5-9
「っっ―――!!!」
「あら、この程度で私を殺せると思ったら大間違いよ? 貴女の仕掛けていた罠なんて全部丸見えだったわ」
「ちっ!!」
ミリナ渾身の一斉射撃があっけなく無力化され、白兵戦に持ち込まれる。
向こうも魔剣を主体にしてミリナに切り掛かってくるので応戦するほかない。
彼女の太刀筋は奇妙というほかなく、動き自体はゆったりして力の込め方が全く見て取れないにもかかわらず、ミリナの魔剣に叩き付けられる衝撃はそれに見合わぬほどの大きさと強さを備えていた。
防戦一方のまま振り下ろされる魔剣をひたすらいなし続け、彼女の背後から複数の魔剣を展開して背を狙うがそれも弾かれる。
「あら、剣は飛ばすものじゃないのだけど……最近の若者は野蛮な使い方をするのね」
何一つ相手のペースを乱せていないことを解してミリナの手汗が一層強く滲む。
しかしそれに気を持っていかれる暇もなく次の一撃が襲い来る。更に彼女の周囲で展開した覚えのない魔剣が矛先をこちらに向けていた。
音もなく発射されたそれらがミリナへ向かって一斉に飛来する。
「っ!!」
一本一本が重い。それなのに数は十本かニ十本かあって、防ぎ切るだけで手いっぱいの有様だった。
その背後に回り込んだ彼女が隙を突くようにミリナへ斬り掛かる。それをいなすべく背後にも防御魔法を展開すれば、急速に魔力の消費が進んでいく様を感じてミリナの脳内に危険信号が灯る。
事前に十分練ったはずの勝算を潰されたミリナに次の策を練るほどの余裕はなかった。
今度は二本同時に構えられた魔剣が上から叩き付けるように振り下ろされ、それらはミリナの脳天を叩き割ろうと的確に頭部を狙っていた。
魔力の稼働を全開にして迎撃するが急所から逸らすのに精一杯だ。
攻め立てられて後ずさる度に徐々に王都の方へと寄ってしまい、魔物を食い止めているソフィアとアリルの前線に近付いていく。
ソフィアに彼女を近付けるのはまずいと本能が警告している。
だけどそれは脳裏を過るばかりで現実の行動とは何も結びつかない。
それがいよいよ現実になってしまったのは、2本の魔剣を強引に叩き込まれ、とうとうミリナの魔剣も防御魔法も押し負けてしまった時だった。
ミリナの身体が後方へと大きく突き飛ばされ―
「ミリナ!!」
それを目にしたソフィアが間一髪で軌道上に滑り込んでミリナを受け止める。
怪我はしていないが魔力を激しく消耗して苦しそうにしていた。
眼下で止まりそうもない魔物の隊列と腕の中で消耗し切ったミリナ。
助けもまだやって来ないこの場所でどう動けばいいのかわからず、ソフィアの動きが完全に止まる。
そして、とうとうソフィアと彼女が相対してしまった。
少し距離を置いてソフィアの目前に現れた彼女は、昔ここではないどこかで過ごしていた頃と同じ姿をしていて―
「ソフィア」
「…………」
「あら、親を無視するなんて。そんな子に育てた覚えはありませんよ」
「……犯罪者に掛ける言葉なんてない」
その口調は今までのソフィアにないほど鋭く冷たくて、耳に入れた彼女の表情は途端に曇り出す。
それまでの穏やかな表情は跡形もなく崩れ去った。
「十数年掛けて育てたのに、こんな結果に終わるのは残念ね。今なら謝れば許してあげるわよ?」
「黙って。もうあなたに用はない」
ソフィアは鋭く前方を睨み付けたまま言葉を返す。
腕の中のミリナはまだ起き上がってくれそうにない。
「そう、ならもういいわ。貴女には最後に大事な仕事をしてもらうから」
「……仕事?」
嫌な予感がする。
距離を置きたいが、そうすればまた王都に近付いてしまうから退けない。
アリルに助けを求めたいけど彼女は魔物の足止めで手一杯だ。
