのだろう。
自らにまつわる全ての存亡を賭けたギャンブルはミリナの勝ちだ。
そして今、ミリナもソフィアも極限まで魔力を溜め込んだ状態にある。
理論上可能であっても魔力量という現実的な事由によって行使が難しかった魔法の数々も、今なら問題なく使いこなせる。
手始めにソフィアが次元魔法と拘束魔法を応用して簡単には逃げ出せない時空の檻を作り出す。
いくら天才的な魔法使いでもそれを壊して抜け出すのは容易くはない。
「チッ……それならこれで―」
「転移魔法で逃げるのは無理ですよ。その中に虚構魔法を掛けておきましたから、そんな高度な魔法は組めないはずです」
「クソォッ……!」
魔法の構築を妨害するという魔法。
これを行使すればまず逃げ出せない。
準備は整った。
後はあいつの動力源― 心臓の魔力結晶を打ち抜けば終わりだ。
「ソフィア、準備はいい?」
「うん。いつでもいいよ、ミリナ」
二人で手を取り合えばお互いに頷き合って、それから真っ直ぐに正面を見据える。
伸ばした手の先は災厄たる魔法使いの心臓。
握り合った手の温もりがあれば、この先どんなことがあっても乗り越えていける気がする。
そしてこの一撃をその証左にするのだ。
手の先に眩く暖かな光が集い始める。
これから二人が放つのは光彩魔法。ありとあらゆる魔力に対して効力を持ち、あらゆるヒト・モノ・コトを光に帰す特級の魔法だ。
光が集っていく度に互いの手を握り合う強さが増していって、それと同じくらい心も穏やかになっていく。
そしていよいよ収束した光が全ての元凶に向かって放たれ―
フォルシア王国を揺るがした魔物による襲撃事件は、その犯人の完全消滅と共に終わりを迎えた。
―――
その後、フォルシア王国は後処理に追われることになった。
まず今回の実質的な対応者としてミリナ、ソフィア、アリルの3人は魔法省と国家から直々に感謝の言葉を受けることになり、しかしそれと同時に被害の状況や今後の対策などの検討する防衛部門の会議などに引っ張り出されることになり、一週間ほど疲弊する日々を送ったのは憐れむべきだった。
国立学院の魔法科では200年前に追放した魔法使いが生き永らえていた可能性が高いという結論が出てしまったので、今後同様に危険行為を行う魔法使いが出てきてしまった場合に対応法などを改めて検討させられることになった。
では民間の方はどうだったかと言えば、特段大きな被害があったわけではないけれど、魔物の侵攻時の振動で簡易的な建屋に歪みが出るなどの問題が発生したため建築業者などが対応に忙しくなったという。
そして今回の襲撃事件は王国から全地域へと公式に説明が行われ、今後同様の事件が起きる可能性は低いが各所の防衛体制はより強化していくことを宣言している。
国民からすれば魔物の襲撃というのは未知の恐怖になるので、そこに国家が誠実に対応してくれるということで概ね反応は良かったという。
それは一般的な王都住民であるルミアも同じだったようで―
「ミリナさんが関わってた事件の裏にはそんなことがあったんですねえ。まあとにかく王都は無事だし、ミリナさんも元気なのでわたしはオッケーです!」
事件から10日程が過ぎ、流石にそろそろ後処理からも解放されたミリナとソフィアには日常が戻ってきていた。
こうしてプリドールで夕飯を摂るのもいつもの流れだ。
「そうだね。ああ、そうだ。この件で手伝ってくれた友達がいるから今度連れてくるよ」
「えっ、友達……!? ミリナさんに友達なんていたんですか!?」
「ルミア、割とひどいこと言うね」
アリルもこの件で大分負担を掛けてしまった。
慰労も兼ねて今度プリドールでディナーでも楽しむことにしようとミリナは思った。
ところでそれを眺めていたソフィアはなんだか不満そうで。
「ルミアさん、わたしのことは気にしてくれないんですか」
「あっ、ソフィアさんももちろん大事です! ご無事で何よりですよ!」
完全に後から付け加える形でソフィアのことも労わるルミア。
二人が結ばれてからもやはりミリナのことは贔屓してしまうらしい。
「明らかにソフィアが二番手扱いされてるの、なんか面白いかも」
「もうミリナ……ルミアさんも笑わないでくださいよ」
こうして軽口を叩いていられるのもあの事件を乗り越えてからで、ソフィアが傍にいてくれる喜びを改めて感じるミリナだった。
「でも、私からしたら一番はソフィアだから。なんといっても恋人だし」
「ミリナっ……!」
「あー、またイチャップルがイチャイチャし始めました。わたしは厨房に帰ります」
ソフィアが踵を返していったところで閉店後の店内に残された二人。
静かになった空間に深く呼吸するミリナの息の音が響く。
「あのね、ソフィア。私、ソフィアと出会えて本当に良かった。
こうやって自分のことを受け止めてくれて、ソフィアも自分のことを見せてくれて、一緒にいて幸せだと思える人と恋人になれて嬉しい」
「わたしもだよ、ミリナ。傍にいて嬉しくて、楽しくて、満ち足りて、こんなに素敵な気持ちになれる人と出会えたことが夢みたいで。でも夢じゃなくて本当で。
色々な経緯があったことはあったけど……でも、ミリナに巡り会えたのはわたしにとってこの上なく幸せなことだよ」
初めは名前も何もわからないところから始まって、たくさんの気持ちを伝えあって、いろんな出来事を越えてきて。
そうして辿り着いた場所が今なのだとしたら、これ以上ない幸せなのだと二人して思う。
「じゃあソフィア……改めてこれからもよろしくね」
「うん、ミリナ。こちらこそよろしく」
二人の日々はこれからもたくさんの素敵な魔法と満ち足りた時間とともに続いていく。