彼女が大きく手を広げる。
姿だけを見ればまるで女神と誤解してしまうほどの眩い光が広げた腕の中に集う。
その光は王都を飛び越えたその先まで届くほど強く、ソフィアは思わず目を覆いたくなるが、そうして彼女の一挙手一投足を見逃すわけにはいかない。
その中心に集った光は球体となって形を成し、それが不意にこちらへ飛来したかと思えばー
ソフィアの心臓目掛けて吸い込まれていった。
その正体は人間にはなし得ないほどの高密度で編まれた魔力の集合体。即ちそんなものを人間が体内に受け入れてしまえば―
「うっ……あっ、うっ、うああぁぁっっ!!??」
「……っ、ソ、フィア…………っ!? ソフィアっ、大丈夫っ!?」
そこでようやく意識を取り戻したミリナが入れ替わるようにソフィアを受け止める。
魔力の暴発を起こした時と同じような― いや、それ以上の苦悶の声が堪え切れないように夜空へ漏れ出す。
「まさか、ソフィアにっ……!」
「あははははは!!! そうよ、最後にその出来損ないには特大級の暴発を起こして王都もろとも滅んでもらうわ!!!」
「うあぁっ、あああっ――ー!!!」
自分でも何もかもを制御できないほど腕の中で暴れ狂うソフィア。
もはやミリナが声を掛けても無駄なようだった。
無意識のうちに魔力を外に追い出そうとしているのか、全身から光波魔法が絶え間なく放たれて辺り一面を再び光で一杯に染め上げていく。
それでも使い切れない魔力が身体中を洪水のごとく流れ回り、魔力の器を溢れ出るほどに無造作に放たれる。
王都を破壊しかねないほどの魔力を注がれた上での暴発。
それを考えれば術者もただでは済まない。健常者として再起不能なレベルの損傷を受けることもありうるだろう。
何より今ここにいる自分もただでは済まない。死すらも脳裏を過る。
王都とそこに暮らす人々を守るため、自分が生き残るため、そして何よりもソフィアが無事でいてくれるため。
ミリナは考える。この暴発を止める術はないのか、そしてあの元凶を絶やす道筋はないのか。
そしてミリナは一つの結論に辿り着いた。この現状を打破する方法。
幸いあの魔法使いはこちらに危害を加える行動は取っていない。やるなら今しかない。
だからミリナはソフィアを抱き寄せて、その顔を近付けて―
「うああぁっっ――!! ぐっ、ああっ、うううっっ――ー!!」
「ソフィア、いくよ」
ソフィアの唇に自らのそれを押し当てた。
「ううっっ―――んんんっ!!??」
「んっ……んむっ……」
ソフィアの体内を流れる魔力、それを口から吸い上げる。
人間一人で抱えきれないほどの魔力でも二人なら耐え切れるかもしれない。
その可能性に賭けてミリナは吸い上げを続ける。
二人を中心にして視界を眩ませるほどの光が放たれ、その中が一体どうなっているのかは誰にも見えない。
地上で足止めをしているアリルも、離れた位置で勝ち誇ったように見守っている魔法使いも。
ミリナは自らの体内に今までになかったほどの魔力が充填されていくのを感じていた。
大丈夫、まだ余裕はある。
なんたって私はこの国で一番の魔法使いなんだから。
それにソフィアの恋人だから。
苦しいことや辛いことがあったら二人で分け合うって決めたじゃないか。
こんな私を受け止めてくれたソフィアに、今度は私が報いる番だ。
ソフィアの苦しみが少しでも軽くなるように持てる力を全て結集して魔力を吸い上げる。
吸っても吸っても尽きないくらい注ぎ込まれた魔力量は多くて、ミリナは徐々に自分の器の限界が見え始める。
だけど、あともう少しなら。
もうちょっとなら私は耐えられる。
ミリナは祈るようにソフィアと唇を重ね続けた。




